13.悪性腫瘍―6
佐倉が独り、颯爽と通路の向こうへと消えた。ここまで来て、佐倉を疑う人間は誰もいなかった。全員が、彼は既に仲間だ、と信じていた。
事実、そうだった。佐倉は裏切る気なんて起こさないし、裏切れば流を失う事にも繋がるとしっかりと理解している。故に、絶対に裏切る事はない。
だが、違うのは、戦う理由。
皆を守るのではない。皆を守るのはあくまでついでである。それよりも優先されているのは、暇つぶし、でしかない。
ただ立ち止まっているよりも、戦えるメンバーと共に戦うよりも、独りで相手する方が、楽しめる、と佐倉は思ったのだ。ただ、それだけだ。
「よっし、やってやるかな」
幅二メートル程度の通路から、人という肉の壁が連続して長蛇の列を作り、迫ってきているそれと、佐倉はただ独り対峙した。
その時、更に、
「反対側からも来たね……」
佐倉が消えた方とは逆の通路からも、大量の足音が聴こえてきた。数は先よりは幾分かましに感じ取る事が出来たが、それでも、多いのは間違いない。
「敵の数が多すぎるね……まだまだ、いるみたいだよ。見えるだけでも」
純也が眉を顰めた。
「……俺が先に行く……が、流石に補助が欲しい」
今度は業火が出た。が、佐倉のようには行かない。
「じゃあ、俺が続こう」
と、業火の言葉に間髪入れずに踏み出したのは、先程、佐倉の余りの行動の早さに出倦ねてしまった超能力制御機関、獄炎の垣根だった。
と、続いて、
「俺も行く。後の皆は待っててくれ」
超能力制御機関幹部格、須田恭一が、出た。
海外勢と呼ばれる幹部格の独りが、既に戻ってきていた。
「牟礼、ここを頼んだぞ」
須田はそう言って、業火達に続いた。
「わかったわよ」
牟礼美々もまた、幹部格が一人である。
既に二人が、この場へと戻ってきていた。
つまり、ここの守り自体は問題ないと言っても過言である。
問題は、入り口だ。
接戦だった。決して、互い共距離を保とうとはしなかった。互いとも一撃必殺の技がある様な状態であり、距離をとって戦う方が好ましいはずだが、互い共、引かなかった。踏み出して踏み出して、圧されてのみ後退する。
刀の側面を浅倉は叩いて攻撃を避ける。超振動している刀を弾く事は容易くないが、細菌兵器により強化された浅倉の肉体はその不可にも耐えてみせた。
そして、流は、その浅倉の回避をも利用して、浅倉の攻撃を避け続けていた。
接射され続ける互いの攻撃を、互いとも上手く躱す。
一撃が、負けを導く。そして、ここで互いとも、負けるわけにはいかない。
浅倉は、焦り始めていた。流がそのために出てきたとは思っていないが、先ほどまで戦っていた海塚の二人が、時間稼ぎをしていた、と気付いた。
(くっそが)
リアルアジト内へと大量の仲間を送り込んだ。その中には強者もいる。だが、安心は出来ない。次々と、仲間が減っている事は理解していた。テレパス能力者から現状報告が来るたび、これでは『五分五分』だな、と浅倉は苛立ちを募らせていた。
浅倉の予想よりも、リアルは戦えていなかった。No.7でさえも、だ。
超能力制御機関の人員が、浅倉の予想よりも残ってしまっていた。零落家前当主を削れた事は大きかったが、それでも現当主優流が恐ろしい程カバーしてしまっている。
挙句、つい先程、頭である海塚衣沙を潰したというのに、超能力制御機関は止まらない。
一度碌を失うという経験を、最近といっても良い程最近、しているからだ。尚更、彼等は強い。
特に、碌に救われ、碌にここまでの生活も保証され、仕事も与えてもらった、彼を恩師と慕う、流は、より。
故に、負けない。
耳が吹き飛ぶかと思うほどの風圧が、顔の横を通り過ぎた。間一髪だった。その直後、流の刀が隙を狙い、浅倉の横っ腹に叩き込まれるが、それを、縦から叩いた浅倉。
その衝撃でついに、流の手から刀が勢い良く落ちた。刀は一瞬の内に二人の間の僅かな隙間を落ち、跳ねた。そして再度地面にその刀身を落とすよりも前に、浅倉が、刀を蹴り飛ばした。
「ッ!!」
流の動きに、一瞬の隙が出来た。それは、目の前で接戦の渦中にいる浅倉からすれば、致命的な隙である。
とった、と確信した。殺した、と思わず涎を垂らしそうだった。
浅倉の拳が、流の身体に突き刺さる、その、瞬間だった。
地震。それも、相当な規模だ。
「うぉおお!?」
「っ!! 『これ』は……っ!!」
二人とも、思わずよろけ、数歩強制的に移動させられてしまった。足下がまともに立っていられない程に不安定で、二人共膝を着いて、動きを完全に止めてしまった。
地震は一分間続いた。
二人とも、よろめき、時折僅かに強制的に移動させられるだけで、攻撃を仕掛けたりなんて、出来なかった。流の落とした刀も振動で恐ろしい回数跳ねて、二人よりも遥か遠くまで移動してしまっていた。
そして、地震がやんだ頃には、流と浅倉の距離は、二○メートル弱にまで開いてしまっていた。
が、これが、狙いである。
そもそも、海塚達は、『勝てないと分かっている相手に対して』、何故、出てきたのか。それは、認知のある通り、『時間稼ぎ』である。では何故、時間稼ぎをしていたのか。
絶対に勝てる人間が、いるからである。
彼の到着を、流は知らずとも、海塚達は待っていたのである。
当初の予定では、彼は真っ先に、敵の大勢が外にいる内に派遣される予定だった。だが、間に合わなかった。敵の侵入を許してしまった。施設内をより理解している敵のせいで、より、足止めを喰らってしまった。だからこそ、海塚達が浅倉達を、『外』で足止めしていたのだ。
彼の超能力は、被害を覚悟の上で、屋外で使用しなければ、自らが巻き添えをくらって死ぬ可能生を跳ね上げる。
――自然災害。
ステージ6。
「久しぶり。麻友ちゃん。そして、さようなら」
「いっ!!」
最悪だった。
この男、三平大吾の登場は、明らかに不自然なタイミングで訪れた地震によって気付いた。しまった、と一気に危機感に襲われた。死ぬという実感が、全身を一瞬にして支配していた。
流へと、近づこうとした。攻撃をするためではない。身を守るために。
だが、間に合わない。この比較的開けた土地の、周りにほとんど人がいないこの状況。近隣の住民を多少巻き込む覚悟さえあれば、三平は、絶対的な力を振るう事が出来る。
ただし、使う場所に限りが出てしまうし、それは、天災とまで言われてしまう。
落雷。
避ける事も敵わない。そして、生きる事すら敵わない。
耳をつんざき、鼓膜を破裂させる程の轟音と、目を開いていられない程の閃光が、流を襲った。
「ッ、」
また、地震が来たのかと思うほどに、大地が揺れた。
が、違う。落雷の衝撃である。
これこそ、一撃必殺。環境さえ整っていれば、二○○パーセント負ける事のない、三平大吾である。
次に、流が視界を得た時に、見えたのは、消し炭と、その周りにドーナッツ状に広がる恐ろしい程真っ黒に染まり上がった焦げ跡だった。
そこは、アスファルトで固められた地面が重機で何時間も掛けて穿たれたかの様な状態になっていて、とても、一瞬の内に出来上がった光景とは思えなかった。
これが、三平の力。
聴覚に違和感を感じながらも、実際に何が起こったのか理解しきれていない流は、とりあえず、振り返った。そして、未だ明瞭にはなりきれない視界で、こちらへと向かってきている三平を、確かに確認した。
そこでやっと、何が起きたのか、理解する事が出来た。




