12.遅効性毒素―13
そこまで考えれば、当然、No.7は遁走するという選択肢を脳内に置く。が、選択するというのは難しそうだった。目の前には、自身が最も苦手とするタイプの超能力者が、迫ってきている。高圧的態度で、戦闘意欲満々の圧倒的な男が、迫ってきている。
優流は歩いている。早くもない。だが、正対するNo.7は、その隙のなさに絶望している。
一切逃げる事は敵わない。背を向ければ当然その背を突かれるし、左右に走ってみようとも、彼と同じ幅を通り抜ける際には攻撃される、と自然と分かっている。感じ取っている。
だからこそ、もう、無駄である。
時として、今まで散々持ち上げられた人間で、散々実績を残してきた人間が、予想もしない形、結果で朽ちる事がある。今までNo.7はそれをする側であった。が、今回は、される側になる。
零落優流が、立ち止まった。No.7との距離は数メートル。そこで、眉を顰め、何か考える様な表情をした零落優流を見て、No.7は何かがおかしい、と感じ取った。
何故、立ち止まるのか。何故、そんな顔をするのか。
そこで、気づく。零落優流の視線が、自身に突き刺さっていない事に。
「ッ!?」
遅い。
No.7は、圧倒的な力を持つ、圧倒的有利な立場にいる優流に、怯え、気をとられ過ぎていた。
背後に、迫っていた。
振り向いたそこに、見えた顔は、見知らぬそれだったが、写真では、見た事がある。
浅倉から聴いていた。どのようにかの判断までは未だ出来ないが、どうにかして、確かに、浅倉の超能力細菌兵器をある程度の範囲まで封じたという事実を作った敵がいる、と。
そして、その書類、写真で見た。確かに見た顔で、見間違うはずがなあった。
郁坂流、という言葉が出るよりよりも前に、
「がっ……」
刃が、胸元を貫いていた。
完全に、油断と、注意散漫だった。戦いではそれが命取りになる。今まで通りのNo.7、そして相手であれば、また、話しは別だっただかもしれない。だが、今、完全に分が悪い状態だった。
郁坂流の接近に気付いたとしても、だ。結局、自身の最大の敵となる二人が揃ってしまうのだ。はなより、勝ち目なんて存在しなかった。
そして、今の流に、敵に対する容赦なんて、一切あるはずがなく、超能力まで切断する特種形状型日本刀は、No.7の言葉を待つ前に、切り払われた。
斜めに斬り上げられ、首が皮一枚で繋がっている状態で、落ちたNo.7なんて他所に、流は零落優流を見ながら、刀を鞘へと収めた。
血みどろの足下と、そのすぐ側にある死体を見て、再度顔を上げ、呟く様に問う。
「こいつが、例の奴ですかね」
「そうみたいだな」
「呆気無いですね」
「その通りだな」
ある種、ある枠、ある房で言えば、最強の二人が揃った瞬間だった。
その、敵にとっては最悪の瞬間、このタイミングで、大量の足音が、近づいて来ていた。
リアルにとっても、No.7は脅威だったのだろう。最早まともに機能擦ることがなくなったリアルの上は完全に無視され、現場の人間が、あっちにいるヤバイ相手を大量の戦力でなんとか倒そうと判断したのだろう。
あっちの道からも、こっちの道からも、この部屋に繋がる全ての道から、無数のリアルのメンバーが流れ込んで来た。
その数えきれない程のメンバーの全員は、あっという間に流と優流を囲んだ。
「ぞろぞろと……」
優流が周りをざっと見渡して、そう忌々しげに呟いた。
ボクシングの試合会場や、相撲の試合会場の様に、流と優流を目標に、大勢が集まってきていた。
当然全員、No.7の事は理解していた。仲間でないはずの何者かが、いる、と、情報は回ってきていた。回ってきていた情報に一番近い形をしていたのが、二人の足下に転がっていたため、敵の目標は即座に二人に切り替わった。
絶底敵な窮地、であるのは、大勢の敵の方であった。
敵は全員、足を止めていた。そして、気づけば、どよめきだっていた。
それには流も驚いたが、零落家前当主から伝えられていた情報から、零落優流の超能力を想像して、そして、気付いた。
全員が、超能力を使えない状態になっているのだ、と。
これが、零落一族の力。これが、零落優流の『全拒絶』である。
そのステージは、零落家の血を濃く引く人間として当然、最上限の7である。ステージ7の時点で、全拒絶は、人だけが考えそうな、最小限の設定まで、正確にこなす事が出来る状態である。
敢えて、優流は敵全員の超能力だけを、拒絶する状態でいた。
だからこそ、敵達は戸惑っている。何故、超能力が発動しないのか、と。
そんな敵を他所に、優流が呟く様に流に指示を出す。
「銃でも剣でも抜いてくれ」
「はい」
優流が言った意図は、理解している。だからこそ、拳銃を抜き出して、天井を撃ちぬいた。
銃声が部屋に轟く。どよめくリアルの大勢にも反響をして、部屋中にその銃声は一瞬で広がり、そして、どよめき、喧騒を一瞬にして消失させた。
超能力者同士の戦いならまだしも、無能力者同士の戦いとなれば、今現代。銃を持っている者が、圧倒的有利な立場にいる事は、何一つとして変わる事はない。
流は一発の銃声で敵全員の注目を集めた後、すぐに銃口を落とし、目の前に見えた大勢の内の一人を、撃ち殺した。
余りの躊躇いのない、恐ろしい程の素早い殺人。全員が、電源が突然来られたロボットの様に事切れて落ちた味方を見た後、敵である流を、全員が、見た。その、余りに敵に対する容赦のなさを見て、全員が察した。アレは、決して触れて良い者ではない、と。
そんな全員の注目を集めた流は、得意気に口角の片側を釣り上げ、そして、笑んだ。
拳銃を戻し、そして、両手にサブマシンガンを取り出した。当然、弾倉は足りない。それほどの数が二人を囲んでいる。だが、負ける事はない。一発一人としなくとも、大勢を削り落とすだけのの銃弾はある、それに、刀だってあり、流は対複数戦が得意である。
そして、零落優流がいる。いかなる攻撃も拒絶し、いかなる防御も拒絶して存在までをも拒絶する事が可能になる、言葉そのまま化物と揶揄しても、比喩しても間違いなんて起こらない存在だ。
そんな化物が相手だと、敵は正確な能力は把握出来ていないとしても、気づく事が出来る。
だが、部屋を埋め尽くす程の人数だ。そうすぐには、全員が逃げ出す事なんて、出来やしない。
「見ていろ」
と、零落が流と並び直した。
流は敵を警戒する必要も既にない、と判断し、銃をしまって、その行方を見守ろうとした。
が、そんな遅くない。寧ろ、早すぎる。
「……すげぇ」
流は思わず呟いた、優流は久しぶりの光景だな、と思った。
敵が、優流達に近い人間から、ばたばたと倒れ始める。まるで、浅倉の細菌兵器の効果のようだが、全く違う。ただでさえ一方的な細菌兵器よりも、更に一方的な圧倒的破壊力。それが、全拒絶である。
接触した、なんて甘い条件ではない。見える範囲、でも、ない。零落一族、歴代最強とまで言われるその超能力を、今の様に攻撃的な使用をする場合、彼さえ望めば、彼が敵と認識した人間は、全て、拒絶される。
では何故、そうしないのか。簡単だ。その括りで使用すれば、彼が味方と思わない世界中の、知らない人間まで殺してしまう可能性があるからだ。優流にとって、一般人なんて、本当にどうでも良い存在であり、寧ろ、この超能力血族零落家を繁栄させる邪魔になると、内心思っている。故に、使わない。
リアル、という括りになると、同じ名前を名乗る団体や人間等、あからさまな単語であるが故、被害が世界規模で起こる可能生がある。だからこそ、自制している。碌に、言われた条件の通りに。




