12.遅効性毒素―5
浅倉は、選択肢の一つとして、このタイミングでリアルの勢力を引き連れて安樂に手を差し伸べ、リアルの残りのメンバーを参加へと置いた上で、超能力制御機関を潰すという事も考えてはいたが、その選択肢は取らなかった。
故に、安樂が動くしかない。
安樂は立ち上がる、自身の超能力『実現化』を持ってして、この状況を打破するために動く。
が、
「まぁ、落ち着けよ」
「!?」
突如として現れた第三勢力に気付いた。見る超能力者は、気付けばいなくなっていた。
この部屋には、安樂、ともう一人、の、二人きりになっていた。
「は? ……誰だお前」
驚きこそするが、頭として、強気の姿勢は崩さない。が、確かに臆していた。ここまで辿り着いた、という事実がある時点で、見る超能力者の視界から逃れているのだ。それだけで、かなり厄介なのだが、その挙句、気づかぬ内に見る超能力者をどこかへとやり、そして、まだ超能力制御機関のメンバーですらたどり着いていないこのアジトの最深部まで、一人で先行して辿り着いているのだ。
化物だ。分かっている。
それに、状況から判断出来ている。
この男は、リアルのメンバーでもなければ、超能力制御機関の人間でもない、と。
故の、誰だお前、という台詞である。
当然、その男もそれを理解している。自身で、自身がこの場で異質な存在である事は理解している。
だからこそ、余裕がある。無駄な隙間がない様な状態であるが、現状をしっかり理解している本人が、一番余裕を持っている。
「私か? No.7って呼ばれてるよ」
そう言って、男は笑った。
「ッ!!」
その不気味な笑みに、安樂は反射的に攻撃を仕掛けた。
実現化。ステージ5。一団体の頭のステージが7や6の上位でない事は良くある事ではない。が、碌という前例があった様に、出来る人間はステージ関係なしに強い。そして、頭に求められるモノは何よりも団体をまとめあげる力がなければならない。
安樂にはそれがあった。
が、浅倉によって崩された。
挙句、浅倉の派遣したNo.7により、更に崩される事になる。
実現化、とは、セツナや三城がいた時代で、暴走させた人物がいた程、強力な超能力である。
想像した物体を、実現化させる、言葉そのままの超能力である。
故の、頭。リアルという超巨大団体の筆頭である。
右手を上げた。そして、目の前の男を吹き飛ばす程のただの塊だが、恐ろしく固く、絶対に壊れる事のない物体を目の前に出現させ、No.7へと向けてはなった。
部屋のサイズと比べて僅かに小さい程度の高さと、No.7が咄嗟に避ける事の出来ない程の幅を誇るそれは、恐ろしい程の速度でNo.7へと突っ込んだ。
が、しかし。
「何ッ!?」
物体は、確かにNo.7へと突っ込んだが、脆い豆腐の如く、彼にぶつかって、崩れ落ちた。
当然の如く、何事もなかったかの様に直立不動でいるNo.7が、不気味さを加速させていた。
絶対に、壊れる事のない物体を創りだした。実現化ではそれが可能なのである。故に、力さえ負けていなければ、防御壁を出す超能力者相手でも、無理矢理攻撃を通す事が出来る。それだけの、自然界には存在しえない物体を作り出し、ぶつけた。
だが、崩れた。
あり得ない現象が、現実として、安樂の目の前に落ちてきていた。
浅倉が、ただ一人を、単身敵と敵が戦争している真っ只中に送り込むはずがない。幹部格の大勢が既に殺されているのだ。人手を減らそうなんて考えない。
だが、その一人が無敵であれば、話しは別だ。死なない人間は、減らない。
「私に対して、そんな攻撃は通用しないぞ」
No.7は動きもせず、ただ笑った。
『影響腐食』ステージ7。
浅倉の隠し球とは、彼の事である。
メンバーにも秘匿にするその力は、浅倉の『細菌兵器』ですら、無効化させる事の出来る、流の刀が引き出す未知の力と、効果が近い存在である。
が、根本は全く違う。
No.7は、両手をポケットに突っ込んだまま、悠々と、非情にゆったりとした遅い速度だが、真っ直ぐ安樂へと向かって、進みだした。
「ッ!!」
安樂は連続して、様々なモノを実体化させ、彼に向けて攻撃を放った。
稲妻も撃ち込んだ。銃弾の嵐も無駄だった。燃やせさえしなかった。窒息すらしない。わけが、分からない。
混乱している安樂の、伸ばした右腕は、気付けばNo.7に鷲掴みにされていた。
と、同時、その腕は、まるで最初からつながっていなかったと言わんばかりに、『落ちた』。
「なっ……!!」
痛みはなかった。だが、右腕は、No.7に掴まれたその場所から、崩れ落ちた。崩壊した。
影響腐食。その効果は、触れたモノの、超能力を発動した対象の、寿命を削り取る力。
ステージが7に上り詰めた時点で、彼は物体でないモノの寿命まで刈り取る程の超能力者となった。故に、最強、と浅倉は評価する。細菌兵器すら、殺す。人間なんて、彼からすれば、ただの脆い何か、でしかない。
「ッ!!」
安樂は咄嗟に身を引くが、遅い。そして、No.7にぶつかった時点で、無駄である。
No.7の右腕が、身を引く安樂の胸に、突っ込まれた。触れた瞬間から腐食は進み、そして、空気中、ただ拳を突き出す様な感覚で、No.7の拳は、安樂の胸にその拳大の穴を貫通させた。
幸いな事に、痛みはなかった。影響腐食の効果なのだろうか、安樂はそれに理解を及ばせる事はないが、ともかく、全てを悟り、諦めて朽ちる身に意識の消失を委ねた。
こうして、超能力制御機関の意図とは別に、リアルの頭は朽ち果てた。跡形もなく消え去る事になった。
が、戦いは未だ止まって等いない。
リアルを一方的に弱体化させるだけでは、浅倉の狙いとは違う。リアルがある程度でも、超能力制御機関の力を削らなければならないのだ。
No.7はまだ、止まらない。そして、このタイミングで、浅倉も動く。
「よし、最高」
No.7からの報告をリベリオンアジト内で受け取った彼女は、気分が高揚していたが、敢えて抑えて、そう言った。
事前に、仲間へと引き入れたリアルの有力者達からリアル内の情報は仕入れていた。仕入れていたからこそ、敢えて、数名の有力者はリアルの中へと残していた。本当は、仲間として引き入れたい程の力を持った超能力者もいたが、彼等を欲張って手に入れれば、必要だと判断出来る程に超能力制御機関を弱体化させる事が出来ない。
「第七班の連中を、出せ」
浅倉はそう呟いた。
全く近くない距離にいるNo.7は、「了解」と頷いた。
第七班。浅倉がNo.7を秘匿にしていた様に、リアルにも隠し球がいた。それを知らされずに、知っている幹部格の人間がいた。その名は全く違うモノだったが、浅倉がNo.7にあやかって連中を第七班と称し、そして、超能力制御機関を崩すきっかけへと設定していた。
既に、仕込みはしてある。安樂の手の届かない範囲にNo.7と浅倉の指示が発動しており、上手い事超能力制御機関のメンバーを分断して行動させる事が成功している。零落一族等、一部の強力な超能力者はそうはいかないが、彼らの近くにいない連中は、容易く浅倉の敷いたレールに乗せる事が出来た。
浅倉は選定する。今の、一気に巨大化したリベリオンの戦力が、実力派集団で、経験もある超能力制御機関を潰せる程に弱らせるには、どこをどこまで削ればよいか、と。
零落家は、自らやNo.7と共に潰しに行けば良い。とも、考える事が出来るが、この段階で潰せるなら、それだけでも十二分だ。
浅倉の判断が、今後を左右する。




