12.新たな敵と目的違いの敵―6
零落希紀が攻めようとするように、垣根も攻めようとする。
垣根の歩は非常に余裕のある歩である。炎のドームの中から逃げ出す事が難しい状態であり、そして、時間を稼げば稼ぐ程有利になり、交わす手数を減らせばそれだけ危険性が減る。この状況で、今の状態で速度を出して進んで向かって行くのは逆に良くない。
垣根が移動を迫るように、ゆっくりとするため、零落希紀には考える時間が与えられた。だが、それが逆に、本能のままに動く、という戦闘スキルを封じられているようで、零落希紀にとっては非常に動きづらい状態が出来上がっていた。
(とにかく、炎のドームを打ち破る事に集中しろ。私。攻撃は一回ならなんとか防ぎきれる。攻撃を受けたらすぐに絶対障壁を発動する)
零落希紀は向かってくる垣根に対して、引斥力操作を発動した。彼を吹き飛ばすように、斥力操作を彼に向かって放った。が、しかし、それは垣根の足を一瞬止める程度で、消失してしまった。
(引斥力操作は、一瞬怯ます程度……、隙とは言い難いね)
まだ、足りない。
そして、その瞬間に、垣根が零落希紀の正面に迫っていた。
一撃。垣根の獄炎の超能力をまとった拳が、零落希紀の水月を穿つように襲った。零落希紀は超反応によってそれを避けようとしたが、攻撃の範囲が、広い。
ベルトラが光郷の攻撃に反応出来たのに避けれずに殺されたように、超反応は通常の戦いでは便利ではあるが、肉体が追いつかなければ攻撃を避ける事ができない。つまり、垣根の攻撃は、超反応をもってしても、真正面からでは避ける事のできない攻撃だという事。これは超能力等関係なしに、彼の戦闘技術によるモノだ。
今の一撃が当たる一瞬で、やはり超能力の応酬がある。垣根の拳に付加されていた超能力を、零落希紀の等価変化が相殺した。そして、拳そのモノの衝撃のほとんどを、絶対障壁が防いだ。
それに続いて、零落希紀は吹き飛ばされた絶対障壁を発動しなおす。そして――応戦。
攻撃の応酬が続いた。殴る、蹴る。攻める防ぐ。攻撃は続いた。零落希紀のただの拳であれば垣根に触れたその瞬間に返り討ちに遭っていただろうが、彼女は複合超能力者であり、防ぐのと同様に等価変化と絶対障壁を使用して攻撃を彼に当てる事ができている。が、互いとも、攻撃に感触はない。
(隙を作る。これだけやって分かったけど、攻撃を一撃当てたその瞬間が、隙だ)
(希紀ちゃん。なかなか体術も上がっているじゃないか。が、俺は負けられない。一撃、入れた方が、勝ちだろうな)
垣根が零落希紀に一撃入れれば、その一撃で零落希紀を無力化、もしくは殺す事が出来る。零落希紀が垣根に一撃入れれば、隙を作り、逃げ出す事が出来る。
勝負は一瞬だった。
垣根の攻撃が零落希紀の胸元に正面から突っ込まれたその時だった。垣根の攻撃により、零落希紀の身体を物理的に守っていた絶対障壁が吹き飛んだ。
好機、垣根はこの瞬間を狙っていた。
だが、同時、垣根の攻撃が零落希紀に触れたと同時、等価変化によって、垣根の獄炎が、一瞬だが、効果を失う。
今だ、零落希紀は垣根が好機と思ったと同時、そう思った。
故に、一瞬だった。
零落希紀と垣根が交差した。
「ッ、」
零落希紀の、左腕の肘から先が、吹き飛んで、炎のドームにぶつかり、燃え尽きて消失した。
そして、垣根が、――崩れ落ちた。
一瞬の交差。零落希紀の強制酸化と閃光が同時に発動された。それに上手く対処した垣根だが、彼女の左腕を落とすのが、精一杯だった。強制酸化が物理的な防御を削ぎ落とし、そしてもとより物理的な防御が不可能とも言える閃光で、その一瞬を勝ち取った。
「ッ、いっつ、……くっそ。でも、勝てた……」
垣根のとてもじゃないが目の当てれない状態になった垣根の死体が、その場から完全に崩れ落ちると同時、零落希紀を閉じ込めていた炎のドームが、消失した。外を自然に流れる風は、まだ爆発の余韻を残して通常より熱かったが、炎のドームの中にいたためか、それは冷たくまで感じた。夏だったら、もっと早く決着がついていた可能性もあったな、と零落希紀はやっと見えた空を見て、思った。
垣根の死体を無視して、零落希紀は腕を抑えながら、ビルの端まで向かって地上を見下ろした。まだ、人影はない。死体は転がっているが、一見するだけでは死体とは判断しきれない程の状態で転がっていて、グロテスクな光景はどこにも見当たらなかった。
振り返り、垣根の死体を見て、思った。人工超能力を追加した、複合超能力者になっていなければ、絶対にこの結果にはならなかった、と。
零落一族の人間として、所持する天然超能力も強力なモノではあるが、それでも、垣根には勝てなかっただろうと思えた。
勝てたのは、やはり、一撃必殺とも言える超能力を複数所持していて、それらを同時に発動出来たから、そして、戦闘技術、体術スキルをその特殊な環境で上げていたからであろう。
「……垣根さん。超能力に、治癒なんてないんだよ。面倒な事してくれちゃって……」
恐ろしく痛む左腕を抑えて血を流さない流さないように氷結の力で切断面を一時的に凍らせて零落希紀は、とにかくこの場から離れるために、閃光を発動し、その場から一瞬にして消え去った。
残ったのは、甚大な被害と、垣根の横っ腹が裂かれ、中身が飛び散ったその死体だけだった。
67
好機と絶望が錯誤していた。
海塚は垣根が零落希紀に負けた、という現状を把握して、一度は絶望した。が、すぐにトップとして、しっかりと対策を立てる覚悟を得た。
垣根が全力で相手をしても、零落希紀には勝てなかった。だが、
(零落希紀も、垣根とやりあって、流石に無傷なはずはない。ここが、チャンスだ。彼女を倒す)
零落希紀も、負傷している。事実、左腕を失っている。
(どんな負傷をしたか、想像もつかないが、負傷をすれば治療を受けるはずだ。その前に、倒す。回復等させてやるか。殺さねばならない)
そして、タイミング良く、
「……任せてください」
零落希華が、NPCに戻ってきていた。
「亜義斗と菜奈を見張れ。零落希紀を殺すために探しつつ、だ。私の予想だが、零落希紀はまだ、亜義斗と菜奈を殺そうとしているはずだ。最悪の場合、彼女は治療よりも先に、二人を狙ってくるとも思っている」
零落希華は頷く。
「わかっています。……妹は、私が殺しますから。絶対に」
姉を救い、妹も『救う』。それが、零落希華の目的である。その目的を、果たす。これが、零落希華がNPCにいる理由でもある。
(亜義斗、菜奈ちゃんは希紀に狙われる理由は十二分にある。……けど、)
海塚が、付け加えるように、言う。
「私の予想の範疇を超えないが、彼女は、零落希紀は、焦っているはずだ。それがどうしてかまでは分からない。垣根と衝突したからか、それとも、他の理由があるのか。……本当に、予想……勘でしかないが、零落希紀は、治療よりもまず、亜義斗達を殺す事を優先する様な気がしている。あいつらも、今は仲間だ。それに、仕事も良くしてくれている。死なせたくはない」
海塚は頼んだ。そもそも、海塚が彼等を守っても良いのだが、これは、零落の問題。海塚も彼女の事を考えて、手を引いている状態である。頼む他にないのだ。
零落希華は頷く。
「当然です。狙われていると分かっている仲間をミスミス見殺しにはしません。相手が妹でも、変わらない。……思ってたよりも早く、戦う機会が出来た事が、嬉しいです。とっとと終わらせますよ」
零落希華は、神威業火に『特別扱い』されている零落希紀と違って、リアルな『ツテ』がある。それは、単純なモノだが、活動をとっくに初めた零落希紀を見つける程度、容易くこなす程のツテ。




