3.宗教団体―11
再度落ちようとした恭介の首を鷲掴みにして、壁に無理矢理押し付けた。
「っ、」
「私は、ただの格闘家じゃないよ? 闘技場。わかるよね?」
霧島の不敵な笑み。才能があるからこその、才能の悪しき無駄遣い。
霧島はそれだけ言うと、すぐに恭介を離した。と、同時、横から突き刺さるミドルキックが恭介の脇腹に突き刺さり、恭介はまた、元いた場所に戻されてしまうのだった。
「っ、がはっ……ぐ、うぅ」
床を滑る様にして元の位置に戻された恭介。なんとか態勢を立て直す。そこに、琴と桃も戻ってくる。
「大丈夫か、桃?」
恭介が戻ってきた桃の姿を見て、一安心していた。
「人のこと言えないでしょ」
桃が恭介の姿を見て、苦笑する。
三人が、並んだ。
そして、
「援護に来たよん」
霧島雅、片桐愛理の元に、一人の女性の影。いかにも主婦に見えるそこそこ年を取っているのが分かるが、まだ若い、そんな女性。だが、どこか、雰囲気がおかしい。
「超能力者だね」
新たに入ってきた一人を見て、琴が言う。
そして、
「あれだ。あの人だ。この前の集会で、私を見つけてた人だ」
桃が、見覚えのある顔を睨んだ。
三人対三人の構図が出来上がっていた。
恭介達の目標は、目の前の三人を無力化し、軽磨の超能力を強奪すること。そして対する霧島雅達は、それを阻止することが目標となる。
琴が、早速駆け出した。それに、桃の超能力が続いた。
琴の両脇から飛び出す様に、氷の、鋭利な無数の槍が、三人に向かって飛び出した。
だが、それら全ては三人に到達する前に、突如として向う先を変え、サイドの壁に突き刺さり、砕けて消える。
片桐愛理のサイコキネシスだ。
桃の放つ氷は、その軌道までを操っている訳ではない。その方向へと向けて放っているに過ぎない。つまり、飛んでいる間はフリーなのだ。人間を吹き飛ばす程の熟練された力を持っている片桐愛理のサキコキネシスは、それを防ぐくらい容易い。
つまり、桃の遠距離攻撃は、片桐愛理のそれと、相性が悪かった。
氷の槍が両サイドで砕けている最中、琴が正面の霧島雅に飛び込んだ。琴の飛び蹴りを正面で、しっかりと受け止めて見せる霧島雅だったが、琴が二段目の蹴りを続けざまに入れたそれは防ぎきれず、それを胸元に受けて、霧島雅は後方によろけた。琴がすぐ目の前で態勢を取り戻し、二人は他の二人から数歩分後ろに下がった位置に落ち着いた。
恭介も当然動く。瞬間移動。そうして恭介が出現したのは、片桐愛理と桃の間。片桐愛理の目の前だ。
桃と片桐愛理では相性が悪い、と踏んだのだろう。視線の先に恭介が出現したことでそれを察したのだろう。桃は進行方向を直進から左前方に変更。既に桃を狙って近づいて来ていた女性と向き合う。
「愛理ちゃん。手加減はしないからな」
恭介はそう宣言しつつ、雷撃をバチバチと宿した右手を振りかざした。それは片桐愛理の顔面を鷲掴みにしようと振り下ろされるが、まるで、弾かれたかの如く、恭介の手が片桐愛理の顔面を鷲掴みにする事は出来なかった。
サイコキネシス。どの程度慣れているのか、検討がついてきたが、面倒な超能力だという事実も分かった。恭介の強奪の発動条件である、触れる、という行動がとにかく起こしにくい。
「…………、」
片桐愛理は何も語らなかった。ただ、悲しげな表情で、自らに攻撃してくる恭介を見ていた。
恭介の攻撃を、サイコキネシスで弾いて行く片桐愛理。
何も、互いとも、そんな無駄な時間を続ける気がない。
恭介がバックステップし、片桐愛理と距離を取った。が、そのバックステップの、僅かな、恭介が宙に浮いているその一秒にも満たない時間を狙って、片桐愛理は超能力を発動した。
背後から引っ張られた、というよりは、正面から高速で走っていた車に突っ込まれたような感覚。恭介の身体は大きく後方に吹き飛び、離れた位置で様子を伺っていた信者連中の壁を巻き込んで、やっと止まった。
琴は珍しく――苦戦していた。霧島雅の剛法。その速度、正確さ、とてもじゃないが、ただの高校生とは思えない程の力が備わっていた。琴も、特殊な訓練を受けていなかったら、先程の恭介の様に容易く負けていただろう。
だが、琴だけでなく、霧島雅も苦戦していたのは間違いない。拳を交えたその瞬間から、互いの力が互角か、その程度だと互いとも察していた。
琴には、戦闘用の派手な超能力はない。そして、相手、霧島雅も超能力を保持していない。つまり、単純な、だが高度な、肉弾戦。
互いが互いの攻撃を防御し、弾く。つまり、手の休まることのない、攻防入り乱れる最高速の肉弾戦。
琴の得意とする柔法、それは、この相手には使えない、と思った。思っていた。拳を交えて分かる。掴みかかっても、すぐに逃げられてしまうだろう、と。かと言って、琴が剛法は苦手、というわけではない。現にこうやって、霧島雅と相対している。
互いに、一瞬でも隙を見せればそれを突破口として、勝敗が決するだろう。
桃は遠距離での攻撃、つまりは氷を飛ばすという事を諦めて氷で作り上げた剣を取り出し、本気で謎の女性に斬りかかっていた。NPCは殺しを許可されている。殺しても問題はない。
が、目の前のこの女性。それらを全てかわしている。
極限まで接近しての剣とのやりとり、見て分かる。この女性は、琴と同様、『見る』超能力か、戦闘に極限まで慣れているか。
剣を振る動作と合わせ、氷の弾丸を近距離から放つ。だが、どこに向けても、それらを全て交わして見せる女性。
相手の超能力を探りながらの戦いを課せられた桃は、仕掛けなければならなかった。
(超能力さえ分かれば、対処が出来る……っ!!)
相手が見る、能力だとすれば、『何を見ているか』が重要になる。今、想定出来るのは、琴のような千里眼ではなく、筋肉の動きを見る、つまりは攻撃の軌跡を見る超能力。それか、相手の動きを視界の範囲外でも全て見る超能力。見る、と一概に言っても、その種類は未来や過去を覗くというモノ以外で無数に存在する。確実な所を抑えるのは難しいだろうが、大まかなモノでも分かってしまえば十分である。
桃の氷の剣は敢えて細く作り出されている。正確にいえば、振るっている間で相手に感づかれない様に少しずつ削って細くしていた。相手がそれに気付き、防御すれば砕ける程度に。そこから何か突破口が開けると思ったのだが、相手は、まず防御をしない。攻撃の全ては、身体を無理矢理動かしてかわしている。
――そして、気付く。
(違う。見てるんじゃない。感じ取ってるんだ)
良く見ていれば気付く。相手の女性の動きは、何かおかしい。人間に出来る動きではあるのだが、動きかた、――反射神経の感覚がおかしい。
そして、理解する。見て、動いているのではない。そもそも、ただの一信者が、戦闘に慣れているはずがない。
桃が見て、判断した結果は、こうだ。『反射で動いている』。
だとすれば、反射しきれない動きか、反射して、避けた先を潰せば良い。そして、一番簡単で、難しいのは、相手が反射ですら動けないようにしてしまう、という事。
氷漬け、という言葉がある通り、桃の力によって生み出される氷もまた、敵の動きを封じる、という力が非常に強い。
桃が気づいてからは、早かった。
桃の振るった剣での一撃を避けた女性。そこで敢えて桃は、隙を見せた。その手から、剣を落とすというモーション。相手はその動きをみて、隙だ、とは思わなかった様だ。だが、とにかく、攻撃を入れる事が出来る、という判断はしたのだろう。
弱々しい、戦闘経験なんてほとんどないだろう、と思える拳が桃の頬を捉えた。確かに、殴られればそこそこに痛いだろう。桃だって人間だ。当然の事である。
だが、桃は戦いに身を置いている。見た目はただの、小さすぎる女子校生だろうが、それでも、今は戦士だ。刺し違えてでも、相手を取るという覚悟がある。
拳を頬で、桃は、受け止めた。勢いに押されるがまま、顔を振ったりしなかった。すかさず、その拳を、手首を下から右手で掴んだ。そこからは、簡単だった。
桃の右手から、氷が這うように出現し、女性の身体を覆い始めた。




