12.遅効性毒素―6
「No.7」
「はい」
浅倉の、判断は、
「……制御機関の強い連中、対処しきれなければ放置でかまわねぇ。私達が到着してから潰せば良い。零落家もだ。第七班の連中は全滅してもかまわねぇが、結果を残してから死なせろ。結果さえ出れば、用済みだ、殺したってかまわねぇ」
「了解した」
浅倉からの指示を受けて、No.7は安樂の使用していた連絡機を取り、各隊に連絡を入れる。数を減らせ、勝てるならば強者も殺せ、と。
的確な指示でなかったが、彼らもまた、No.7と同等の、暗殺部隊である。指示を受け、やる事は分かっている。
与えられた指示を、的確にこなすのが、暗殺部隊の所以でもある。
「さて、と……」
指示を出し終えたNo.7にもやるべき事がある。
浅倉から与えられた指示ではない。だが、自身が結局やる事になる、その任務を先にこなさなければならない。
No.7はこの部屋の入り口を見た。自身が通ってきた両開きの巨大な扉を見た。
その扉が、静かに開く。まるで、自動扉の様に、自然と開き、その先まで来ていた杖つきの老人の姿をNo.7へと見せつけた。
「……零落家、前当主だな」
No.7は静かに、その老人へと問う。
頷くまでもない。老人は数歩進んで扉を越えて部屋へと入ってきた。すると、扉が自然と閉まる。
「その通りだ。邪魔者よ」
零落家前当主は、部屋の中央まで来て、立ち止まった。杖に両手を置いて、No.7を観察する様に見る。
全て、分かっている。この見た目が歌舞伎町ででもうろうろしてそうな男が、実力派な第三勢力の隠し球である事もだ。
分かった上で、零落家前党当主はここに来ている。
それを、No.7も理解している。
「零落家が出てきたって事は、既に『予備』が出来上がってるって事だな」
「隠す事ではないし、頷いてやろう。そうだ。出てきている以外にも、まだ零落の血はいる」
郁坂碌は、人格者だった。人の生き方を否定しない人間だった。隙な事をやれ、親がレールを敷くな。そういう人間であり、自身の娘にも好きな道を進ませようとしたくらいだった。
そんな碌でも、零落一族だけは別だった。彼らは存在だけで超能力社会、歴史の常識を塗り替える可能性があるのだから。
故に、血筋、家系の伝統に碌でさえ口を出さなかった。それどころか、彼らという存在を守ろうと神流川村を貸して協力しているくらいだった。
そんな零落家が、この戦場に出ている。それはつまり、最悪、この場に出てる全員が死んでも、血の後継者がいる、という事である。
(神流川村の方にいる現当主の嫁にでも子供が出来たのか?)
察しつつ、No.7は、これは好機だ、と笑う。
相手が恐ろしく強い人間だという事は分かっている。能力までは知らないが、最悪一つの国をまるごと滅ぼす事が出来る程の力を持っていると推測も出来る。
だが、No.7とて、そう変わらない。ステージ7の時点でも、触れなければならない事に気付いたその時は、畜生、と思いこそしたが、ありとあらゆる存在を腐食させるのだ。それが、超能力によって生み出された存在であっても同様。No.7は、浅倉に無敵と称された類稀な存在である。
そして、今目の先にいる零落家前当主は、死を覚悟して、そこにいる。零落家が出てきているという事は、死を覚悟している、という事。
勝機はある。そして、零落家を一人でも削るという事は、戦況を大きく傾かせる事になる事実である。
「なるほど、な。じゃあ、お前を殺すだけでは、零落一族の血は途絶えないという事だ」
No.7は言って、付け加える。
「まぁ、殺すけどな」
見た目からは想像出来ない冷静でな印象の声色。
それが、開戦の合図となる。
No.7が、部屋の中央で杖に手を置いたまま立ち止まっている零落家前当主へと歩いて、非情にゆっくりとした速度で近づいた。
互いに強力な超能力を持っている事は分かっている。ゆえの、この速度だった。
触れれば勝てる人間と、そして、触れれば勝てる人間が、ぶつかる。
問題はあった。山積みではないが、驚異的な問題が少数あった。故に、零落家前当主は、この時点で死を覚悟していた。
が、彼の中での死は、大した問題ではなかった。久々に外へと出て、戦いの場へと趣き、やるべき事をやる。それだけで、彼は十分だった。
ぶつかれば、勝てた。今までは。
だが、歳を重ねるごとにその異変にも気付いていた。使わなければ、超能力も衰えてしまうのだ、と。
それに、彼は、既に零落一族の血縁を残す事に成功している。後は、それを守るために動くだけで良い。自らの意思や命は、結果となって残るであろう。
既に、連絡は入れておいた。
――現当主か、流でなければ勝てない相手がいる、と。
これだけで、彼にとっては十分だった。
No.7は、手を伸ばした時点で、零落家前当主が不意に見せた満足そうな笑みに、死期を悟った。
(こいつ……、わかっていて、)
No.7の手は、零落家前当主の首を鷲掴みにし、そのまま、朽ち果てさせた。あまりにも呆気なかった。だが、殺さず放置しておいて良い相手ではない。自身以外には、恐ろしい脅威となるのだから。
「……なんだよ、畜生」
No.7がそう吐き捨てる程、非情に後味の悪い結果になった。
苦戦して、殺され掛けて、なんとか打ち勝つ苦痛を味わったほうが、まだまだマシだと思えるくらいだった。
(何にせよ、零落家一人、排除……か。気にはいらないが。これでこの場にいる零落家は現当主とその娘二人、か……。この三人は浅倉達の突入に合わせて倒そう。流石に一人では、現当主の能力が全く把握できていない以上、危険だ)
NO.7は朽ち、消失し始める零落家前当主の死体を一瞥し、複雑な表情を見せた後、部屋を後にする。彼は、頭を失っても未だ止まらないリアルと、そしてほぼ無傷状態である超能力制御機関との戦争に突入し、今度は中から、戦況を揺るがそうとする。
故に、
「私は味方だ。超能力制御機関を潰すぞ!」
リアルに加勢するフリをして、利用する。
(見たことないけど、アレ絶対ヤバイ人だ)
三城は突然登場し、静かに猛威を振るうNo.7を見て、眉を顰めた。勝ち目がない事は一目瞭然だった。こういう場合は、勝てる超能力を持つ人間にこの場を託す事が賢い選択だ、と知っている彼女だが、逃げ場はない。広いフロアに、敵味方大勢が集まって、戦場を拡大させている。人々は入り乱れ、次々とどちらとも死んでいく。戦況は大きく超能力制御機関に傾き、圧倒的な有利ではあったが、No.7が来て、それは変わりつつある。
運悪く、この場にいた幹部格の一人が、殺されてしまった。
彼こそ、彼女こそ、強い、という能力者がいない。平均的な力が上がっているため、超能力制御機関が勝てていた状態だ。そこに、爆弾の如き火力を持つ人間が一人現れるだけで、戦況は大きく傾いてしまう。
が、それを危惧するのは、当然三城だけではない。
「…………、」
No.7は、また、つまらない人間が現れた、程度にしか思っていなかった。だが、目の前の女は、
「ぶっちゃけ怖いけど、貴方を倒す……っ!!」
成城詩夏は、見た目に反して、No.7に攻撃を当てる事の出来る超能力者であった。
『切創』。完全に、日常生活では一切役に立つ事のない、攻撃型の超能力である。
触れた瞬間、相手に傷を与え、そして、完全に当てれば、部位を破壊するまでに至る力である。
当然、触れたその瞬間、影響捕食の餌食となるが、彼女は、戦争の準備として、普段使っているナイフを、数えきれない程に、持ってきている。
攻撃の好機は、ある。




