13.悪性腫瘍―9
「……一体、どこの誰が……?」
と、寒さで歯を鳴らしながら呟いたのは奏であり、そして彼女は、『落ちていなかった』。
重力生成で車自体の落下を防ごうとしたが、ステージの限界があった。車体と四人を残す事は出来ず、結果、奏だけが車外へと飛び出し、崖下に隠れて落ちてくる追手をやり過ごし、追手が眼下の森の中へと消えた後、崖を歩いて登った。
車がある。ガードレールに衝突して傷だらけになった車がある。まだ走るだろうが、売れば安くなるだろうな、という状態だった。
落ちた三人は、きっと無事だ、と信じて、奏は車を調査する。鍵はかかっていない。扉は僅かに歪んだフレームが引っかかるが、力任せに開ける事は容易く、まだ僅かに暖房の温もりが残っている車の中を漁る。後部席を調べ、ダッシュボードを調べ、トランクも調べた。が、特に何も残っていなかった。それどろか保険の書類等もなく、間違いなく、
「狙ってきたね……」
このために、用意した『仕事用』の車だろうと判断出来た。
(間違いなく流だろうね。ここの所、名前が売れすぎたし……。皆が大きな動きを自重してるこのタイミングで、暗殺しにきたんだ。まぁ、させないけど)
奏は車の調査を終えると、携帯電話で超能力制御機関のメンバーに連絡を取り、車を回収する様に指示を出して、そして彼女も崖から一切の躊躇いなく飛び降りた。
「皆大丈夫?」
と、やけに楽観的に問うたのは、真っ先に車外へと出た瑠奈だった。彼女は超能力により無傷で一切の不調なく今、立っている。そして、
「大丈夫だ、助かった」
「ありがとうね、瑠奈ちゃん」
流も純也も、瑠奈の超能力により、無事に落ちる事が出来ていた。
『自由移動』。瞬間移動等の移動系超能力の中で、断トツで自由度の高い超能力である。
ステージも5と高い部類に入り、三平からも信頼を置かれていた程の超能力者だ。奏よりも判断が遅かったために、結果、落下直前になんとか二人を車外へと出して、車から多少離れた位置に投げる事が出来た。二人共経験は当然高く、多少の落下であれば身を制して衝撃を殺す事が出来る。
「さて、と。上に戻る?」
と、雪が梢の間から落ちてくるその中で、上を指さして瑠奈が問うた。が、流が首を横に振った。
「いや、多分、違う。追ってきてると思う」
「そうだね。これで死んだなんて考えないでしょ」
流も純也も、まだ、敵が来ている、と考えている。
「あーやっぱり、さっき突っ込んできた車ってそうなんだ」
わかってはいても、認めたくなかったというのが、瑠奈の本音だった。
が、敵も馬鹿ではない。超能力者の乗っている車を攻撃したのだ。落下程度で死んだとは絶対に思っていない。だからこそ、仕掛けてくる。あのタイミングでの攻撃だ。純也達が同乗していたのも間違いなく分かっているだろう。故に、息を顰めて、仕掛けてくる。
(真正面から力任せに来てくれれば楽だが……そうはいかないだろうな。さて、そう攻めてくる……?)
上着を整えて、流達は警戒する。と、同時、近くに、何かが落ちた音。木々を折り、雪の上に軽めの何かが落ちた音が冷たい風が吹き荒れる中、確かに流達に届いた。
瑠奈が動こうとしたが、純也が止めた。流も構えは解いていた。
「大丈夫、奏ちゃんだよ」
と、言って純也が優しく笑むと、本当に、その先から雪を被った様な状態の奏が眉を顰めて歩いてきた。
そして、三人の無事を見て確認した後、流の前まで来て、彼を見上げ、呟く様に言った。
「寒い」
「だろうな」
そのいまいち訳の分からないやりとりを終えると、奏は自然と三人の輪にはいった。そしてすぐに周りを警戒する。
「足音は?」
奏が問うが、全員が聴こえないと答えた。
雪が吹き荒れる音と、木々の梢が雪と衝突する音、更に、積もり積もった雪が落ちる音、等、様々な自然音が音という情報を全て遮断してしまっていた。余程接近でもされない限りは、音で気づく、という事もないだろう。
それに、寒さのせいか、感覚も鈍っている様に感じる。厚着はしているが。当然森の中に飛び込む装備ではない。あまり長時間ここに留まるのは好ましくない。持久戦に持ち込まれるのは、マズイ。と誰もが考えた。
四人が揃ってから丁度一分、全員は構え、辺りを警戒したまま、動かなかった。が、一分を過ぎると同時、流を先頭に四人は歩き出した。
歩き出した所で、四人から離れた位置で、落ちていた流達の車から変な音がしたが、敵がそちらにいるとは思わなかった。
進む。とりあえずは開けた場所を目指す。最終的には、道路を探す。
ここは田舎の山に走らせた道から逸れてしまった普段人が立ち入る事のない木々の生い茂る自然界だ。普段の生活以上の自然の猛威が流達に襲いかかり、人何倍も鋭い感覚を鈍らせ、常人程度に落としてしまう。
故に、追跡に気付け無い。
追跡も当然警戒していた。だが、余りに視界が悪い。不明瞭な視界に先を見せないとばかりに生い茂る木々。そして隙間から吹き込みカーテンの様に視界を邪魔する雪。聴覚だけでなく視界も大分制限されてしまっている。
(落ちた場所から推測するに、この足場の悪さ、視界の不明瞭さを考えれば途中で都合良く開けた場所でもなければ一時間以上時間を使っちまいそうだな……。道中で、仕掛けられた最悪だ)
足下が、悪すぎる。人の立ち入らない土地だ。もとより人が歩きやすい様になってなってはおらず、当然整地もされていない。挙句雪も相まって踏ん張りもまともに効かなくなっている。
服を透き通って身体を冷やす冷風が痛い。先に進むにもやけに気力を使わなければならない。
(どんな超能力者だろう)
奏は進みながら、相手について、考えていた。
敵は暗殺者だ。それはほぼ間違いない。
暗殺者と判断出来る。暗殺部隊とは存在意義が違う。車を調査した時にシートに残った僅かな体温や汚れ、指紋の後等から敵は一人から二人程度だろうと推測出来ている。少数精鋭ともまた違う。
人を殺すという事だけのために、動くのが暗殺者だ。戦って殺すのとは違う。
と、なれば、きっと暗殺に向いた超能力であるのは間違いないだろう。
だが、その範囲が広すぎる。圧倒的実力、超能力、というのも、超能力世界では暗殺向きとも言える。
(まぁ、間違いなく戦闘用超能力……だろうけど。誰よりも用心しないと)
奏こそが、流を誰よりも見ている。流が敵の目標だと分かっているから、ではない。例えどんな敵が、誰を殺そうとしていても、どんな状況だとしても、奏は、自らの命に変えても流を守る、流を生かす、と心に決めているからだ。流を守れる、それが、奏にとって『幸せ』でもある。故に、流もそれは危惧している。
そして、敵には、そんな事関係ない。
(雪の激しさも丁度良い。視界の不明瞭さも、アイツらに気づかれないくらいになってるから最高だね。ま、サーモグラフィカメラも使えないくらいになってるのは良くないけど)
敵は、追ってきている。後方からだ。木々の上を上手く移動して、枝に隠れて流達から見えない様にある程度の距離を取って着いて来ている。彼の移動によって落ちる雪の音も、自然音にかき消されてしまっていて、流達はやはり気付け無い。
当然、追跡しているからには、殺すタイミング、仕掛けるタイミングを見計らっている。
ここらの土地について、暗殺者が事前に把握している。ガードレールが壊れやすくなる様に仕掛けもしてあった。あの場所で突き落とすのも既に決めていた事だった。
準備は万端だ。後は、その時が来るのを様子見するだけである。




