3.宗教団体―12
氷は、腕から伸びて、真っ直ぐ、足元へと向かった。身体を這う氷の感覚なんてそこら辺の連中が知っているはずがない。突然の攻撃に女性は思わず動きを止めた。それに、掴まれてしまっている今、反射での回避は全く役に立たない。
氷はあっと言う間に足元まで伸びきり、彼女の左半身と、両足を氷漬けにし、足元は床に固定して、そして――勝利。
「ぐっ、うぐぅううううう、くそ! くそがッ!」
女性は叫び、必死に氷から逃れようとする。だが、無駄だ。氷の厚さは調整してあるし、動きづらいように氷漬けにしてある。人体の体温で溶かすには膨大な時間を要するだろう。凍傷にでもなるだろうか。だが、人を殺す許可でさえ出ているNPCに、そんな気遣いは必要ない。
桃は女性を一瞥だけして、すぐに踵を返し、恭介、桃の加勢に走った。女性は動けない、つまりは戦闘不能。勝敗は決していた。
桃が二人のどちらに加勢に向かえば良いか、と二人の戦っている姿を見たその時だった。そんな桃の前に、二つの影が飛び出してくる。黒いスーツに、屈強な肉体。ガードマンだろうか。
桃は思い出す。五十嵐喜助、軽磨、そして先程の女性の他にまだ、あの日、二人の超能力者が存在していたという事を。
思わず舌打ちした。今までのキャラという人格を崩しているのは自覚した。だが、それ程に邪魔に思えて、忌々しかった。
「ほんと、邪魔!」
そう叫んで、桃は二人に挑む。二人が超能力者であるのは明白だ。気をつけねばなるまい。
バチリ、と恐ろしい程の電撃が弾けた。恭介の振りかざした右腕は、案の定片桐愛理のサイコキネシスに阻まれた。だが、そこから、弾かれず、そこの位置――片桐の頭の斜め上――で、抵抗してくるサイコキネシスと張り合いながら――放電。
恭介の右掌から、青白い雷撃が、片桐愛理の頭部に一瞬で振り落ちた。
「っ」
片桐愛理がいくらサイコキネシスを、それなりに慣れたと言える程に使えようが、それで電撃を防ぐ術はない。少なくとも直接的には。
雷撃の攻撃を受けた片桐愛理は容易く、余りに簡単に気を失い、その場で崩れ落ちるように倒れた。
殺してはいない。それどころか、容赦しない、と宣言しておきながら、恭介は手加減していた。
片桐愛理が戦闘経験がないという事は明らかだった。恭介もすぐに分かった。ただ、反応して恭介のやまない攻撃をサイコキネシスで弾いていただけの片桐愛理の動きを見れば分かった。攻撃の隙を狙えなかったのではなく、狙うという事を考えられていなかった。
だから、恭介は、とにかく無力化しようとは思った。だから恭介は、敢えて攻撃を続け、塞がせ続け、体力を奪う事にした。だが、片桐愛理は粘った。耐えた。恭介も、相手が体力の消耗をしているの分かっていたが、それでも片桐愛理は、頑張った。彼女なりに、やはりフレギオールに対する思いがあるのだろう。だから、頑張った。だから、粘った。
そんな彼女に、埒があかない。と思ってしまったのが、恭介の唯一の容赦をしなかった場所か。
最終的には、雷撃で眠らせる事にした。やろうと思えば、もっと早く眠らせることも、殺すことも出来た。
これが恭介の、友人に対する情けだった。
「さて、」
恭介は足元に倒れた片桐愛理が本当に気絶する事を確認してから、二人の様子を伺う。
と、
「お疲れさま、きょうちゃん」
振り返った所に、桃が戻ってきた。見れば、桃の相手をしていた女性が氷に足と左半身を固められ、動けなくなっている光景と、その付近に二人の男性が倒れているのが見えた。
桃も勝ったのだろう。
「おう。さて、じゃあ次は、」
恭介が廊下の奥に目をやる。そこでは、琴と霧島雅が、まるで映画の戦闘シーンのように、高速過ぎる動きで戦っているのが見えた。
だが、この状況になった時点で、全体としての勝敗も決していた。
「はーい。ストップストップ」
恭介が両手を叩きながら、声を上げた。
その合図で、琴と霧島雅の動きが止まった。二人して既に事情が過ぎ去った状態の光景と、並ぶ恭介と桃を見て、察した。
「……なによ。超能力者が全滅なの? 呆れた」
霧島雅はつまらなそうにそう呟いて、完全に戦闘態勢を解いた。そして琴の肩をポン、と一度叩いて、
「君、いいね。特殊な格闘技の訓練でも積んでるのかな」
そう言って通り過ぎ、恭介のすぐ前にまで来て、恭介に言う。
「私、まだ、諦めないから。こうやって得意の力――超能力が存在するって分かったから。それに、人工超能力だっけ? それで私見たいな生まれ持ってない人間でも超能力持てるんでしょ。……まぁ、また今度ね」
そう言って、妖艶な笑みを見せて、霧島雅はそのまま、恭介と桃の間を抜けて、階段を下り、何処かへと行ってしまった。彼女は超能力者ではない。それに、ジェネシスの関係者でもない。いくら『裏の』何かに関わっていようが、NPCに止められる状態ではなかった。それに今は、目の前の問題を片付けるのが先だ。
「さて、」
そう呟いて、肩をぐりぐりと回しながら、恭介は廊下の奥で、未だ意識はあるが、動けないでいる軽磨に近づく。
側でしゃがみ込み、そして、言う。
「幻覚を使ってもいいぜ。でも、もう遅い。それに、こっちには見破る事の出来る超能力者がいるからな」
無駄だ、ということは軽磨も分かっている。だから、無駄な抵抗は、したくともしなかった。
恭介は、抵抗を見せない軽磨に触れる。そして、五秒。
経てば終わりだったのだが。
「おっと、ちょっと待った。タイム。タイムタイム。ストーップ。いけないねぇそれ。何、何? 超能力を奪う超能力だってのか。見て判断する限り」
ふっ、とまるで、瞬間移動したかの如く、恭介の手元から、軽磨の動けないはずの身体が消えて、後方から、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
すぐに恭介は振り返る。
すると、琴と桃のまた向こう。信者達もが、そこを不思議そうに見ていた。信者達の数歩前に、全く見覚えのない男がいた。
「誰だ」
恭介が男に対して問う。
若い男だった。恭介達高校二年生とほとんど変わらないように見える。が、どうみても見てくれは所謂ところの不良。長い髪は金に色が抜かれていて、耳に派手なピアスがジャラジャラと付けられている。目つきも悪く、口下も歪んでいる。
そんな男は、聞かれて不敵に笑った。
そして何故か、恭介の質問には、琴が応えた。
「神威龍介」
神威――ついに、その名前が出てきた。
「神威……? 神威家……ジェネシスか!」
恭介が気付いた。
「おー、そうそう。正解。そこの茶髪野郎。俺はジェネシスの御曹司ってとこだ」
「つまりは、敵ってことだよね」
桃が言う。相手は全く警戒の様子を見せていないが、こちら側三人は、そうは出来ないだろう。
恭介の右手に雷撃が走る。威嚇だ。
だが、
「おっと、それ、撃ってもいいけどよ。俺にゃ効かねぇと思うぜ」
恭介は、余裕綽々の龍介を睨む。だが、そこは大人しく、雷撃を収めた。彼がここで、嘘を付く理由はないし、何より相手は神威家。あの神威業火の息子なのだろう。超能力を持っていて不思議ではない。
「何しに来たんだ」
「スカウト、と。回収。ま、スカウトの方は済んだから、正確にいえば、回収か」
「?」
スカウトと、回収。スカウトは終わったというから探ることは出来なかったが、回収は、龍介の足元に転がる計五人のフレギオールの超能力者の姿を見れば、察しがついた。
「わからねぇって顔してるな。挨拶代わりに説明してやるよ。五十嵐喜助、軽磨、この二人は、お前らが言う所の『天然超能力者』だ。それ以外は全員『人工超能力者』。つまり、俺等の仲間なんだよ。それに、そっちの茶髪君。お前超能力奪えんだろ? こっちの戦力盗まれても困るからさぁ。だからこいつら、回収」
回収、とそう言ったと同時だった。龍介が足元に転がる連中に近づくようにしゃがむと、一人一人に軽く触れ、そして、その場から連中を消滅させた。そのあまり早く、綺麗にこの場からいなくなってしまう様は、まるで最初からそこに存在していなかったかと疑う程の光景だった。
(モノを転送する超能力か……?)




