14.沈黙からの解放―8
全て、見えていた。知られていた。
「行平の事まで全部分ってるって言うのか」
確認する様に恭介が言うと、あぁ、とただそれだけ、神威業火は頷いた。
恭介は霧島雅を一瞥する。彼女と神威業火の距離は一メートル未満。彼女だけを無力化し、神威業火を無視して連れ去る事は、難しい以前に、不可能である。
さて、どうしたモノか、と恭介は思う。当然、生きて帰る事だけを考えたが、ただ遁走する事は考えから外した。ここまで来たからには、結果を出すつもりだ。
「……霧島さんを使って何をする気だ。そもそも、元はただの一般人で、俺の先輩だった人だ。何が特別だっていうんだ」
恭介が問う。
神威業火はこの場で、いや、日本という国の中で一番、余裕を持っている人間である。質問に応えるくらいは、するだろうと思った。
が、しかし、相手は神威業火だ。
「とぼけるなよ、郁坂恭介。霧島雅の人工超能力に対する許容量や適応能力の高さは知っているだろうが。……いや、そうだな」
不意に、神威業火は話を変えた。その突然の変化に恭介は若干の戸惑いを見せはするが、すぐに適応した。
今、恭介にとって重要なのは、状況の変化と、それを待つための時間稼ぎである。
神威業火には全てが見えているだろう。だが、それでも、語り出した。それだけで、恭介にとっては可能性になる。十分だ。
「教えてやろう、郁坂恭介。『冥土の土産』だ」
「…………、」
この場で殺す、という宣言を聞いたような気がしたが、恭介は押し黙った。未来はその手で掴み取る。
「今の霧島雅は、お前に勝てる可能性を秘めているぞ」
そう神威業火が言い切ると、同時、霧島雅が数歩前に出て、腕を鳴らした。
「霧島さん……」
やはり、神威業火だった。時間を与える気もなければ、相手をする気もなかったようだ。
恭介の実力は敵味方関係ない程に知れ渡っている程に強力だが、今の神威業火は、自身で対処せずとも、霧島雅に任せて十分だ、と思っている様だ。
「郁坂君。悪いけど、この前蹴られた借りとかじゃなくて、殺さないと。じゃないと、私、零落希美殺せないからさ」
「……やれるモノならやってみろ」
(俺を倒さないと零落希美を殺せない。それが神威業火との取引って事なのか? 良く分からないが)
恭介は、マズイな、と思った。
神威業火の相手をしないのは、悔しい事だが、本心と状況を語ってしまえば、好都合だ。だが、しかし、生きたまま回収しなければならない相手、霧島雅が、殺しに来ている。
(面倒な事になったな。……応援、来るまで粘って……も、神威業火がすんなり応援を通してくれるかね。わからねぇけど……)
ともかく、
(やるしかねぇな)
恭介は構えた。そして、霧島雅も腰を低く落とし、構えた。どちらも、何らかの武術に倣いつつ、殺人としての格闘術を思わせる独自の構えだった。
霧島雅は、超能力者になる以前から、『闘技場』の常連であり、格闘術を実践でしようしてきた。そして恭介は、メイリアの下でそういう類の訓練も死にかける程に受けてきた。
そして、今は時間を稼ぐ必要がある場。超能力同士の衝突を避ける事が出来るというのならば、それに便乗しないわけがない。
(やれやれ、やはりのるか。思考が短絡的過ぎて笑えないぞ郁坂恭介。流の血を本当に引いているのかこいつは)
神威業火は机に肘ついて二人には全く手を出さず、ただ、二人の様子を眺めていた。超能力で、他の連中の様子もみてはいた。
恭介と霧島雅はゆっくりと互いとも近づく。近づいて、そして、衝突。
殴り合い、蹴り合い。柔術は見れなかった。攻撃を受け、避け、仕掛け返すという応酬が連続した。その間に、超能力の存在は、なかった。
先に攻撃を当てたのは、恭介だった。
胸ぐらを掴まれ、身体を思いっきり引き寄せられた恭介。そこに霧島雅の拳が突っ込んできたが、恭介は身を翻し、浮かす様にして避けて、かうんたーを叩き込んだ。
恭介の拳が、霧島雅の頬を捉えた。
「ッぶ、」
霧島雅の顔が大きく揺れる。が、すぐに反撃が飛んでくる。
殴られて上体がブレたのを利用し、バネとして勢いに変換し、強力なアッパーカットを、恭介の水月に叩き込んだ。
「ッが!!」
恭介は攻撃が当たる直前の所で僅かに身体をずらし、急所に拳が叩き込まれる事自体は避けたが、超能力が発動していなくとも、彼女の打撃は強力な一撃である。横っ腹が、まるで吹き飛ばされてしまったかの如く痛みと熱を発し始めていた。
が、倒れはしない。互いとも、攻撃を戻し、足を地面に付け、すぐに体勢を立て直した。
二人が一撃ずつ相手に当てたその瞬間から、互いとも、気付く。
実力は、均衡している、と。
それが判明した瞬間、仕掛けるのは、当然霧島雅だった。彼女は、神威業火から『郁坂恭介の体術の実力が分かったらすぐ、超能力での攻撃を仕掛けろ』という指示を受けていた。それは、神威業火が『恭介』に僅かだが興味を持っている、という現れであったが、霧島雅はそこまで気にしていなかった。
衝撃砲。一瞬の隙が命取りになるような攻撃の応酬の中、一歩分後退した霧島雅が、先に、超能力を発動した。
「ッ!?」
まさか、ここまで来て超能力を発動してくるか、と恭介は僅かに反応を遅らせてしまった。が、十分に余裕がある上での、遅れ程度で済んだ。
すぐ目の前とも言える位置にいた霧島雅から真っ直ぐ一直線に放たれた衝撃砲は、恭介を捉えたかの様に見えたが、そこに、恭介の姿はない。
(反応は速い。実践経験を重ねてはいる、という事か)
その恭介の動きを見て、神威業火はそう静かに思った。が、まだ、彼は動き出さない。
恭介が瞬間移動によって移動し、出現したのは、
「わかりきった事を!」
霧島雅はすぐに振り返ったが、そこに恭介の姿はない。
「ッ!!」
すぐに気づいて、彼女は真上を見上げたが――、振り返ってしまった分、遅れていた。
見上げたと同時、恭介の右手が、真上から、霧島雅の顔面を鷲掴みにした。
恭介が落ちてくる勢いも追加されて、霧島雅は恭介に顔面を鷲掴みにされたまま、後頭部を床に叩きつけられる様に、盛大に仰向けに倒れた。まるで、高所から落ちたかのような、倒れ方だった。
「ッがぁあ!?」
苦しげな、取り繕う事もない悲鳴が彼女の口から漏れた。
恭介はすぐに強奪を発動した。今の彼の強奪の発動から効果が出るまでの時間は、約一秒。
だが、霧島雅も当然それを警戒している。
恭介は神威業火が動く可能性にも構えていたが、違った。
衝撃爆散。彼女の全身から、放射状に不可視の衝撃が広がる。恭介は、ゼロ距離の状態でそれをまともに、全身に正面から、受けてしまい、後ろからワイヤーで思いっきり引かれたのかと思う程に、素早く、そして大きく吹き飛んだ。
恭介が後退を止めたのは、一秒にも満たない時間で部屋の壁に背中を打ち付け、地面に足と手をつけさせられたその時だった。
「ッぐふ……、」
口から、鮮血が漏れ出した。
今の一撃で、全身の骨が砕けたのではと思う程の深刻とも言える程のダメージを、恭介は負った。
恭介の、危惧していた事とは、違う危険が、迫っていた。
(くっそ……、あんな大ぞれた事を言うもんだからよ。何か余計な仕掛けでもして俺に対抗してくるのかと思ったが、まさか、正面から戦って、俺に勝てる可能性なんて真正面からの話だったとは……いってぇ)




