12.遅効性毒素―4
「何が、いや、何を俺に伝えたいんだ」
察する。
言われて、燐がどうだのという考えは、すぐにでも曲げる事の出来るモノではない。だが、男とドクトルの話しは、聴くに値する話しだ、と思っていた。
男が、言う。まるで、業火を否定としない、言い切る程の、発言を、男は最初から落とした。
「神威燐は、前妻である『可奈子』の願いを叶えるために、あの様な暴挙に及んだ。……、」
「は?」
驚愕した。しないわけがなかった。前妻がいる事も知れなかったし、何しろ、理由が。
「お前と同じ様にな」
業火が今、抱いているモノと、同じなのであるからだ。
「な、何を言っている」
何で知っているのか、と問えば、全てを認めてしまう、と反射的にそう聴いてしまった。が、既に、理解されてしまっている。
「悪いが、これに関しては超能力を使って調べさせてもらったぞ。業火。お前は、安藤玲奈の願いを達成しようとしている。それと同じだ。お前だって、今はどうかは知らないが、手段を選ばなくなる。一番大事なモノのために、だ」
「…………、」
全てを知った様な口で、真実を語る男が、不気味で仕方がなかった。胸の内に秘めたこの気持は、業火は誰にも見せていない。だが、手紙はどうやら見られてしまったようだ。
一度深呼吸をすると、その小さな音さえ部屋には響くと知った。
「何が、目的なんだ」
業火は、目の前の二人が、敵でも味方でもない、と知った上で、問うた。
が、ドクトルは首を横に振った。
「何もわかっていないな」
「どういう意味だ?」
その言葉には、男が答えた。
「私達は、お前の理想を叶えるための手伝いをしてやる、と言っているのだよ」
当然、信じがたい言葉だった。だが、神威業火という男は、執念深い。
理解している。自身の力のみでは、玲奈の想像していた理想の世界には、手が届かない、と。だからこそ、自分よりも先を知っているであろう人間二人を目の前にして、それが明らかに怪しく、道を踏み外してもおかしくない選択だったとしても、それを選択肢の中に入れてしまう。
「何を、理由に、だ。俺には、お前達が俺の手伝いをする理由が分からない」
理屈を、組み立てて最良の答えへと導きたかった。理屈だてて、行動を正当化したかった。
ドクトルが短く、鋭い溜息の後、先に言う。
「私の目的は、超能力を人工的に生成する事だ。正確には、超能力者も、だが。そのためにリアルに忍び込んだ。今この場に広がっているカプセルに入っている連中は、お前の友人、郁坂流がリアルの支部を潰した時に出た死者だ。連中を拾い集めて全て実験台にしている。超能力を、生成するためにな」
「超能力を、生成……」
興味深い話しだった。今の、業火や、燐の目的を除いて考えてみても、聴けば深くまで突っ込みたくなる話しだった。が、これもやはり、業火の理想に近づくための話しである。
そして、男も続く。
「私も変わらんよ。友人である燐のためにずっと動いていた。が、燐は敗れた。私を『あの戦い』に連れて行かなかったのは、自分が負ける可能性を考慮し、その後を任せるためだったのだろう? だから私は、燐の理想を代行する。そのためには、ゆき……、ドクトルも必要だと判断したし、業火、お前も必要だ。それに、仮にも燐の息子だ。お前の理想を手伝わない理由がない」
「なる程……」
男の雰囲気には、好感、ではないが、悪くないモノを感じていた。認めたくはないが、実の父が側に置いておいただけはある、と思えた。
が、当然、これだけでは信用に値するわけがない。素直に頷いてはいよろしくとなるはずがない。
だが、業火は考える。最悪、利用すれば良い、と。
彼の中で今一番に重要なのは、玲奈の祈願を達成する事である。
二人という人物を考察した上で、業火は言う。
「信用したわけじゃない」
だろうな、と男が言う。
が、
「協力は、してもらう。俺も出来る事はする」
その業火の言葉に、ドクトルも男も一切笑う事なく、表情を引き締めたまあ、頷いた。
それぞれ、僅かに違うが、同じ目的を持った者達の団体が、出来上がった瞬間だった。全員、所属している団体等関係ない。それぞれの目的のために、手をとりあう新しい団体となる。
が、厄介な事に、三人はこの状態でもまだ、もとより所属している団体を抜けようと考えていない。『超能力者として』出来る人間だからこそ、情報は力だ、と知っている。それぞれ何も言わないが、自然とそうしたのは、団体という存在から得られる情報量を理解しているからだろう。
連絡先を交換した。それだけで、業火はこの場を後にした。
この事は誰にも言えやしない。言う気もない。故に業火は、超能力制御機関の一員として、この戦いを終えるための兵士に戻る。
「今の……セツナ、だったよね……」
流と彼の戦いを、覗き見ていたのは三城だった。遅れてこの場に到着し、仲間達と共に彼の助けにはいるつもりだったが、セツナの姿を見て、仲間だけ戦いを避けて別の道から先に行く様に頼み、彼女はここに残って其の姿を見ていた。
当然、セツナの事は知っていた。ジェネシス幹部格隊長。引斥力操作のセツナだ。
が、彼女は知っている。彼が一度、敗れている事に。
(死んだ……はずだけど。セツナは。それも、神威業火が自身に時空操作を打ち込むよりも暫く前に。なんで、この時代に……!?)
が、当然彼女がその理由を知る事は出来ない。現状として、元いた時代に戻る事は叶わないし、セツナも流が殺した。
流と奏が先に向かって場を去った所で、彼女は周りを確認し、戦場が近くにない事を確認してから、セツナへと近づいた。
首もなく、身体も避けて血を垂れ流すだけの肉塊となった彼の側で、腰を落とした。触れなかった。ただ、見下した。が、期待の象徴にもなった。
やはり、自身以外にも、未来からここまで来た人間はいるんだ、とその目で確認出来たのだ。
立ち上がり、三城も先を急ぐ。
この戦いを生き残り、自身と同じ境遇の人間を必ず見つけるのだ、と今まで抱いていたそれよりも強い意思を抱いて、戦いに挑む。
「くっそ……やられたか……!!」
この時点、超能力制御機関が攻めてきてやっと、その異常事態に気付いたのは、安樂だった。
浅倉の手のひらの上で踊らされている、とまでは気付けなかったが、現状には気づく事が出来た。
零落一族と強力なメンバーをぶつけようとして、その強力なメンバーが全員、まるでまるごと掬い上げられ別の世界に行ってしまったと言われてもおかしくない程に、全員がこの戦いに参加していない事を知った。気付いた。
当然、ただいなくなっただけでない、と察する。
(内部で裏切りがあったのか……!? それとも、気づかない所で外部からの手が加えられて……!!)
ともかく、最悪の自体だった。結果が全て、と言い切っても良い程の状況である。
「……エントランスホール、総員死亡を確認」
安樂の側にいた見る超能力者が呟いた。零落家が訓練として、遊びの様に仲間達を殺しているのは知っていた。どうやら、終わったようである。
「くっそ!!」
思わず、目の前の机を拳で叩いた。その音に見る超能力者は眉を顰める。この能力者もまた、逃げ出したい気持ちで一杯だっただろう。
(マズイ。マズイマズイマズイ……ッ!! 他のステージ7はともかく、零落家の人間が四人も入り込んでいるんだ。私一人では止められない! どうする……ッ!?)
幹部格まで、そして、周りにすら隠していたメンバーさえ、ごっそりいなくなっていた。
窮地である。相手は超能力制御機関のほぼ総勢力である。




