2.兄弟―10
「おう」
恭介は琴の手を引いて立ち上がらせ、肩を貸してやる。
「『アレ』って、瞬間移動?」
琴が訊く。アレとは、恭介の拳が『ズレ』たあの光景の事だろう。
恭介は頷いた。
「そうだ。俺は雷撃と瞬間移動と持ってるわけだからな。使わなきゃもったいないだろ?」
そう言って笑った。そして、
「そうだ。長谷さん。下の階、見てみてよ」
恭介の頼みに琴は素直に頷いた。考える事は一緒だったらしい。
琴が下を見て、千里眼でその先を覗く。そして、彼女には全貌が見えてくる。
「ビンゴだね。下の階に、金井雅人、それと――超能力者が四人、いるね」
「やっぱりか」
ここまで分かれば、全てが見えてくる。
金井兄弟の内、超能力者は弟である金井雅人の方だったのだ。そして超能力は恐らく、他人に他人の超能力を渡すという特殊な超能力。そのため、下の階に金井雅樹の力となる超能力者を捉えて置き、金井雅人が金井雅樹にその捉えられている超能力者の超能力を贈与し、金井雅樹に力を振るわせていたのだろう。
恭介が琴に肩を貸した状態で進み、部屋から出て、ゆっくりと階段を下りて、下の階へと向かう。
行きでは無視したこの建物の二階部。琴を担いだまま、恭介が手を伸ばしてその重厚な扉を引いて開ける。
その先に見えてくる光景。椅子や机が全くない更地のような部屋に、金井雅人と、四人の縛られて倒れている人間。見れば、衰弱しているのが一眼で分かった。
「なっ……、そんな!! お前らッ!!」
金井雅人が部屋に入ってきた二人を見て、眼を見開き、驚愕の声を漏らした。当然だろう。まさかあれだけ今まで力を振るってきた兄が、負けるとは思えまい。
「俺達の勝ちだ。悪いが、お前の超能力を強奪させてもらう」
恭介はそう言って、近くの壁にもたれかからせるように琴をそっと離す。琴はまだ麻痺している身体をフルに動かして、壁に寄りかかり、床に腰を下ろした。
恭介が辺りを見回す。その間に琴は指先をどうにか動かして携帯電話を取り出し、その場の写真を撮ってNPCへと写真を添付したメールを送っておいた。ここまで来ると、この二人だけの問題でもない。
「酷いな。超能力を増やすために、こんな事までしたのか」
恭介が怒りに震える。もしかすると、愛までもがこの中に入れられていたのか、と怒る。
そして、視線は金井雅人へと向かう。
この時点では、金井雅人が自身に他人の超能力を持たせる事が出来るかどうかは分からなかったが、そんなことは関係なかった。
「俺の超能力はお前の超能力を奪う事が出来る。そうとだけ言っといてやんよ」
恭介はそう言って、怯える金井雅人に向かって行った。金井雅人は後ずさるが、ここは部屋の中、あっと言う間に壁に追いやられ、逃げる事はできなくなる。
そして、ただ怯え、抵抗の出来ない金井雅人のこめかみを潰すかの如く頭を鷲掴みにして――五秒。
恭介の頭の中に恐ろしい程の情報が流れ込んでくる。
目の前の金井雅人は、超能力を奪われた、という感覚に気づいているのだろう。最早目の前の恭介等視界に入っていない様子で、絶望の表情を浮かべ、うつむいていた。
そんな金井雅人を無視して、超能力を強奪した事を確認した恭介は、縛られ、床に転がされていた四人を解放してやり、NPCの話をして、一旦NPCに救助されてくれ、と頼んだ。この極限の状態から解放されたばかりの四人は、恩人である恭介の頼みには素直に頷いてくれた。
3
「いやー、疲れたね!」
「そうだな」
恭介、琴の二人は、金井兄弟を撃破したことを記念して、ではないが、打ち上げと称して二人で地元の端の方にある唯一のファミリーレストランへと来ていた。二人で、隅の席に座り、適当な晩飯を取っていた。
あの後、琴の連絡で駆けつけた数名のNPCのメンバーが来て、後処理へと回った。琴がいた事が大きかったようで、勝手に動いた事に対する咎めはなかった。琴のNPC内での地位の高さを痛感するのだった。
「これで愛ちゃんも安心だし、大介君も安心だね」
「そうだな。でもまぁ、一度しっかり超能力のことは話さないとな、とは思ったよ。他人に知られてこーもなっちゃうんだしな。より注意してないとな」
「うん。今回は私達が動けたからいいけど、そうじゃない時だってあるだろうしね」
そこまで言った所で、それよりさ、と琴が身を乗り出す。
「なんだよ?」
突然顔を近づけて来た琴に思わずたじろぐ恭介。
「私も『きょーちゃん』って呼んでいいかな!?」
桃が言うそれとはアクセントが微妙に違うが、桃が呼ぶようなその呼び方。
今日、昨日とここまで琴に世話になった恭介は、それを聞いてすぐに頷いて返した。もとより、断る理由は恥ずかしいから、という以外にない。そんな事で断れる状態ではないのだ。
「やった! じゃあさ、きょーちゃんも私の事、名前で呼んでよ!」
「いぃ!?」
「いいから! 呼んでね!」
そう言って、微笑んで身を引く琴。そして、何事もなかったかの様に、食事に戻る。
恭介は、突然名前の呼び方を変える、ということに抵抗を覚えているようで、食事を取りながら、脳内でひたすらそのシチュエーションをシュミレートしてみるのだった。




