13.悪性腫瘍―7
「大丈夫かい? 流君」
「すいません。まだ、耳が聴こえづらくって何言ってるかさっぱり……」
本当に耳が聞こえづらくなっているようで、流の声は必要以上に挙げられていた。
それを察して、三平は身振り手振りでごめんごめんと少しだけおかしそうにして誤っていた。
最初から、環境さえ整えてやれば、三平が浅倉に負ける事はなかった。それは浅倉自身をしっかりと理解していた事であり、浅倉は、だからこそ、時間稼ぎに気付いた時に、焦った。
が、焦ったと同時、しっかりと対策を講じておいた。それは、仮に、自身が破れても、その後に繋がる様に、と。
これは機微なモノだ。仮に、流があの時、ケイジに『最後の条件』を使用させていれば、警戒がもう少しでも、出来たかもしれない。だが、今の流は聴力も、視力も、三半規管が狂っているような状態だ。
気付けるはずがなかった。
細菌兵器ステージ7の、最後の力だ。
消し炭が、動いた事に気付けなかった。脳どころか筋肉を作り上げる細胞の一つ一つ全てがただの炭と化したこの状態であってもなお、細菌兵器は活動を続けていた。故の、細菌兵器であると。
普段であれば、容易く気付けた。足音、空気の動く感覚、まだ、戦いは終わっていないという緊迫感。全てが流に自然と伝えたはずだった。
迫る。迫る。
それに気付けたのは、この状況、当然三平だった。
「危ないッ!!」
気付き、振り返る瞬間には、既にその浅倉だったモノは、目の前に迫ってきてしまっていた。
が、三平が反射的に腕を振るうと、それは、脆くも崩れ落ち、スナック菓子を噛み砕いた時の様な、そんな軽い音を連続させながら、落ちてしまった。
流は驚いていた。いくら超能力と言えど、死体にむち打ちをする様な、こんな恐るべき効果まで発揮するとは、と愕然としていた。
腐り落ちたその炭を見下ろして、二人共、驚愕して、足を止めてしまっていた。彼女が、力をフルに発揮していれば、どうなっていたか、と想像するだけでも恐ろしかった。
これで、リベリオンの頭は潰した。彼女に最初からついていた幹部格連中も死に、彼女の隠し球であったNo.7さえも超能力制御機関は討ち取った。
これで、リベリオンに、それぞれ独立した動きができれば、また話しは別だっただろう。だが、彼女らは、あくまで、浅倉という頭があってこその組織であった。
挙句、残りの兵士達は、佐倉という狂人と、業火、垣根、須田の三人の強者、そして幹部格の様な有力者達が相手をしている。
この戦いの勝利は、確実であった。
が、三平が複雑そうな表情をしていたのを、流はただ唯一、見逃さなかった。
28
戦いは、収束した。リアル、リベリオンと二台勢力を同時に潰すことが出来た、と全員が祝う事が出来たのは、帰って、三平が死んだ数週間後であった。
だが、確かに全員で祝った。海塚衣沙という碌に続く頭が失われ、幹部格の一部は付き合いを優先にして、戻ってくると言った上で海外に自ら飛び出していったが、組織としてまともな機能を少しずつ落としている超能力制御機関には、必要とされない仕事も海外には出てきていた。
当然、誰もが組織としての復帰を願っていた。
三平を失ったディヴァイドは、一度は超能力制御機関に完全吸収という話しも出たが、島田が頭に立つ事でそれはしっかりと阻止された。
そして、超能力制御機関の新しい頭として、選出されたのは、誰も、いなかった。一時的に、血統を守るという意味で落ち着いた零落優流が代役として担う事にはなったが、正式な決定を優流は許さなかった。
幹部格の半分は海外に出てしまっている。残り半分もすぐに危険な任務へと進んでしまった。話し合いの場を設ける事すら難しい状態であり、すぐには決まりそうになかった。
神威燐派閥、リアル、そしてリベリオンを下した超能力制御機関は、更に名を轟かせる事になった。それは、一部の超能力者の存在をしる金持ちの有権者一般人の間でも、恐ろしい程の話題になった。
大勢が、護衛系統の任務は制御機関やその派閥に収まるモノへと依頼する事になった。
悪用する、と建前は別としても、超能力の人知を超えた力を使用したいモノ達は、超能力制御機関の目をかいくぐって制御機関の傘下に収まらない小さな組織に依頼しなければいけなくなってしまった。
この状態を、好ましくないと思う者達も多かった、が、まだ、動きは見せなかった。
様々な戦いをこなしてきて、流がこの生活になってから数ヶ月が過ぎ去り、季節は冬になっていた。山中にある神流川村は恐ろしく寒く、時折雪まで降り始める様な状態だ。年末が近づくにつれ、雪が積もる高さは日増しに増えていった。
「雪が激しくなってきたな」
超能力制御機関に関わらず、通常の、悪用する者を罰する、という意味での超能力関係の仕事も、どうしても年末が近づくにつれて、仕事が減ってくる。それに今回はリアル、リベリオンと仕事は選ばずに受けてきた巨大組織が同時に二つも潰れたため、派手な悪事を起こそうとする能力者も一気に減り、挙句、その戦いで超能力者自体の数が激減したのだ。
仕事が減る事は良い事だ。碌の遺産とも言える土地や様々な資金確保の手段があるため、金銭面で困る事もなく、超能力者制御機関の面々もそれぞれ、たまの休みをゆっくりとした時間として過ごしていた。
「そうだねぇ。垣根君でも呼んで暖炉にでもなっててもらいたいくらい」
そう冗談めかして、奏が流と向かい合う様に食卓に落ち着いた。
吹き荒れる雪のせいで外を見るだけでは時間がはっきりとしないが、昼だ。昼食を取ったその後もこの日は二人共任務もないため、非情にゆっくりとした時間を満喫していた。
「任務も少なくなってきて皆引きこもりみたいになってきてるよな。愛浦商店しかないし仕方ないと言えばそうだけど」
豚汁をすすりながら、流が外を眺めて呟く。
テレビはつけなかった。あの戦い以降、既に流れはなくなったが、一時期ずっとリアルの施設が何かがあった場所としてテレビに取り上げられ続け、見るのもうんざりしていたその癖が出来がってしまったからだ。今はもう見る気がない、というわけではないが、それでも気が向かなければリモコンに触れる事もなかった。
が、ただ、静かな状態が続くだけではない。会話は進むし、それに、食事が終わった頃、奴ら、がやってくる、と流も奏もなんとなく予想はしていた。
ここ最近、良く集まっているメンバーがいる。一度、あの戦いの後にあった任務で同じ隊として三人で動いてからだった。
「おじゃまします」
と、玄関口から聴こえてくると、流は上がる様に茶の間から大声を上げて促した。そして、二人分の足音が廊下から近づいてきて、そして、顔を合わせる。
「よう」
流が二人にまぁ座れ、と合図をすると、自然と二人は奏にも挨拶をして、腰を下ろした。
「いやー、最近ずっとここ来てる気がするね」
と、純也。
「ほんとうに、申し訳ないねぇ」
と、村田瑠奈が、純也の隣に並んだ。
「相変わらずそれ着てんのな」
と、流が瑠奈の少しオシャレに気取ったフーディポンチョを指さして笑う。
「いや、ホント、これ暖かいんだよ!?」
「元が民族衣装みたいだし、目につくのは仕方ないよねぇ」
と、奏がお茶や菓子を並べて、流の隣に腰を下ろした。
ここの所よく、奏を除いた三人か、奏のいるこの自宅で四人で、集まっていた。
仲良くなれば自然とそうなっていて、流は出会いの時から瑠奈のフーディポンチョが目についており、彼女の事はポンチョとアダ名付けて呼んでいた。




