12.遅効性毒素―9
「つぅまぁ、りぃ……、」
不満気に何かを叫ぼうとした女の敵二人の言葉を封じる様に、島田はわざとらしい大声を上げて、
「俺達はお前ら程度の女に見下されてるって事だ。それって俺達にとってお前は必要ないって事実で決定! よし、殺そう!」
そう言って島田は駆け出した。まだ誰も動いていないというのに、真っ先に駆け出し、敵へと向かった。そんな島田の背中を見て、薬師寺は溜息を吐き出す。またか、と呟いたのは、実は毎回、島田に聴こえている。
が、敵は四人。島田の言葉に反応して目標を奏達から島田達へと移そうとしていた女の敵二人の前に、男二人が出る。島田の前に立ちはだかる。
細身の男が二人、だった。容姿や雰囲気は似ているが、どことなく違う様に見える、所謂双子の男。なよなよした見てくれは島田の嫌いなタイプのど真ん中だった。
男二人は、島田達と同様、二人で一組と言っても良いタイプの人間だった。
ルーニーとジーニー。暗殺部隊のコードネームとしてカタカナの短い名前で呼ばれた二人は、本名も既に記憶から消していた。
見た目がほとんど変わらない事は、利用していなかった。が、しっかりとした役割分担をこなしており、双子の兄ルーニーはジーニーの後援を、そして、双子の弟ジーニーは兄ルーニーの後援を固く信じて、突っ込んでいく。
その関係を、仲間から実力として信じられていた二人だった。
島田の前に出たのも、ルーニーの指示だった。
ルーニーはリアル暗殺部隊の中でもずば抜けた頭脳を持つ戦略家であり、今の島田の言葉も、きっと意味があって二人を煽り、女達から目標を逸らしたのだ、と判断して、前へと出た。
が、知略は、相手が知略家であってこそ、より確実な力を発揮出来る。
島田は、賢い方だった、が、超能力者として、より、人間であった。ただ、欲望のままに動いていた。
言葉の応酬にも、何かを隠すのは、知略家の仕事だ。島田は、それらを、出来る実力を持ちながら、自身の仕事でない、と割り切っている。
単純な、好き嫌いだった。やすく言えば、わがままな悪口だった。
すっぴん女子が、好きだった。対照的な厚化粧なギャルは、嫌いだった。敵の女の内、一人、マリアというコードネームを名乗る女の厚化粧が、気に食わなかった。故に、ぶっ叩いて説教してやろうと思っていた程度だった。
その程度だった。
その恨みを除けば、本当に、島田はどっちの敵が襲ってこようが、どの敵が襲ってこようが、構わなかった。
目の前に立ちはだかったのだから、じゃあこの双子を殺すか、と本当に、ただの気分で、動いていた。
目的ははっきりしている。先に進んで、戦いを終わらせる。
超能力制御機関はディヴァイドの完全吸収を望まなかった。ディヴァイドはディヴァイドとして形を残しつつ、傘下に収まれば良い、とディヴァイドの形を残してくれた。三平達と作り上げた、団体を、だ。
それに関しての、感謝の意を島田は、戦闘でつけようとしている。
言葉ばかりは上手く、それ故信頼度は低いだろう、と無駄に自負している。故の、行動。結果を残し、超能力制御機関に、ディヴァイドとして貢献する。それが、彼の選択だった。
そして、そんな彼を、薬師寺は全力でサポートする。
島田は、目の前の能力を確認出来た。前へとどちらが出た、と島田は理解が出来ないが、出たのは当然ジーニーだった。彼が後退してルーニーの応援をする理由はない。
ジーニーのすぐ目の前には、半透明の何かが、出現していた。五角形だが、全身を守らんとばかりの縦長な、半透明の、盾が出現していた。
この能力自体は、珍しくも何ともない。島田も薬師寺も見て、理解している。
「島田さんッ!! 障壁系です!」
薬師寺が叫ぶ、が、
「わかってるっての」
島田はそう返して、笑った。
薬師寺も、思い返せばなんで叫んだのだ、と思う程だった。
そもそも、島田にそんなモノは無意味である。
島田の拳が、真っ直ぐ盾へと突き刺された。
突如として、炸裂する。
盾は壊れない。だが、
「ッお、おぉ、おぉお、おぉおおおおおおおおおッ!!」
振り切られた島田の拳。が、まるで、連続して殴り続けられているかの如く、盾は後退する。それに押される様に、ジーニーもまた、後退せざるを得ない。
何が起こった、とジーニーは襲い来る様に下がってくる盾を受け止めながら、やっと止まったその動きを確認し、体勢を立て直す。
盾が一度消える。
そして、ジーニーと入れ替わる様にルーニーは後退し、また逆に、ジーニーは距離を取り戻そうと前進する。
対して、マリアと、春風は、素早い決着を互いに望んでいた。
マリアは実際にも、今まで、敵を瞬殺する事が多かった。何故ならば、電気を操る超能力であるからだ。
雷撃。持つ者は多いが、そのステージや使用者により、その効果の発揮は大きく左右される能力である。
ある者は機械の操作までこなし、ある者は静電気程度しか起こす事は出来ない。だが、またある者は、自然災害といえる程の稲妻を呼び起こす事の出来る能力である。
そして、マリアの能力はステージ6を誇っている。雷撃を扱う者の中でも、トップクラスなのは間違いない。
が、マリアが右手を突き出し、指を鳴らす様に弾いたと同時、放たれた稲妻は、何故かマリアと春風の中間地点で屈折し、天井に突き刺さって散った。
マリアが片眉を釣り上げる。何が起きたのか、という疑問と、ふざけやがって、という怒りの感情のどちらもが、同時に彼女の中に沸き上がってきていた。
(何だ……!?)
そもそも、光の早さである。反応出来るわけがない。手品のタネを探る様に、逆算して、可能性を探る、と、当然、最初から何かを配置していたか、反射的に、今の攻撃を防御出来る能力を持っているか、だ。
正確には、前者。だが、それを知る事は叶わない。
「奏ちゃん。あの筋肉ゴリラの相手は頼むよ」
「嫌だなぁ……うん。まぁ、やるけど」
春風と奏はそんな短い会話を交わして、互いの戦闘へと移った。奏が筋肉女、ケイトへと突っ込む際、その途中を狙ってマリアはノーモーションで稲妻を放ち、奏への不意打ちを狙ったが、それも何故か屈折し、壁に突き刺さるに終わった。
どうにかして、雷撃を突き刺すしかないか、とマリアは奏を完全にケイトに任せ、春風へと集中する。
マリアにとって、春風は気に入らなかった。自身とは対照的な、ほとんど手を加えていない顔に、綺麗に整ったそれ。気さくな雰囲気を出しつつも、しっかりとした正確。見た目から、自分よりも『好かれるタイプ』だ、と分かっている。だからこそ、嫉妬も隠しつつも、嫌いだ、と吐き捨てる程、嫌いである。
だからこそ、殺したい。自分よりもまとまった、小綺麗な人間は全て暗殺部隊を利用してでも殺してやりたい。マリアはそういう女だった。
そういう女だったからこそ、勝てない。
戦闘とは、殺し合いだ。相手が死ぬまで、基本的に止まる事はない。
殺したい、だけでは不十分、殺す、という覚悟まであって、やっと始まる。
春風は、見た目以上に、殺しに対してストイックだった。それは、死なない、という覚悟から。その覚悟は、流や奏が持っている者に近い。
超能力者に、恋人がいた。まだ二人とも若年ではあるが、長く付き合っている相手だった。相手のためにも、死ぬわけにはいかない、と彼女は、見た目以上に、判断力のある人間だった。
戦闘が始まる前、顔を合わせた瞬間から、準備はできていた。
能力が故か、自然と、敵の内の誰かが、電撃系統の力を持っていると察していた。そして同時に、それが相手になるだろう、とも予測していた。
だからこそ、決着はすぐに着く。




