4.雷神―1
「そういやぁ、琴も幹部だったような」
思い出したかの如く、恭介が言うと、飯塚はそうだ、と首肯してみせた。
「そう。まず一人目が、千里眼こと、長谷琴ちゃんね。彼女の超能力『千里眼』は、見る力に置いて、流さんが知る限り最強の超能力らしい。僕が知る限りでも、間違いなく最強だけどね」
「琴ちゃんって、そんなにすごい人だったんだねぇ」
桃が大して実感していなさそうな雰囲気を出す。普段から、一緒にいる機会が多いからだろう。イマイチ実感がわかないのは、事実だった。
だが、二人は知っている。琴の実力を。
「他はまだNPCで会ってないだろうけど、一応説明しておくよ。『風神』、『雷神』、『獄炎』、『液体窒素』、『閃光』、それに、千里眼。この六つが、幹部の持つ超能力だね。名前は今言っても覚えきれないだろうから、また機会があれば説明するよ。どれも、強力過ぎる超能力だ。恭介君みたいに複数の超能力が使えて、相手の超能力を奪えるって、そんな特殊な超能力者を前にしても怯まないような連中ばかりだ。俺もこの中で液体窒素の過去の訓練映像と、雷神の戦闘光景を見たんだけど……化物だったね。本当に、同じ人間なのかと疑う程だったよ」
「そんなにすげぇのか……」
「見てみたいねぇ」
二人とも、話を訊くだけではイマイチ実感出来ないでいた。幹部格の恐ろしさを。
幹部格は任務にほとんど出ていない。よっぽどの事がないと任務には出ない。それは何故か。答えは簡単だ。その超能力が余りに強大過ぎて、発動すれば周囲にバレる可能性はもとより、危険を与えてしまう可能性が恐ろしく高いからだ。その結果、あまり任務には出ない。超能力を不要とする諜報等の任務もあるが、それは諜報に使える超能力を持った人間が出向く。
「あ、そういえば、だけど、」
と、飯塚が何かを思い出したように言った。
「幹部格の一人、雷神はね。今、任務に出てるよ。任務って言っても、聞き込みだけど」
「幹部が出なきゃいけない程の任務って何ですか?」
疑問に思った桃が問うた。
「あぁ、それがね、難易度が高いわけじゃなくて、今回、雷神の『クラスメイト』に関係する任務があるらしくて、俺が解決してやるんだーってさ」
「ん? クラスメイトって……雷神は学生なのか?」
恭介が首を傾げる。幹部格なんて大それた事を言うものだから、きっと経験を豊富に積んだ、年もそれなりに取った人間が出てくる、と思ったのだろう。
「ん? えっと、言ってなかったけ? いや、まだ何も言ってないか」
「?」
「えっとね、」
一度の咳払いの後、飯塚が告げる。
「雷神ってのは、恭介君達のクラスメイトの、桜木将君のことだよ」
「は?」
「え、」
間が、空いた。恭介は目を見開いて驚愕しているし、桃はまだ、疑っているかのような表情だ。
あのデブが、と恭介が呟くと、飯塚が笑った。
その雰囲気から、桃は事実なのか、と自分の中で再度念入りに確認した。
(あの桜木君が、ねぇ……)
「あいつ、俺達には何も言って来てねぇぜ」
「気付くまでいいか、のスタイルらしいよ。俺が話をしたらそう言ってた」
桜木将。身長一七○。体重一一○キロという高校生にしたはやたら横幅がある巨漢だ。恭介にポテチをねだってきた事が記憶に新しい。普段はおちゃらけキャラで、自分がでかいという事を自覚していて、且つ、自虐のネタとして話を振る。そのため、体重のことを言っても怒ったりしない穏やかなデブ、という愛称も付けられていたりする。
まさか、そんな人間が、クラスメイトが、まさか、化物とまで呼ばれる力を持った、NPCの上層部の人間だっとは、思いもしなかっただろう。
「今度話をしてみる。他の幹部は?」
「他のは学生じゃないよ。NPCのみの所属の人間。それこそ知らないだろうから、機会のある時に話すよ」
飯塚はそう言って、次に執行部、とそう言って、ホワイトボードに書かれた執行部という文字を指差した。
「執行部、ここは幹部と流さんとの関係とは、少し違う。簡単にいえば裏方で、金銭の管理とか、任務の調整とかをしてる場所。独立した組織、ではないんだけど、執行部は執行部でまた、その中に幹部とか、そういう役職がある。まぁ、人が多いから。紹介は割合で」
そして、また黒のマーカーペンを持ち、飯塚は幹部格の下に、『隊長、隊員』と書き足した。
それらを指差し、
「これが、恭介君達の立ち位置だね。隊長は、君達の班でいえば琴ちゃん。隊員が、君達二人。数いる隊長の中で、教育担当とか、指導責任者とかいろいろ役割もあるけど、長くなるからこれも割合で。琴ちゃんは隊長唯一の幹部格だね」
「へぇ、そうだったのか」
恭介が何かに納得したかのように、何度か頷いていた。
恭介と桃を見て、二人がある程度だろうが理解した事を確認した飯塚は、説明を終わらせる。
「大まかに、だけど、NPCってこんな感じの組織構成なんだよね。覚えておいてね」
「うす」
「はい」
NPCでは、何も超能力の訓練だけをする場所ではない。時にはこうやって、勉強に励む事もある。今日こそNPCのそれについてだったが、普段は秘匿に行われている超能力研究の結果から導かれた超能力の習性等、超能力に関わる勉強をしている。
霧島に言った、超能力には、存在しないモノってのが存在する。それが、治癒能力。それと、時に関係する力です。と言う言葉は、勉強のせいかあって出てきた言葉だ。
超能力には、回復、治癒等の人体等を『癒す力』と、タイムスリップしたり、時間を過去に巻戻したり、過去、未来を見てみたり、という『時を操作したり、干渉する能力』は存在しないとされている。思いのほか数がいる超能力者を調べた結果、出た答えなのだろう。
だが、五十嵐喜助の『馬鹿めが。それを可能にするために、科学的に干渉した人工超能力が存在するのだろうが』という台詞。これは、案外的を射ている。そして、その言葉によって、推測が出来た。
人工超能力はただ、無能力者を超能力者として覚醒させる事だけでなく、今まで存在しなかった超能力を科学的に干渉する事によって生み出す可能性を秘めている。
それがどれだけ危険なことなのか、ジェネシスの研究者達も分かっているだろう。だが、人間の探究心は抑えられない。
今まで気づかなかった新たな事情に気付いた。と、いう事は、まだ気づいていない面もあるかもしれない。そう改めて気を引き締めると、尚更人工超能力の危険さを思い知るのだった。
人工超能力の開発は止めねばならない。それが世間一般に浸透するなんて、尚更だ。
そのために、こうやってNPCが存在している。
雷神も、きっと今、その為に動いているのだろう。
「訊きたいんですけど、さっき言ってた、雷神の――桜木の、問題を抱えてるクラスメイトってのは?」
と、恭介が聴いた時だった。
会議室の扉が開いた。
「っ、……、扉小さくなったか? 全然通れないんだが……」
扉が、肉によって塞がれた。肉、それは、桜木将のその肉体。ドアの枠に腹が引っかかり、完全に塞がれている。
「ちょ、ちょ、示しがつかないだろコレ。あ、恭介、桃ちゃん。さっきぶり。いきなりで悪いんだけど、俺の身体部屋の中の方に引っ張ってくんない?」
悪い悪い、と言いながら扉の枠に挟まっている桜木を見て、二人共、同じ感想を抱いた。こいつ、本当に雷神か、と。
ともかく、二人は扉の枠に挟まったままの桜木を引っ張った。掴む場所がなくて服を引っ張ったが、服がちぎれてしまったため、肉を摘む――いや、掴むようにして引っ張った。
暫く、数分程経過して、やっと、桜木の肉体は会議室の中に入る事が出来た。勢い余って桜木は転がり、会議室の手前の机と椅子を蹴散らして盛大に登場した。
そして、桜木で隠れていて見えなかったが、桜木は、そのクラスメイトを連れてきていた。桜木の肉体がどいて見えてきたのは、
「蜜柑?」
「あれ、恭介に桃ちゃん……?」
近藤蜜柑。恭介達の、桜木の、クラスメイトであった。どうやら恭介達が桜木を引っ張っている最中、彼女は桜木を押していたようだ。




