3.宗教団体―10
「愛理ちゃん……、まさか君がフレギオールなんかに関わってるなんてな。それに、霧島さん。なんで邪魔を……?」
どちらも、恭介とは顔見しりだ。当然、真っ先に疑問を口にしたのは恭介である。が、その後ろで、桃も驚いていたし、琴もそうだった。
「私は、言ったでしょ? 特異の力を得て、やりたいことがあるから。人工超能力とか言ったけ? 私からすれば、その力さえ手に入ればどうでもいいの。君達NPCって言うんでしょ? 詳しくは知らないけど、フレギオールの敵なんだよね。それってつまり、特異の力に反対してるんだよね? それじゃあ、私は困るの。だから、私はこっちについてる」
霧島雅が前に出てきていた襟足を後ろに流して、そう言った。彼女は話からしても、無能力者なはずだ。なのに、何故、ここまで自信に満ち溢れているのか。まるで、恐れていないのが分かる。
恭介達が超能力者であることは明白だというのに。対峙してもなお、霧島には普段から見えるその強気が強く出ていた。
「私は……ここで、確かに特異の力をもらって、そのおかげで……。ううん。とにかく助かったから。私みたいに、救われたって人も少なからずいるはずだよ。恭介君」
片桐愛理が言う。その言葉には、悲しさや戸惑いの色が見え隠れしていた。
霧島雅が超能力者でないのならば、今、恭介の手元から軽磨の身体を動かした恐らく『サイコキネシス』の超能力者は、彼女だろう。彼女自身、自分が超能力者だ、と語ったばかりだ。
フレギオールは一部の人間には、確かに超能力を、人工超能力を与えたいたのだ。大半には軽磨による幻覚を見せて、ごまかしていたようだが、全てそうではいずれ崩れてしまう。だから、人工超能力試作品をジェネシスから供給してもらい、それを使っていたのだ。人工超能力の人体実験にもなる。連中からすれば一石二鳥といったところか。
「それぞれ、考えなり、思いなり、経験なりってのがあるのは分かるよ。でも、人工超能力は危険なモノなの。それが広まりでもしたら、どうなるかわかるよね。二人共。だから、私達がこうやって止めに来てる」
桃が言う。説明も交えた彼女だが、言いつつ、説明は無駄だろうな、と思っていた。霧島雅は自身の考えを頑なに守っていて、明確な目標のために手段を厭わず動いているようである。そんな人間に横槍は無意味だ。
そして、片桐愛理は、信じがたいが、実体験をしてしまった信者である。特異の力を実際に与えられた数少ない一人であり、実際にその力で助かった経験があるという。
「一つ聞きたいんだけど、いいかな。霧島さん」
琴が、二人の桃の言葉に対する反論を許さず、挟んだ。
「何かしら?」
「目的のために必要な超能力って何なんですかね。場合によれば、ですけど。NPCにいる超能力者が力になる。ここで争う必要はそれでなくなるはずだと思うんですけど」
一応の敬語混じりの琴の言葉。態度は悪いが、言っている事に間違いはない。そうだ、と恭介は頷いた。だが、
「あははは。その心遣いは嬉しいよ。でも、私の望みは私が『直に見ないと』叶わない。私が欲しいのは、過去を知る力。自分の目で見なきゃ信じられないからね」
霧島雅のその意気揚々とした発現に、恭介達三人は眉を顰めた。
「残念だけど、霧島さん」
恭介は言う。
「超能力には、存在しないモノってのが存在する。それが、治癒能力。それと、時に関係する力です。霧島さんの言った過去を見る力は後者に当てはまる。だからそれは、」
最後まで言い終わる前に、
「馬鹿めが。それを可能にするために、科学的に干渉した人工超能力が存在するのだろうが」
いつの間にか意識を取り戻していた、五十嵐喜助が霧島雅と片桐愛理の背後から、そう声を上げた。声を上げこそしたが、まだ、立ちあがれはしない様だった。
「…………、」
琴が、それを聴いたことが押し黙って何かを考えている仕草を見せたため、――自身よりも長く超能力に関わってきている先輩が迷っているため――恭介達も、それは有り得ない、と思いながら、敢えて反論はしなかった。
そして、その結果から気付く。
戦うしかない、と。
「とにかく――、」
片桐愛理が若干俯き、表情を僅かに隠して、右手を振るった。
それと同時だった。恭介のすぐ横にいた桃の小さな身体が、突然、横からトラックにでも突っ込まれたかの如く、真横に吹き飛んだ。
その違和感たっぷりの光景は、あまりの速度で進んでしまったため、目でおえやしなかった。
桃の小さな身体は真横に吹き飛び、距離をおいていた信者達の壁をも突き破り、その先にあった降りの階段の下の踊り場の壁まで飛び、打ち付けられ、踊り場に落ちた。短い悲鳴は聞こえてきたが、突然の出来事に、悲鳴はほとんどの人間には認識されなかった。
「桃ちゃん!!」
琴がすぐにその場を離れて、桃の落ちた階段を下りた先の踊り場まで駆けた。恭介はその場から、遠目に二人見る。桃が無事に起き上がった姿が見えて、恭介は安堵した。
そして、視線はすぐに片桐愛理に突きつける。
「愛理ちゃん……何をしたか、分かってんのか?」
愛理ちゃん、なんて言うが、恭介の言葉が怒りで震えているのは、その場にいた誰もが理解していた。相対する片桐愛理なんかは、特に実感していただろう。
だが、片桐愛理ももう、引けない。
「桃ちゃんにも、恭介君にも悪いとは思うよ。でも、もうあとには引けないところに来てるの。私はこの力を使ったし、この力で助かった。これがなきゃ嫌なの。わがままだけど」
そう言うと、片桐愛理は再度、手を振るった。今度は、恭介に向けて。
だが、恭介は、それに応じなかった。
気づけば、恭介の姿は、先程の位置から十数歩分先に進んだ所――つまりは、片桐愛理と、霧島雅のすぐ目の前に、現れていた。
――瞬間移動。木崎から強奪した力だ。
瞬間移動も、雷撃と並ぶ程に、熟練されていた。NPCにはそれなりの広さを誇るあの練習場がある。あれだけの広さのある、自由に超能力を発動出来る場所があれば、瞬間移動程練習しやすい能力はない。
「!?」
恭介の目の前で、片桐愛理が反応遅れて、驚愕し、目を見開いていたのが分かった。
いくら相手が同年代の女子だろうが、桃を傷つけられた時点で、恭介の中にあった容赦は消えていた。
瞬間移動で、片桐愛理のすぐ目の前に出現したと同時、恭介は雷撃を宿した、拳を振るっていた。当然、拳が向かうのは片桐愛理の鼻っつら。正面から、一撃で骨を砕く位置。
だが、それを横から払う手が伸びてくる。まさか、の横槍に恭介の手は容易く弾かれ、軌道を逸らしてしまい、片桐愛理の顔のすぐ横を通り過ぎてしまった。
恭介は即座に横を見る。そこには、『構えた』霧島雅のその姿。両手には、偶然なのか、準備していたのか、明らかに絶縁だと思われるグルーブをはめていた。
恭介は思い出す。霧島雅が、格闘家の家族であるという何処かで聴いた話を。
恭介が態勢を立て直すまでの一瞬。霧島雅のハイッキックが恭介の顳かみのすぐ横にまで迫っていた。
それに恭介が気付いた時には既に遅い。霧島雅のハイキック、足の甲が恭介の頬から顳かみの間にクリーンヒットし、恭介は吹き飛ばされるように横に飛ばされた。その瞬間、霧島雅は目の前にいた片桐愛理の首根っこを掴み、無理矢理引いて、恭介が倒れる道まで開ける機転の効かせ具合まで見せつけていた。
「ッが!!」
転がるようにして恭介はすぐに起き上がり、霧島雅と向き合うが、向き合ったその瞬間、強烈な速度で拳が恭介の鼻梁を正面から叩いた。
「ぶっ!」
恭介は鼻に強烈な痛みを感じ、態勢を保つ力を抜かしてしまい、廊下の脇となる壁に思いっきり背中をぶつけた。骨は折れていないようだが、一瞬の気を取るには十分過ぎる攻撃だった。
「ふっ、」
息を抜くような気合。同時、霧島雅は今にも落ちそうな、痛みに気を取られてしまった恭介の水月に、膝を叩き込む。
恐ろしい程の衝撃。恭介の身体は前に折れつつも後方に飛び、再度背中を壁に叩きつけられた。




