3.宗教団体―2
桃が琴と恭介を見て少し怒ったような表情を見せながら言う。嫉妬しちゃうなぁ、と呟く。
二日だけだったが、恭介と琴はプライベートでの戦闘をこなしてきた。一件、問題を解決したのだ。それを桃は知ってはいるが、詳細までは知る由がない。それだけでなくとも、普段からNPCの一員として――桃もそうだが――時間を共に過ごしている。仲良くもなるだろう。
「大して仲良くなったわけじゃないだろ。これだけ一緒にいるんだ。多少は仲良くなる、その程度だって」
恭介がめんどくさい、と表情に書きながら、そうごまかすように言った。その態度が桃の癪に障る。
「なんか呼び方も変わってるしー」
「あはは、それは私が呼びづらいからって変えるように話たんだよー」
琴が言う。同じ女としてなのか、それとも、単に仲が良いからなのか、琴には桃の感情は理解出来ているのだろう。それを逆なでない様に言葉を選んでの発言だ。
「琴ちゃんがそういうならー」
相変わらず穏やかで、遅い言葉だったが、不満げな感情が込められた言葉だった。
6
金曜日、夜。フレギオール本部、講堂。
ここには『また』、大勢の人々が集まり、壇上の五十嵐喜助と、若いスーツの男を見上げていた。――その中に、桃がいた。小さすぎる身長はその身を人混みの中に隠すには最適だった。壇上から見ても、特別一人だけ目立つ、という事は有り得ないだろう。
翌日が土曜だからなのか、今、開かれているこの講義とやらは、普段やるそれと変わらないそれなりの規模のモノらしい。人も多く、桃がざっと数えただけで数百の人間がいる。五○○人前後だろうか。この広大な敷地を誇る講堂が一杯一杯になっていた。
講堂の最後方には黒服の厳つい男共が腕を後ろで組んで参加者を見張るかの様に等間隔で並んでいる。
耳に仕込み、髪で隠した小型のインカムから琴の声が飛んでくる。
『超能力者が五人もいるね。ビックリだよ』
周りは静まっている。皆がフレギオールの講義を清聴しているからだ。そんな中、声を響かせない様に出来るだけ抑えて、桃がインカムの先の琴に訊く。
「どこにいるの?」
戦闘になる状況だとは思えない。だが、警戒しておくに越したことはないだろう。
『壇上の二人、それに黒服に二人、あと、桃ちゃんから見て右に四つ、後ろに一八の位置にいる女性だね。私にも見えてるわけじゃないけど、壇上の二人は多分特殊な感じだね。他のに比べて』
言われて、桃はとりあえず正面の壇上を見上げた。前に並ぶ人間のせいで中々見えないが、顔は覚えた。あの二人は、超能力者だ、と。
後ろを振り返るのは信者達が全員前方に集中している今、目立ちすぎる。振り返れないが、大凡の位置、距離感は把握しておく。
暫くすると、フレギオールの公演は終わった。僅かだが信者達の間に動きが出来た。その隙に桃は首だけで振り返って、信者の中にいるという超能力者を確認しておく
(右に四、後ろに一八……)
桃が人混みの隙間からその位置の人間を視線で捉える――と、
「!?」
声にならない声が上がった。音が出るのは無理矢理に押さえ込んだ。だが、恐ろしく驚いた。心臓が跳ね上がるかと思った。
視線が、重なった。
有り得ないのは重々承知していた。いくら五十嵐喜助の話が終わった今だからと言って、それでも信者達の目は壇上に釘付けと言っても良い程に壇上に向いている。それに、人混みが人混みだ。五○○人近くの人の羅列があり、その隙間を縫うようにして、偶然見つけた隙間から覗いて、視線が重なる等、有り得ない。
それが、彼女の超能力なのか、と桃は荒れそうになった呼吸を無理矢理に整えて、そう考えた。
視線を壇上で五十嵐桔平が下がり、若い男が出てきたそこに合わせて、必死に考える。
聴かれたのか、読まれたのか、感じられてしまったのか。
可能性はいくつか存在した。この状況で、桃が侵入者だと気付くには、だ。
視線が重なった。あの視線は笑っていた。見つけた、と言わんばかりの笑みだったような気がした。だが、笑みは重要ではない。視線が重なったというだけで、相手が桃を疑っているか、あるいはそれ以上に警戒している、ということは明瞭。
手を打たねばならない。相手が何も仕掛けてこない可能性は圧倒的に低い。
だが、もし、『聞かれて』桃の正体がバレたのであれば、最悪だ。琴との連絡をこれ以上取るわけにはいかない。
『読まれて』いた場合は、強行突破しかない。と、そう考えたそれも読まれているのだろうから、相手が仕掛けてくるのを待つ、という作戦もありだ。
超能力者としての何らかか、それとも、侵入者としての何らかが『感じ』られていた場合は、これらの可能性の中では一番ましだ。だが、それでも十分だとは言えない。
可能性がどうであれ、とにかく、そういう類の人間がこの場、フレギオール信者にいる、と伝えておくべきだ、と桃は決断した。
「私が侵入者だって、気づいている超能力者がいる。信者の中」
『……、超聴覚とかかな』
「わからない。とりあえず、それだけ。後は合流して落ち着いてからでいいかな。脱出を優先したいかも」
『うん。分かった。私も桃ちゃんがフレギオール本部から出るまで、しっかり見てるから。安心して。それに、いつでもきょーちゃんが出撃出来る様になってるから』
「ありがと、じゃあ、後で」
インカムでの通信を終えた頃には、若い男の話が終わっていた。内容は特異の力がどうとかいう話だったが、必要な事は頭に入れてあるため、問題はない。
講義が終わった様で、人混みが後方の出口に流れるように戻って行く。扉脇に並び直った黒服連中もその人混みには押され気味だ。
人混みに流れつつ、桃はあの超能力者の位置を確認しておく。距離は詰めてこない。捉える気がないのか。それとも、人混みがなくなり、人が少なくなったところで何か仕掛けてくる気なのか。
黒服連中にも超能力者は二人いる。が、注意していても動く様子どころか、桃に視線をやる事すらしなかった。
――そして結局、桃は、何事もなく講堂から抜け出して、恭介、桃と合流するのだった。
夜も遅かったが、三人は地元へと戻り、いつものファミリーレストランへと向かった。
「明日。五十嵐喜助に会ってきょうちゃんが、強奪するんだよね。最初の算段だと」
桃がパフェを食べながら言う。いちごのパフェだ。それなりの大きさのパフェで、桃の小さな顔よりも高さがある様にも見えた。
桃の機嫌はどうも悪く見える。当然、それを表に出して二人に当たるなんて事はしない桃だが、恭介も琴も、任務の後で疲れているのだろう、と察していた。
「そうだな」
ポテトをつまむ恭介がそんな返事を返す。
「でも、超能力者は複数いる。さっき確認しただけでも五人。他にもいるかも」
「うん、でも、講義で、『新しい特異の力を得た』誰々、とか言って人を紹介して、そのどうにかして得たと思う超能力を見せてたから。五十嵐喜助だけの超能力を奪ったところで、意味はないよね」
琴の言葉に桃が続いた。琴は頷く。
「そう。だから明日、きょーちゃんには全員の超能力を回収してもらわないといけなくなった。でも、それは難しい」
「そうだな。標的も定かじゃない状態で動いても中途半端になりそうだ」
「うん。だから、明日は中止、日付をずらす。もっと下調べをしないとダメだ。流さん達にはもう話を通してあるから」
正直、思っていた以上に面倒な任務みたい、と琴は呟いた。
そんな琴の言葉に桃が続いた。
「下調べ、といえばなんだけど」
どうした、と恭介がポテトにケチャップを付けて首を傾げた。
「信者の中に、ウチの学校の生徒がいたの」




