13.討伐隊―10
だが、しかし、琴がこうなる事で心が締め付けられるような気持ちには慣れていなかった。
琴を一生守ると決め、一生付き添うと決め、覚悟を固めた恭介でも、今の現状には、心苦しいところがある。
恭介は願っている。いつか、争いが終わり、琴が安心して、笑っていられるような世界になるように、と。
そのために、恭介は、自ら、その安心出来る世界を勝ち取りに行く、と決めている。
「大丈夫だ。俺が全部終わらせるさ。神威業火を倒して、人工超能力の商品化を白紙にして、超能力の必要のない世界にしてみせるさ」
恭介は言って、琴を抱きしめる力を強めた。
神威業火との決戦は、恭介のその目的の達成のための必要手段であると同時に、NPCの目標達成の必要手段であり、そして、恭介の父、郁坂流の復讐でもある。
恭介はまだ知らない事だが、神流川村からの確執や因縁に、終止符を打つという事でもある。
つまり、やはり、神威業火を倒せば、全ては終わる、という事なのだ。
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「プライベートの時間を狙って、この状態とは。襲撃後だというのに、用心深いな」
「でも、それだけ、彼女が重要視されている、という事なんじゃないでしょうか?」
幻想、そして音波の二人は、当然の如く、鈴菜芽紅を狙っていた。
普段、NPC日本本部内に討伐隊の襲撃を危惧して匿われ、そこで無制限透視を用いて仕事をしている鈴菜芽紅を狙う事は難しい。として、彼女が外に出るプライベートの時間を二人は狙ったのだが、やはり、というべきが、彼女には護衛がついていた。
隣町のアーケード街内。単純に買い物をしに来ているだけの様に見える鈴菜芽紅だが、彼女の隣には三島がいる。そして、この二人がいるという事は当然、二人が護衛として張り付いていた連携者、煤島と霧島美月もいる。当然、隠してはいるが武装している。
そして、少し離れた位置に、一閃がついている。
「……固め過ぎ」
音波は呟く様に言った。二人共、一閃が敵に寝返った事は大して気にしていなかった。
「さて、こうなってしまった以上は、応援を呼ぶしかないな」
幻想は言って、『伝達』した。
が、今、このタイミングで、圧倒的な実力を持つ男が、任務についていた。その男が受け持った任務とは、連れ去られた零落希美の行方を追い、芋づる式にジェネシス幹部格であるエミリアと霧島雅を見つけ出し、始末する、というモノ。そして、それらは、必然的に神威業火に近づく、という事。そのために、相手の戦力を削ぎ、予め出来るだけ多くの人数をその任務に動かす事の出来る状態を作っておかなければ、ならない。
いくら、郁坂恭介であっても、単独でそれだけの存在を相手にすることは敵わない。
故に、彼も、こちらへと出ている。
そもそも、幹部格である鈴菜芽紅一人に、ここまでの護衛の数は、狙われているとわかっていても、異常である。それに、NPC側は討伐隊にはそれぞれ担当があり、担当を狙って襲撃する、と分かっているのだ。大人数での襲撃がない事くらいは、予測できている。挙句、鈴菜芽紅は戦闘用超能力の要因ではない。今までの討伐隊が、担当を倒すための超能力を持ってきた様に、鈴菜を狙う人間もそうであると予想出来る。
故に、異常。
だが、討伐隊の連中は、その光景を見てそれだけ鈴菜芽紅をNPCが重要視しているのだ、と勘違いした。
つまり、目を引いた。
音波が、その専用超能力『放射状探知』を使用しなおして、敵が他にいないか確認して、やっと、二人は、その背後に迫っていた影に気付く事が出来た。
「後ろ!」
音波こと、片桐愛理が、声を上げ、振り返ったと同時に視界に入ったのは、アーケードの屋根となっているガラス張りの天井という高さから見える夕方の真っ赤な空と、そのど真ん中に、まるでここにいて当然と言わんばかりの存在感を放つ、見知った顔だった。
当然、郁坂恭介。彼である。
ジェネシスによる超能力支配のない、平和な世界を望む彼からすれば、討伐隊の担当なんて、関係のない話である。そして、担当でない人間から命を狙われるという事は、討伐隊にとって、危機となりうる。この場合も、当然、そうだった。
基本的に、討伐隊は一対一、もしくは担当対担当の構図に持っていき、そこで戦う事を前提にされている。担当を持つ事で、強力な相手とも対等かそれ以上に戦う事が出来るというメリットがあった。が、今、この状況では、そのメリットは、意味を成さない。成していない。
恭介の回すような蹴りが、音波の鼻面の僅か先を通り過ぎ、そのすぐ隣にいた、幻想を吹き飛ばした。
驚愕する以外になかった。音波は、今の恭介の蹴りの軌跡すら、見えていなかった。目の前を通ったという事は、蹴りが放たれた際の風圧で感じ取れた。
幻想は頬を思いっきり殴られるような衝撃を受け、その場から吹き飛んだ。高速で走る車に突っ込まれたかの様に地に暫くは落ずに数メートルは吹き飛び、アーケードの端、この天井から落ちる直前の所でやっと、止まった。
そこから先、幻想は動かなかった。
音波は、あまりに距離が出来たためにその幻想の状態を目視できていなかった。が、すぐに、死んだ、と確信した。
そもそも、恭介にとって、幻想こと軽磨は、一度戦った相手である。今更、手を焼く理由はないのだ。拱いていても良い程度の、存在である。
そして、それは、音波も同様。
恭介は足を戻すと、鈴菜達を監視するためにしゃがみこんでいて、恭介に気づいて首だけで振り返っていた鈴菜の胸ぐらを掴み、正面に向かせ、持ち上げ、無理矢理に立たせた。
身長がそう高くない音波の足は、浮きかけていて、つま先がなんとかその足元についている状態だった。
音波は恭介の手から逃れようと、必死に足掻いた。だが、当然の如く、無駄である。
そもそも、雷撃や着火といった類の超能力、そして、強奪を所持している恭介に触れられた時点で、負けは確定したも同然であるのだ。
実際に、この時点で、恭介は既に強奪を発動し、音波の超能力を、一つ残らず回収していた。彼女は武器を取り出してもいない。武器呼応も奪われた。つまり、今、恭介の目の前にいるのは、ただの、武装もしていない無能力者なのだ。
ただの一般人が、バケモノと揶揄される恭介に、立ち向かえる道理はない。
強奪が発動した際に、超能力を奪われる側の人間は、自身の中から超能力が消えていく感覚を感じている、と分かっている。つまり、今、恭介の手中で、音波が抵抗をやめたという事は、間違いなしに、音波はただの無能力者となった、という事実を表していた。
恭介は強奪が完了した事を確認すると、手を離した。すると、音波、いや、片桐愛理は崩れ落ちる様に、膝から地面に落ちて、うなだれた。
あの日、サイコキネシスという人工超能力を得て、恭介達に破れ、そして、再び恭介達を倒すために討伐隊としての役職を得ていた彼女はたった今、強奪という理不尽とも言える恐ろしく、恐ろしい恭介のオリジナリティによって、全てを失った。
もとより、全てを捨ててジェネシスになってしまったのだ。彼女は。
恭介は眼下の片桐愛理を見下ろして、静かに、言う。
「愛理ちゃん。これは情けだ」
そうとだけ言葉を置いて、恭介はすぐに瞬間移動をして、その場を去った。恭介もただ冷酷なように見えるが、彼なりに、旧友である彼女の事を思いやってやったのだろう。
生かした。そうだった。
だが、現実とは、偶然や、必然が折り重なって、予想外の結果を生み出す事になる。
彼女、音波の専用武器は、長棍であった。そして、彼女、音波の相棒であった、ついさっき殺された幻想の専用武器は、地雷で、ある。
その目的は、幻想の専用能力である幻覚に対して、大きな相乗効果をもたらす可能性のある武器だったからだ。
その地雷。彼女達がいるこのアーケード外の上にも、近づく敵を排除する目的で、無数に仕掛けられていた。恭介はそれを千里眼で見切り、避けて通ってきたが、今、超能力を失ってしまった音波には、その見分けが付かない。地雷という武器自体は超能力を付加させる事はあっても、超能力そのままではない。つまり、幻想が死んでも、設置されているという事実は変わりない。
片桐愛理は、超能力を失った事と、この現状のせいで、気がそこまで回らなかった。




