12.遅効性毒素―8
三平と奏達も、先を急いだ。前情報として、見る超能力者にこのアジトの中を見させたが、何か妨害が入っていたのか、明瞭にはなっておらず、中の構造を完全には把握できていない。まだまだ、走り回る事になる。
広いフロアへと戻った流は、部屋の中央で一度立ち止まり、辺りを見回した。やはり、違和感だらけだ、と流は感じ取った。
さて、と敵を追うために歩き出す。来た道の方へと戻る。が、途中ですれ違わなかったんだ、と分かれ道で来た方向とは違う方へと進んだ。最初から明瞭でない地図、記憶も曖昧になってくる頃で、挙句、散々戦いで望まぬ道を歩く事を余儀なくされたため、どこを歩いているのかも分からなくなってきていた。
が、目的地ははっきりとしている。
声を、聴く。音を聴く。振動を感知し、戦いの場を探す。
悲鳴が多く聴こえてきた。強い相手だ、大凡だがどこにいるかもわかる。わかってくる。
一刻も早く、その悲鳴を止めなければならないな、と決心する。
だが、
「……止まれ」
背後から、声。反応し、流はゆっくりと振り返る。そこには、見知らぬ男が立っていた。
第七班と呼ばれるリアルの暗殺部隊が、動いている。
「あいつら、明らかに雰囲気が違うよな」
三平が冷や汗を垂らした。奏はその言葉に頷く。
「そうですね……。やけに、弱いのばっかり出てくるなぁなんて思ってたんですけど」
奏が不満気にそう漏らす。
奏達超能力制御機関のメンバーは、浅倉の手が加わっている事を知らない。故に、リアルの幹部格や有力者は、まだ、控えている、と考えていた。そして、遭遇する時が来た、と、ずっと引きずって持て余していた覚悟を引き出す。
狭い通路を塞ぐように現れた四人の敵を睨んで、奏達は構えた。
「なんで、不意打ちしたんだよ」
流はまず、そう問うた。すると、男は首の後ろに手を回しつつ、嘆息して、静かに答えた。
「俺達は暗殺部隊だ。知ってるか? 暗殺の意味って。本来は許可無く殺すって事なんだ。つまり、俺達がやってる事は全部暗殺なわけ、だ。つまらねー肩書だろ?」
「何が言いたい……?」
「問題は名前じゃない。所属する部隊の方だ。暗殺部隊なんて物騒な部隊にいるか。それは、つまり、」
「強いって言いたいのか?」
敵の言葉をかき消す様に言った流のその強気な態度に、敵は眉を顰める。不満気なのは、一目瞭然だった。
一呼吸を置いた後、返す。
「あぁ、そうだ。そして、俺はその隊長だ」
「そうかい」
どうでもよかった。流にとっては、ただ敵が現れた、という事実以外の意味はない。
それに、言っておいた敵も敵で、言葉にはあまり意味を求めなかった。流という明らかに異質な存在を目の前にして、何かを悟り、自然と、普段開かない口を開いていたのだった。
悟っていた、からこそ、暗殺者は名乗る。
「……ケイジと呼ばれている」
「しらねーよ」
ふん、とどこか満足そうに鼻で笑ったケイジは、腰の後ろに両手を回し、そこから、ナイフを取り出した。やけに刃の長いナイフだった。流が右手で引き出した日本刀に比べるとやや短いが、刀と言っても否定は出来ない程の長さを誇っている。が、柄はナイフのそれで、片手でしか握れない程度しかない。それを、両手で一本ずつ構える。
変な武器だ、とは思ったが、当然警戒した。
超能力者が武器を持つのだ。流の様な特例や、不意打ちでない限り、その武器は超能力に追随する効果を発揮する可能性が高い、と予想出来る。
警戒する。あの奇妙な武器は、何なのか、と。
頭の中では、彼の言葉をしっかりと覚えていた。暗殺部隊、という言葉が当然引っかかった。誰よりも、何よりも殺す事に特化した部隊なのは間違いない。殺すための武器、超能力が襲い掛かってくる、と推測出来る。
が、臆さない。今更臆す事もない。これから、より危険な人物に会いに行くのだから。
流が、先に動いた。
刀を右手に構えたまま、踏み出す、と見せかけ、一歩だけ踏み出した後、左手でサブマシンガンを一丁だけ持ち上げ、そして、トリガーを引き絞っていた。
乱射。大した狙いはつけていないが、そこまで広くもない通路の中だ。銃口が敵に向く様にだけ絞り、トリガーを引き続けた。
超能力者同士の戦いでは滅多に聴くことのない銃声が連続で轟き、廊下を反響して他の部屋にまでその異質な音は響いていた。
が、トリガーを引き絞りながら、流は眉を顰める。
動きが、おかしい。距離は大凡七メートル。当然、銃弾は瞬きする間もなく相手に到達する。が、ケイジは、動いている。時折ナイフ二丁を振りながら、銃弾を、弾きながら、躱している。
「そういう……超能力なのか」
呟きつつ、流は人差し指を離し、サブマシンガンを腰にまわして戻した。
銃弾を避ける程の超能力。
(肉体強化系なのか……!?)
接近戦は、フリだ、と思いつつも、流は疾駆した。
刀がある。どういうわけが、流の中に眠る超能力を引き出し、その刀身に宿して超能力を断ち切る刀が。
銃撃が通用しないと分かった以上、まず、拳銃も使う理由はなくなっている。
刀での可能性に賭ける――が、一撃目を、避けられた。
そして、反撃が、素早い。
「ッ!!」
咄嗟の動きで、予想外の動きで降りかかってきた攻撃を、刀で受け止め、小さく火花を散らし、防いだ流。まだ、後退は出来ない。
即座に流は切り返した。攻めの姿勢を崩さない。身体能力の高い相手に一歩でも後退すれば、攻撃に転じさせてしまえば、自らが不利になると良く理解している。
が、腕を一杯に引いて、至近距離からながら、鋒を突き上げる様な接射攻撃。
だが、ケイジはとても人間の反射神経とは思えない程の動きで身を翻して横に倒し、その一撃すら、綺麗に避けてしまう。
「当たらぬよ」
目の前でケイジが笑った。
「三平さんは下がって」
奏が言うと、素直に頷いて、三平は下がった。能力が能力だ。ここで発動すればアジトごと被害を受けるのは確実で、敵味方関係なしの全滅コースが決定する。三平には、いざという時まで超能力は使わせない。
超能力を使用しなくとも、三平は戦力となるが、相手が特種な能力者であれば、戦わせるわけにはいかない。
奏と、春風衣奈。そしてディヴァイドから二人が前へと出た。
狭い廊下だ、
「三平さん達は、戻って他の道を探して」
最低限の人数で戦うのが定石である。大人数で挑めば、無駄な被害が拡大するだろう。
敵は、男が二人に女が二人。
「合コン帰り? それともダブルデート?」
春風が敵を煽る。が、
「こんな奴らと合コンもデートもしたくねーよ」
ゆるく巻いた金髪の濃いメイクの女が、そう返した。春風とは正反対な見た目だった。が、
「あのギャルは任せていいのかな?」
「いいよー。じゃあ奏ちゃんはもう一人のゴリラみたいな女相手してね」
「……うん」
もう一人は、奏と対照的に、巨漢、と称しても間違いのない女だった。ボディビルの大会に言ってもそうそう見られる体型でない事は明らかで、奏はその女と目が合うと、ステロイドという単語を何故か思い浮かべた。
「誰がゴリラよ。絞め殺すぞ」
巨軀の女が奏を見下ろし、脅す様に言う。
「私の台詞じゃないのに……」
不満気に奏が呟くが、何か言ったのか、という視線が上から降りかかってきて、奏は嘆息するしかなかった。
ディヴァイドの二人は、三平の下に残った幹部格と、その側近のコンビだった。
幹部格、島田大吾は、自身の側近である薬師寺功に問う様に聴く。
「……、結構イケメンに見えたけどな? どうだろ」
「そうですね。我々よりはイケメン、かと」
聴くと、島田はあちゃーと間抜けに呟いて、更に調子にのる。
「じゃあ俺達は、あの厚化粧、剥がすと化物、不細工ちゃん、とも、ステロイドお化けとも、付き合えないってか」
「……こちらからお断りですけどね」




