3.宗教団体―9
軽磨の超能力が幻覚を見せる類のそれである事。そして、軽磨達はとっくにこの場から逃げ出していたことを。
それを訊いた恭介は舌打ちして、忌々しさを吐き出した。
「くそ、失敗か。最初から疑われてたって事か」
そうだ。見つかった時点、そして、雷撃を見せた時点で、相手は警戒していなかったわけではない。それどころか、とっくに超能力を発動していたのだ。
桃は現実が見えていて、恭介の雷撃のせいでうまく動けず、止めるのが遅くなったという。ワードローブに隠れたのは運が悪かった。
つまり、相手が認識している相手でなければ、幻覚を見せる事が出来ない。
それだけが今のところある情報か。
「とにかく、あいつらを追わないと!」
桃が走り出し、恭介も走り出した。
階段を駆け下り、下の階に近づくと、騒がしい喧騒が聞こえてきた。四階に到着すると、その光景は明らかとなった。階段を下りてすぐの広いスペース、そこに、信者連中と思われる人混みがドーナッツ状に出来上がっていた。そして、その中心に、三つの影があった。
「あはは、それ以上近づくと、手が滑ってこいつら殺しちゃうかもね」
そんな事を言っているのは、長谷琴。そして、彼女の足元には、気を失って倒れている五十嵐喜助と、琴の足に踏まれ、身動きがとれないでいる軽磨の姿があった。
その光景を見て、そうか、と核心した。
琴には千里眼がある。幻覚が幻を見せる能力だろうと、千里眼が真実の光景を映し出すのだろう。それに、琴の体術スキルは果てしなく高い。相手が超能力だよりの相手でも、その超能力が触れる事を禁止するモノでもなければ、琴の優位性は変わらない。
軽磨は、琴とは相性が悪すぎた。
琴は軽磨の超能力が幻覚だ、と理解しているのだろう。そして、その使用を脅しか、何かで制限しているのだろう。それが、囲む信者達が襲ってこない理由だ。
琴は辺りを見回し、さて、どーするか、と考えていた。その最中で、階段から降りてきていた恭介達を発見する。
「あ、きょーちゃん! 桃ちゃん! ちょっと、この信者達どうにかしてー」
と、あざとく可愛い子ぶりながらそんなことを叫んだ。つい先程まで殺すだの言っていた女が、例えその容姿が可愛くとも、可愛い子ぶろうとも、そうは見えない。
こんな状態だというのに、普段のままを崩さないでいる琴に恭介と桃は互いを見合わせて苦笑した。戦闘用となる超能力を保持しているわけではないというのに、この圧倒的戦力を持つ琴。まだまだ、手の届かないところにいるな、と桃は特に思った。
「全員、この場から離れろ」
恭介が最高の笑みと共に、右手をバチバチとさせてそう言うと、全員、特異の力を持つ敵が増えてしまった、と認識して、この場を離れた。
が、その場に一人、残っていた。
若い男だった。若いと言っても、どう見ても恭介達よりは年上の、大学生程の男に見えた。
その男は恭介の前に立ちふさがり、そして、言う。
「俺は特異の力を授かった。お前達なんかには屈しない」
その台詞のせいなのか、距離を取っていた信者連中はどっと歓声を上げた。黄色い声援まで聞こえてきて、恭介は少し不快に感じた。
「へぇ、見せてみろよ」
恭介はそういう。幻覚を使わせてない今、この相手に恭介がやられるという道理はない。なぜなら、相手は、
「きょーちゃん。そいつ、超能力者じゃないから。っていうか、ここで寝転がってる二人以外、皆無能力者だからね」
そう。超能力者でない、ただの人間だからだ。
琴のそれを訊いて、恭介は察した。
「なるほどな。人工超能力の試作品は足りなかった。だから、軽磨、お前の幻覚を集会に集まった連中と、その『選ばれた人間』に掛けて、超能力を使っているように見せたわけだ。まぁ、それだけ見せることが出来れば、特異の力を授かった、なんて勘違いをする。危険な力だ、私の監視がないところでは絶対に使うな、とか。お偉いのあんたならそんな念押しも出来るしな」
恭介の口から出てきていた『人工超能力』の言葉を訊いて、琴がやっぱりか、といった表情をしていた。恭介が男と相対している間に桃が琴の側まで駆け寄り、一応、聴いた話を説明しておいた。
「何を言っている。俺が授かった、『獄炎』。くらえ!」
信者。信ずる者。彼等は疑わない。幻覚とは言えど、自信が見たモノだ。信者でなくとも、信じて、思い込んでしまう人間は多いかもしれない。だが、彼等は尚更、信ずる。
男は右手を恭介に向けた。獄炎という名前からして、男の掌からは炎が吹き出す予定だったのだろう。だが、やはり、何も起こらない。歓声を上げていた連中も、その光景に呆然と黙り込んでしまった。
「な、何故だ。何故……ッ!!」
男は何度も何度も、恭介に向けて手を振りかざした。だが、恭介に向かって来るのは、仰いでわずかに来る風のみ。炎が吹き出すことなんて、なかった。
恭介は男の横をそのまま通りすぎる。通りすぎる際、何も言わなかったが、ただ、一応、同情の印として、彼の肩を叩いてやった。そういうことなんだ、という恭介の心中で発した台詞が、男に届いた気がした。
恭介が過ぎ去ったところで、男は膝を床に落とした。そして、周りの信者達も、疑惑の声を上げ始めていた。
確かに、連中は見たのだろう。この男が、炎を吹き出す力を得て、使用した光景を。だから、矛盾のない恭介達のその説明が、彼等を真実に導いた。導いてしまった。
まさか、嘘だ、騙されていたのか、特異の力なんて存在しなかったのか。疑惑の声が上がると、全員がそれに気圧されるように不安を抱き始める。これだけ金を使ってきたのに、時間を使ってきたのに、信じていたのに。そして、怒りに変わる。
が、怒声が飛び交うことはなかった。まだ全員、困惑していた。
当然だ。なぜなら、連中は『人工超能力』を理解していない。故に、だったら、だとすれば、軽磨の力自体は本物の特異の力で、まだ、可能性はあるのでは。騙されていたのではなく、何かが間違っていたのでは、と期待をしていしまう。
その期待は詐欺に引っかかる人間が抱くそれだが、引っかかっている本人達は、気づけない。気付いた頃には、更に手遅れになっているだろう。
三人が合流した。琴が軽磨から足をどけたのを見て、恭介が俯せに倒れる軽磨に、雷撃を落とした。殺してはいない。あくまで身体を麻痺させた程度だ。
恭介はすぐにしゃがみ込み、まずは、と五十嵐喜助の超能力を奪うことにした。
五、四、三、二、一。そして、零。
頭に流れ込んでくる大量の情報。この感覚にも既に慣れていた。
五十嵐喜助から超能力『知識』を奪った恭介は、それなりに驚いて見せた。
「おい、こいつの超能力。熟練させればそれなりのモンになるぞ」
つまり、五十嵐喜助は、超能力に全然慣れていなかったようだ。使っている回数は多いはずだ。ここまでの信者を集める最初の段階は、頻繁に使っていたのだから。ただ、無闇矢鱈に使えば熟練度が上がる、というわけにもいかないのが超能力ということ。
「へぇ。後で詳しく聞かせてね。きょーちゃん。じゃ、次もお願い、この二人無力化すれば、もう後は楽だから」
琴がそう言って、足元で身体を時折痙攣させながら動けないでいる軽磨を見下ろした。
恭介は身体の向きを変え、軽磨に触れる。
そして、五、四、三、二、一、
「本当に楽になると思ってるならおめでたいね」
声が聞こえた。同時、恭介のすぐ目の前にあった動けないはずの軽磨の身体が、すっ、と滑車に乗せて動かすかの様に、床を滑って移動し、廊下の奥の方へとあっと言う間に移動した。続けて、気絶していた五十嵐の身体も、だ。
「なんだ……?」
恭介がゆっくり立ち上がり、二つの動かない身体が流れた方を見ると、そこに、二人の影が存在していた。
そして、恭介には、その二つの影に見覚えがあった。
「恭介くん、さ。NPC……だっけ。その人間だったんだね」
「見覚えがある顔だね」
琴が見覚えのある顔、という人物。一人目。当然、恭介と桃だって彼女を見た覚えがある。それどころか、知っている。
片桐愛理。
「郁坂君と春風さんと長谷さんだね。二年の」
隣りに立つ二人目。特に恭介は最近会ったばかりの人間だ。
霧島雅。
その二人が、転がる五十嵐喜助と軽磨の前に出て、立っていた。




