4.雷神―2
この場、という不釣り合いな場にいる蜜柑を見て、恭介達二人は理解した。蜜柑が、桜木の探していたクラスメイトだったのだ、と。
どうしてここにいるのか、そんな理由を恭介は蜜柑に話した。単純な話、NPCの職員だからである。それを聴いた蜜柑は目を丸くして驚いていた。まさか、こんなにも身近に超能力者がいるとは、とでも思っているのだろう。
「で、桜木はどうして蜜柑を連れてきたんだ?」
当然の疑問。任務があるとは聞いていたが、その内容までは把握していない。
恭介の疑問に、応えたのは桜木ではなく、蜜柑だった。どこか申し訳なさそうに、応えた。
「あのね、私……、お母さんに、無理矢理、……その、人工超能力者とやらにされてしまいましてね……えへへ」
困ったように、後頭部を掻きながら笑っていた。その仕草が、蜜柑の悲しげな本心を隠している、とすぐに皆が気付いた。
桜木が出てくる。
「蜜柑の母親、近藤林檎は、ご存知の通り、フレギオールの信者だった。熱心な。その彼女が行方不明なんだ。近藤林檎は、フレギオールにおける人工超能力実験の一番最初の被験者であり、成功者だった。それに、彼女は一信者でありながら、幹部格と同等の権力を持っていた。まぁ、最初の成功者だってのが大きいのかな。そんな彼女が握る秘密は大きい。俺の身体以上にな」
「ちょくちょくネタを挟むのな。……、まぁ、その林檎さんの話は理解した」
恭介が呆れる。目の前の桜木は突っ込まれて、ふふんと得意げに笑っていた。
「わかってくれたなら話が早い。で、蜜柑はこの通り、人工超能力者だ。単純に、人工超能力を研究する上で話がはやいかな、と。安心しろ、全て蜜柑には話してある」
「蜜柑ちゃん、いいの?」
聴いた桃が蜜柑に問う。と、蜜柑は困ったように苦笑しながら、大丈夫だよ、と応えた。
「力になれるなら、なりたいよ。私、超能力なんていらないし」
「と、いう訳だ。ここに、いや、直接恭介の所にきたのは、蜜柑の許可が下りている今、お前の強奪で人工超能力を回収出来るかどうか、知りたくて来たんだ。早速頼めないか」
「そこまで知ってるのな……」
NPCの職員として桜木と恭介が会うのはここが初めてだ。強奪についても知っていたのだな、と恭介は知る。
「よし、じゃあ早速やってみっか」
恭介は蜜柑の前に立つ。
フレギオールでの一件では、突如として現れた神威龍介のせいで人工超能力者含めの超能力者達が強奪を行う前に回収していないため、人工超能力に対する強奪の結果は分からない。
実験だ。
「本当にいいんだな?」
「いいよ。超能力なんていらない」
天然超能力に対しては、常に抜群の効果を魅せているそれが、人工超能力を相手にすると、どう発現するのか。
恭介が蜜柑の頭に手を置く。蜜柑は目を伏せた。
五、四、三、二、一、零。
邪魔の入らない強奪はこんなにもスムーズに行く。
大量の情報が、恭介の頭に流れこみ始める。ここまでは、変わらない。回数を重ねる事に、この、急に恐ろしい量の知識が流れ込んでくる違和感だらけの感覚にも慣れてきていた。
そして――、
「ダメだ」
恭介は言った。
「え、でも、確かに私、超能力使えなくなってるんだけど」
恭介の口から漏れた言葉に対して、蜜柑は自身の手を握ったり開いたりしながら、そう言った。だが、恭介は首を横に振った。
顔を上げ、桜木を見て、
「確かに、奪った感覚はあった。……、蜜柑、お前が与えられた超能力は、氷の力だろ?」
恭介の言葉に、蜜柑は驚いた様子で何度も頷いた。
「俺が超能力を奪う時、まず頭ン中に奪った超能力に関する情報が流れ込んでくるんだ。それで、奪った超能力の種類、使い方とかが分かる」
「なるほどなぁ」
桜木もそこまでは知らなかったようで、なるほど、と感心して顎に手をやって何度か頷いていた。
「だが、――使えないんだ」
恭介は言う。自身の右掌に視線を落として、言った。どうやって発動するかは、能力を奪った時点で理解するのだ。だが、発動、しないのだ。
恭介は何度も手を振ったり、握ったり開いたりとしてみせるが、そこから氷が出現する事はなかった。
再度首を横に振って、やれやれと言った様子で恭介は答える。
「奪う事は出来ても、使う事はできない、って所かな」
「そうか……。でもまだ、無効化する、って意味では使えるってことだな」
ふむ、と桜木が考えるような様子を見せた。少ない情報しか分かっていないだろうが、それでも、何をどうできるか、等考えているのだろう。
「まぁ、これで蜜柑は無能力者だ。……、だけど、」
「?」
桜木は続ける。
「近藤林檎の事を抜きにしても、これからも、協力してもらえるような態勢でいて欲しい。NPCとは関係ないように見える人間で、動ける人間が欲しいから」
桜木のそのあっさりしすぎている提案に、蜜柑は、一瞬悩んだような間を見せたが、すぐに頷いた。
「友達の頼みならいくらでも訊くよ。任せて!」
「頼もしいな」
恭介が笑う。桃も嬉しそうに顔を明るくした。深い事は考えずに、単純に、友人が仲間という関係になったのが、嬉しいのだろう。
NPCは、超能力という表には出してはならないとされるそれを扱う組織だ。そのため、関係のない、協力者、というのを多くは用意できていない。用意出来ているはいるのだが、組織外とされているため、あまり干渉はできないし、その存在自体を隠している場合が多い。
「飯塚さん、恭介達に『連携者』の話は――、」桜木の視線が飯塚の奥に見えるホワイトボードに刺さった。「してないみたいですね」
そう言って理解した桜木は、恭介達に言う。
「あそこに書いてある役職以外に、連携者ってのがある。それが、蜜柑ちゃんみたいな、一見してNPCには関係のないような人間だが、NPCの協力者である人の事を差す。協力者って言っても、正確に言えば、NPCの職員なんだけどな。連携者ってのはとにかく、NPCと関係ない、って立場が重要だ。だから、その存在も皆に教えるわけじゃない。だから、飯塚さんも教えなかったんだ。理解してくれよ」
「あぁ、分かったよ」
「うん、わかった」
恭介達は頷いて応えた。
その後、蜜柑は、書類だの手続きだの、の為に桜木に連れられて別の部屋へと移動した。恭介達は飯塚から提携者と、隊員との関係のあり方等を聞かされ、その日は無事に、何事もなく、終わったのだった。
11
翌日、NPC日本本部、流の部屋にて。
流の部屋はそう広くない。一○畳程の洋室で、必要なモノ以外は揃えていない、という印象が強い。世界中に支部が存在する程の巨大組織を束ねる長の部屋にしては、狭すぎないか、とここに来る人の中では、思う人もいる様だ。
デスクに付く流の前に立っているのは雷神こと、桜木将だった。良く見れば、流の部屋の扉の枠の隅の方に、小さな亀裂が入っている。
「今回、君に出てもらう任務だ」
流はそう言って、パソコンからプリンターで出した書類の紙を三枚程、桜木に渡した。
桜木はすぐにそれに目を通す。
「……、また、政治に芸能人っすか。っていうか、これ、今話題になってるアノ……」
桜木は嫌そうにしていた。そんな表情を見せていた。その表情から、面倒ごとだという事はすぐに分かるだろう。
「あぁ、そうだ。芸能人が一般人を、あるマンションの一室で殺した。そのマンションの持ち主が、公にはなっていないが、元総理の息子……。おまけに麻薬付き。どう見たって裏との繋がりがある事件だな。更にそこに、ジェネシスに付く、ある組織の影が見えている」
桜木は渡された書類の二枚目を見て、
「『メイデン』……? 聴いた事のない組織ですね」
首を傾げた。雷神という称号が付けられる程の実力者で、幹部格である桜木は、最高責任者である流とほぼ同様の情報を持っていると言っても過言ではない。だが、そんな桜木が知らない組織の名前が、そこには書かれていた。
「あぁ、俺も知らなくて、執行部の連中に調べさせた。そしてわかったのが、最近出来たばかりのジェネシスの組織だという事だ。できたばかりで、ミス。もう消されてる可能性もあるがな」
「ふむぅ……」




