13.悪性腫瘍―11
仮に、仮に、の話しであるが。ここで流が死んでしまうと、奏は、死ねなくなってしまう。彼女が幸せになる事なんて、絶対にないのだから。
流しか、その現実を知らない。そして流には、どうにも出来ない。
悪性腫瘍が、猛威を振るっている。流の中に眠る超能力が、それに対抗して暴れ回っている。
そのぶつかり合いすら、流の身体には大きな負担を掛けている。
体力はある。だが、既に傷だらけの、ボロ雑巾の様な状態の肉体だ。それを振るって戦ってきた。が、戦える状態ですらない。
これで、自身で超能力を使用できれば、また違ったのだろうが、それもままならない。
「……手段を探そう。丁度暇な時期だ。動く時間は取れる」
期限はない、とは誰も言わなかった。が、希砂のその強い言葉に、誰もが立ち上がった。
「よし、データは十分。これ、に関しては今日で終いだ。次のステップに移ろう」
ドクトルはパソコンの画面から目を離し、その先にいる業火にそう声を掛けた。
「了解」
汗は大してかいていなかった。
今、超能力を発動した歳の脳の働きのモニターを取っていた。既にいくつかのデータはあったが、率先して協力してくれる相手がいると、より多くのデータが取れる。
発動のタイミングや、動きとの関係性を見出す事も出来る。
業火は頭に付けていた電極の様なモノを自分でばら撒く様に無造作に外すと、すぐにドクトルの隣へと来て彼が先ほどまで見ていたパソコンの画面を見た。見たが、業火には何がそこに書かれているかなんて一切わかりはしなかった。
「で、どうなんだ。進歩はしてるのか」
業火が彼らに協力してから、二ヶ月弱。
「進歩はしている。だが、一歩が踏み出せない……といった感じか。そのために、今こうしているんだ」
資金面は一切問題なかった。超能力者を利用してリアルの地下にあったあの施設を丸々、『全く別の場所』に移動させた。移動させ、あの建物の所有権等に関して様子を見ながらも、リアルの資金は丸々頂戴した。あの規模の組織が蓄えていた資金だ。主に集まる三人と一部の協力者程度の人数の組織を生かすには、有り余る程の資金だ。何もしなくとも、数十年は存続する事が出来る程だ。
活動に支障はない。研究の進歩は遅いが、間違いなく前に進んでいる。そして運良く今の所は、狙う敵もいない。
いや、そもそも。
業火達超能力制御機関のメンバーくらいしか、敵対すると思える存在はいなかった。
故に、最初は、複雑だった。仲間達を裏切っている様な気持ちもあった。長く、浸りすぎていた。だが、振り切っている。既に、終えている。
今は、既に、目的のためだけに、動いている。
今までの、皆が知っている業火なんて、既に消えた。ただ、玲奈の願いを達成させるためだけに、彼は動く。そのために必要であるならば、既に戦う覚悟は出来ている。
が、準備が整っていない。故に、急いていた。
力が、足りない。
いくらステージを上げようと、いくら強くなろうと、自分より強い超能力者を知っている。自分よりも強い無能力者を知っている。
だからこそ、願う。
(早く、後天的に超能力を得られる装置なり何なりを作らなければ。俺が、殺されてしまう)
今は、死ねない。まだ、死ねない。
業火が死ねるのは、目的を達成した後だけだ。
「いつ、『気付かれる』か不安で仕方がない。俺の超脚力だけでは勝ち目はない。早く、俺を実験台にするでも良い。超能力を、後天的に与える手段を発明してくれ」
声色は落ち着いたそれだった。が、その必死さはドクトルにも伝わっていた。
「急ぐ。急いでいるさ」
実際、ドクトルも焦っていた。
業火と、燐の友人であった彼だけでは、組織として何者かが襲ってきた場合の勝ち目が薄すぎる。小規模組織ならまだしも、今、一番の可能生を秘めているのは超能力制御機関だ。
彼等に対抗する力があるだけで、計り知れない程の力となる。
それが、欲しい。攻めて、後天的超能力の開発までの間、力として守るだけの力が欲しい。
「次の実験までは、業火、お前には協力者、いや、仲間というか。とにかく、我々の組織として力になる人間を、そして、ある程度でも信頼をしてくれる『使える』人間を探しておいてくれ」
当然、使い捨てが出来る人間、だ。
「あぁ、分かった。極力強い人間を連れてくるよう努力はする」
そう言って、上着を羽織って業火はこの場を後にした。
計画は進んでいる。
(超能力を『作る』か、『吸い出す』か。そして、それをどうやって『与える』か……。この問題が解決しないとどうしようもない。何か、打開策を見つけなければ)
超能力を、手に入れなければならない。
そのためには、どうするか。ドクトルは考えた。そして瞬時に答えが浮かんだ。
サンプルがあるに越した事はない。
超能力に作用する超能力を持つ能力者というのは希少な存在だ。だが、その存在が無いわけではない。そして、有名な能力者も複数人いる。
「サンプル、か……」
可能か、不可能か、そんな事はドクトルには関係ない。ただ、やらねばならない。
タイミングというのは、常に悪いモノだ。それは、人生の大部分が否定的な存在であるが故である。
流が動けない。大勢が超能力者を探している。仕事は少なく、皆がゆっくりとした時間を過ごしている。この期間は長い冬休みの如く続く。年末年始も仕事が零ではないが、一月中盤までは休みを取る事が出来る程度に、暇を過ごしているのである。
そのいずれかのタイミングで、と狙っている連中がいた。
「暗殺者がやったようだ。失敗かと思ったが、しっかりと悪性腫瘍を撃ち込んだらしい。どうしてか抵抗しているようだが、数時間もすれば死に至るだろう」
「まて、抵抗してるいるんだろ? だとすればきっと超能力の影響だ。数時間なんて見込みはないだろう」
不満気な表情を見せたが、事実だと認識している。
訝しげに眉を顰めつつも、そこは冷静にしっかりと考えている。
「あぁ、そうだな。仕留められなかった、失敗だな。だが、戦闘不能にした事は賞賛するに値する。理不尽な存在が故だな」
「そうだな。攻めるなら、今だ」
それは、誰もが理解している。だが、そうはしない。
「いや、年明けからだ。連中も暗殺者の派遣があったと年末はきっと気を引き締めているだろう。だからこそ、年が明け、どうしても、僅かでも気を許してしまうその一瞬を狙う。連中には、他所に故郷等ないからな。里帰りなんてものもない」
「……一理あるな」
「だろう? それに、『軍隊』はいつでも出せる。『私の私設軍隊』なのだからな。そして、超能力制御機関さえ下してしまえば、私は超能力社会を支配する事が出来る。それができれば、表社会も簡単だ。総理までの道のりを一気に進んで詰め、私の事実上独裁国家である共産主義国家が生まれる」
超能力の存在を知る人間は、皆そう言う。事実、そうであるからだ。
表の人間が立場をどう利用して、どう偉そうに上に立って命令を下そうと、戦力に勝てる事なんて、絶対的にないのだ。零落一族に、私が国の頭だ、大人しく命令を聴け、と言いなんてすれば、相手が見えもしない位置から、本人がしらずの内に殺されるのと同様で、結局、命を取る、その力こそが現実的に人間の技量、器量、器、力を全て表しているのである。
故に、それを望む人間がいる。
そして、そんな人間が、今、業火達が行っている後天的に超能力を得る実験を知ってしまえば、当然、手を出そうと目論む。
全ては、偶然が重なって、運命になるのだった。




