13.悪性腫瘍―2
敵の動きの良さには、流も気付いていて、違和感を覚えたが、自身達超能力制御機関がリアルを粗方片付けた後に、中の状況を把握したのか、と考えて、あまり気にしなくなってしまっていた。
リベリオンとの接点が少ない故、こうなってしまう。そもそも、リベリオンの活動は始まったばかりと言っても過言ではなく、誰が相手でも相手を見て、リアルのメンバーだ、とは気づけやしない。
目の先には、女。流と似たような、日本刀を腰に携えた、妖艶な女である。
女は舐めるような視線を流の全身に浴びせながら、気取った様な口調で言う。
「アンタを倒すために、わざわざ刀を使う練習もしたんだ」
「だから何だよ」
流が、拳銃を引き抜いて、即座に銃口を向け、引き金を引き絞った。柄に手をかけていたフリからの、一切容赦のない、そして、恐ろしく素早い銃撃だった。
が、金属音と、一瞬視界の真ん中で散る火花。そして、その後に見えた女が日本刀を身体の正面縦一線に構えているその姿を見て、流は、出来る女だな、とは思ったが、口にはしなかった。ただ、女を睨んだ。
「つれないねぇ」
と気取る女にやっと、敬意を払う事にした流は、拳銃をしまい、刀を引き抜いた。
(俺も有名になったモンだ……。超能力、まだ使えないんだけどな)
嘆息した流は、刀の鋒を彼女の頭上よりも遥か上を刺すように手は下に構えて、そして、告げる。
「どうなっても知らねぇからな。美人ちゃんだってのに勿体無い」
「あらありがとう、顔でも傷つけるつもりなのかしらね」
そこから、互いに疾駆。
部屋の中心で、即座に衝突した。
刃と刃が、衝突する。した、瞬間から、離れ、衝突を連続させ、秒間で恐ろしい程刀は振られ、刃は幾度と無くぶつかり合った。
火花が散り切る光景の方が遅く、それを見てやっと、どこで刃がぶつかったかわかる程、速い攻防が繰り広げられていた。
互いに足捌きも素晴らしいと褒める事が出来る程で、前後を繰り返し、左右への移動もこなし、時折下腹部から下への攻撃を避ける様に後退したり、跳躍したり、と体力を一気に削り落とす程、動いていた。
こんなに動きのある戦いは久々のようだった。
息が上がる。筋肉はあっという間に悲鳴を上げるが、乳酸は溜まらず、疲弊はしない。まだまだ、互いに動けるという証拠。
「へへへ……」
女が、刀を振り回しながら、さぞ嬉しそうに笑った。
その笑みが、余裕の表れである事は明瞭。流は不快感を抱く。
超能力を、使用している様子はない。動きは流が追いつける程度。それが超能力なわけが、ない。明らかに、有力者だ。明らかに、出来る女だ。
(いつ、仕掛けてくる……!?)
流は、斬る準備は出来ている。だが、それは女も分かっているはずだ。そして、女が仕掛けてくる時は、その隙を潰しに来る事は容易く想定出来る。
激しい攻防の応酬の中でも冷静に、流は敵の動きを睨んでいる。
斜め下からの斬り上げを、上体を逸らして避け、半歩引きつつ、横一閃を放つ、が、刀で受け止められ、弾かれ、更に半歩引いて敵の攻撃を弾き、反撃し、避けられ、鍔迫り合いへと、延長した。
刃の接点では火花が散り続ける。
(特種形状型日本刀で斬れないって事は、女の刀も、これか……? 超能力の効果とは、思い難いが)
そもそも、超能力で何かしらのコーティングがされているとしても、それであれば、刀が流の根底に眠る能力を自動的に引き出して、間違いなくあの刀を叩き斬っているはずだ。
消去法で、あの刀も、そういう類のモノなのだろう、と想定する。
(なんでここまで徹底して超能力を仕掛けてこない?)
刀を交えている間に、敵の実力も判明し始める。
全力で、ぶつかってきている様に思え始める。
「なんで、超能力を使わない……?」
鍔迫り合いの中で、一気に押して、流が静かに、冷たい声で問う。
一気に女が後退する。だが、押し返して、問い返す。
「なんで超能力使わないといけないのよ?」
愚問だ、とばかりに言い切った女は、力任せに刀を振りきって、流を後退させた。
床を踏ん張り、数メートル滑りつつも、なんとか体勢を保つ事に成功した流は、すぐに構えた。が、女が肩に刀を預けたその姿を見て、一時、止まった。
「何だよ」
冷たく問う流に、女はやけに上品に笑って返す。
「いやー。噂に聴くだけあるなって思ってね」
「はぁ?」
何を言っているんだ、と流が眉を顰める。
「私はね、」
と、女が語りだした。
「強い人間と戦う事だけが楽しみなのよ。でも、ただ強い人間なんて、超能力にはそこら中にいるのは知ってると思うけど、だから、私はアナタみたいな特種な強者と戦ってみたいってずっと思ってたの」
デジャヴだな、と思ったと同時、流の脳裏には佐倉の姿が過った。
「リアルの連中が混じってるね」
と、敵を見て眉を顰め、だが、口角を釣り上げて不敵に笑んだのは佐倉だった。
当然と言えば、当然である。リアルのメンバーも、彼には気付かれるだろう、と当然予想していた。予想していたからこそ、切り口にならない様に、佐倉は独立させ、そして、大量の戦力を彼一人に叩きつける様に送った。
面倒だな、と嘆息した。この施設内では、大勢の超能力制御機関のメンバーが、面倒だ、と嘆息していた。
だが、やらねばならない。
目の先から迫ってくる一○人の敵の有力者を見て、佐倉は、呟いた。
「超能力……使おうかな」
覚悟を決めた。
一○人の敵達の内、リアルのメンバーは五名。その五名は全員、リベリオンのメンバーに『アイツにはより警戒しろ』と口うるさく伝えていた。リアルにいた時間は短いが、その短期間でも、彼はステージを上げるために超能力の猛威を振るっていた。そして、幹部格の南海達を足蹴にする程の力を発揮しており、それをメンバーであれば誰でも知っている。
(施設内の構造が変わったことにも、やけに敵が少ない事にも違和感を感じてたけど、こういう事だったのか。それに、この状況、この人数。間違いなく僕を潰そうとしてきてるね)
厳つい佐倉の表情が、自身を囲む様に配置された敵を、身体を動かさずに眺めた。
顔見知りは半分。だが、その超能力は知らない。
時間が短かったからではない。ただ、興味を持たなかったからだ。
無能力者である流よりも、興味がわかない。それはつまり、
「ま、全員流より弱そうだね」
佐倉にとって、超能力を使うまでもない相手だ、という事である。
「さて、と」
そう言って、拳を手のひらに打ち付けた佐倉は、高らかな声を上げる。
「とっととお前らボッコボコにして、流と合流してやるよ」
と、同時に、疾駆した佐倉。
敵は、反応出来やしなかった。
(速い――!!)
業火は苦戦を強いられていた。
女の動きは、恐ろしく速い。一撃の威力はその細いラインから、大して内と見えるが、身体強化系の可能生も否めない程に、女の動きが素早く、それに翻弄されていた。
相手は優流を倒すための能力者だ。単純な身体強化系とは考えづらい。
(何だ。この速度は単純な身体能力だというのか……!?)
零落優流を殺す方法は、彼女の向こうに見える男が能力を発揮する限り、いくらでもある。だが、仮に、男が殺された場合でも、対処するのが通常だと推測出来る。だからこそ、身体能力強化系とは考えづらい。
全拒絶を否定するだけの能力が、あるはずだ。
「くっそ!」
業火は全く男に近づく事が出来ない。男を始末しなければ女にもまともに対抗出来ない。極限の状態で反射神経頼りに攻撃をなんとか躱しているが、限界は近い。
だが、まだ、仲間が控えていると、業火は知っているが、敵はそれを知らない。
「さって、と。行くかな」
春風衣奈が、立ち上がった。




