13.討伐隊―4
「何ッ、」
その異常事態には、流石の罪も、驚きを隠せなかった。兜が砕けた。まるで、粉砕の超能力でも受けたかの如く、砕け、その下に隠されていた若い、男の素顔を顕にする。
恭介は、罪の顔が見えて尚、攻撃をしかけようとはしなかった。
僅かによろめいたように見えた罪は、顔を押さえ、僅かに沈黙した。彼の周りに、砕けた絶対石の兜が落ち、衝突する音がこの空間に響いた。空間はやはり無限に広がっているのか、響いたように聞こえた音は、想像よりも早く散慢して消え去り、僅かな違和感を恭介に感じさせた。
「……く、は、ハハハハハハハッ!!」
ここで、不意に高らかな笑い声を上げたのは、恭介ではなく、罪だった。右手を額に当て、顔を上げて悠々と高笑いした。その突然の行動に恭介は、ただ、嘆息した。
「どうした、お前。今ので頭いかれちまったのか? 言っとくが、俺は素手で殴っただけだ」
呆れたように言う恭介、に、急に態度が変わった、いや、本来の態度を見せた罪は、右手を胸の前で大げさに振ってみせて、
「分かってるって。郁坂恭介、流石だ。超能力の作用させる『位置』を調整したわけだ。俺のこの絶対石の鎧に対しての衝撃を強くするんじゃなく、殴った際の自分に掛かる負荷を殺すように、威力を強化した。だろ? それでただ殴る、って行為だけでも、相当な力が出せるようになった。挙句、お前は、バケモノだ。自他共に認めるな。石の塊程度なら、素手でも壊せるってんだろ」
「違うな、俺はまだ自分では自分の事をバケモノだなんて思ってねぇよ。ただ、少し強すぎるだけだ」
そう返して、恭介は得意げに笑んだ。余裕の現れだった。
当然だ。相手の絶対石による完全な超能力に対する防御は今、失われた。
が、恭介も、この場で勝ったとは思っていない。それに、対する罪も、まだ、負けたと思っているわけではない。
まだ、罪はその超能力を見せていない。
恭介も、確信している。彼は、討伐隊は、武器に関係する超能力を持っている。つまり、担当の人間を殺すための、超能力を所持している。
(さぁて、何を出してくるかね)
恭介は得意げに、余裕を見せつつも、最大限の警戒体勢でいる。
そんな恭介は、仕掛けてくるのを、待とう、と構えていた。少なくとも今、罪の露出した顔面に限るが、超能力は通用する状態にある。恐らく罪は恭介の持つ超能力で、今まで敵と交戦する際に使用したモノは、全て理解しているだろう。が、目標設定後の雷撃で、一撃で殺せる状態にある。が、それでも顔を焦って守ろうとしない様子を見れば分かる。まだ、絶対に何かある、と。
恭介が、さぁ来い、と構えたその瞬間だった。
「いいぜ。フェイズ2だ」
そう言って、口元を引き裂くように笑んだ若い表情は、まるで、悪魔のように不気味だった。
この瞬間になって、恭介は先に仕掛けておくべきだった、と思ったが、結果は変わらなかったか、とすぐに選択のミスはなかったと自分に言い聞かせた。
罪が笑ったと同時だった。身体を守っていた絶対石の鎧が、まるで、自立しているかの如く動きだし、宙を舞ったかと思うと、次の瞬間には、それらは罪の右手に集中し、そして、刀身の長い、刀の形を取っていた。足元を見れば、兜の欠片も消えている。それらも、今、罪の右腕の中に形成された絶対石の刀の一部となって吸収されたのだろう。
これで、武器か、これが、武器か、と恭介は再認識した。
そんな恭介の考えを他所に、罪が刀を両手で構えて、言う。
「これが、俺の武器だ。絶対石による刀。超能力を断ち切る、刀だ」
その刀を見て、恭介は思う。
「お前、本当に俺の担当なのか?」
「うん? ……どう言う意味だ?」
恭介の突然の言葉に、罪が不思議そうに表情を歪めた。お前何を言っているんだ、という表情をしている。刀の鋒を足元に下ろし、どういう事なのか説明しろ、と恭介の発言を待った。
「いや、その武器、やっぱり絶対石の力はついでるんだろ? だったら俺なんかよりも三島とかの担当すべきだったんじゃねぇっかってよ。ただ、思っただけだ」
恭介は本当に、ただ、単純に思った事、感じた事を口にした。相手が討伐隊だからこそ、存在したこの会話。これで相手が幹部格だったのであれば、会話等せずにすぐに殺していただろう。
「……あぁ、そうだよな。当然、お前は三島幸平の担当と顔を合わせた事はないんだ。知らなくても無理はないか」
「何が言いたい?」
今度は恭介が問う番だった。
「良いだろう。これくらい教えてやる。三島幸平の担当としてついているのは罰と呼ばれる男で、武器はただの練度の高い鉄で作られた、剣だ。だが、それで十分だろう」
「あぁ、そうだな。三島は超能力しか防げない」
「その通り。ま、俺達の知らない超能力の効果でもあれば別だが、恐らくねぇんだろ」
「…………、」
「って事は、だ。超能力を封じる絶対石で作られた武器を使うのは、」
「そうだな。今の話から察するに」
恭介は、そう言って、右手をすかさず振り上げて、雷撃による稲妻を飛ばした。当然、目標設定で罪に狙いを定めて、だ。
が、罪は、それを異常なまでの反射神経と判断力、それに推測力によって、絶対石の剣で、断ち斬った。
鎧、兜だった防具から変わって、刀となった絶対石。これは、超能力を防ぐのではない。超能力を斬る、武器なのだ。つまり、攻めの絶対石である。
これが、罪の本来の武器。絶対石による刀なのだ。
「超能力を、斬る、か。発想は良いな。まぁ、正直、イザムにでもくれてやるんだな」
恭介のその言葉に、罪は眉を顰めて怪訝そうにした。
(理解してるってか)
そう思いつつ、罪も最大限に注意を恭介へと向けて、そして、仕掛ける。
罪は体勢を低く構えたかと思うと、一気に恭介へと向かって接近した。懐に潜り込み、そして、斬り上げる。
絶対石による攻撃、それはつまり、超能力では防げないという事。そして、同時に、それは刀であり、生身でも防げない、という事。
恭介の反応が遅れたように、罪には見えていた。超能力で防げない、そして、生身でも防ぐ事の出来ない攻撃。それが、当たるタイミングがすぐ目の前にまで迫っていた。
つまり、勝利。
このタイミングで罪は確信した。一瞬の遅れが、勝敗を決した、と勝ち誇る準備までした。担当を持ち、その担当だけを殺すために与えられた超能力を持つ、討伐隊。良く考えれば、勝って当然なのだ、と下から斬り上げた刀の刀身が恭介の胸元に届く直前で、罪はそう思った。
刀身が、恭介に触れた。
74
「……、なんだ、死に来た、か」
NPC日本本部内。治療室へと繋がる階段を下り切ったその場所に、すでに治療室へと足を踏み入れていた神威業火は視線をやった。
表情は相変わらず険しく見えたが、もとより優しい表情なんて見せない男のため、それが怪訝そうにしているのか、苛立っているのか、気分を害しているのか、はたまた喜んでいるのか、分かりはしなかった。
神威業火の立つ通路の幅は三メートル程度。そして、神威業火の両脇には三人の、超能力を暴走させたために隔離されてしまった者達が。
そして、神威業火の視線の先には、
「……あぁ、そうかもしれない」
海塚伊吹が、いた。
表情が優れない。恐ろしい高熱が出ているのに外に無理矢理出てきているような、そんなよろしくない表情をしていた。その様子を見て、神威業火も察していた。
「確かに、俺は、お前、神威業火に勝てないだろう。だが、」
そこで一度、深呼吸をする。神威業火は言葉を待った。
「俺は、NPC日本本部の頭として、ここを言葉そのまま、死守しなければならない」
海塚伊吹、覚悟を決めていた。




