12.新たな敵と目的違いの敵
12.新たな敵と目的違いの敵
イザムは恭介によって殺された。この光景を、一閃は見て確認していた。その後、恭介に攻撃を仕掛ける事なく、撤退した。
イザムが死んだ以上、一閃の目的はただ一つに絞られる。それは当然、担当の抹殺。一閃の担当は、海塚伊吹、彼である。
当然一閃はすぐに動く。ターゲットを倒すためにすぐに準備を終えて、動こうとした。
だが、しかし、ここで全く予想のできなかった事態が起きてしまった。それには、海塚も、そして、一閃までも驚いた。いつの間に、という感想が一番だった。
海塚は、交友関係をあまり表に出していいない。この仕事が、危険で、身近の人間を巻き込んでしまう可能性があるからだ。実際にそうしている職員も多い。本当に、極希にしか知人とも顔を合わせない様にしていた。
が、しかし。
「……、まさか、海塚さんの彼女さんの護衛だとはね」
「いや、ちゃんと話聞いてたの? 典明君。彼女じゃなくて友人だって言ってたじゃん」
典明と桃。二人はとある女性を、監視していた。辺りに高い建物がなく、仕方なしに民家の屋根の上を静かに渡り歩いている。日が沈み、辺りが暗くなっていて、街灯の光も届かないために普通に移動しているその女や他の道行く人間には気づかれていない。
彼女、佐々波凛の監視は、ローテーションで行われている。典明、桃は二人一組で大体、学校が終わってから、夜までの時間。夜中は休みなしで海塚が担当し、朝から夕方までは垣根が見ている。垣根や典明達は時折休みを得ているが、海塚は休みなしで仕事までこなしている。いつ寝ているのか、と心配する人間も多く出てきた。
だが、垣根達はそれを見て気づいている。
海塚にとって、この女はそれだけ大事な人間なのだ、と。
「それにしても、」
典明が呆れた様に言う。
「毎日毎日、あとを付けてる人間がいるってのに、何もしてこないってのはどういう事なんだろうな。本当に何もしてこねぇからこっちもどうしようもねぇし。っていうか、本当にあいつ、超能力関係なしのガチのストーカーじゃねぇだろうな」
桃もそれには苦笑するしかなかった。
既に一一月。佐々波凛の監視を始めてから、既に一ヶ月近くが経過した。
毎日毎日、仕事から帰宅する佐々波凛の後を付ける影がある。そして、もう一つ。
「気になると言えば、あっちもだけど」
桃がふと視線を遠くへとやる。その視線は地上へとは降りず、自分達と同様、民家の屋根の上にある。やはり、その影も佐々波凛を追っているようで、毎日のように、この数百メートルという距離で顔を合わせている。距離が距離もあって顔や姿が確認できないが、同じ人間が毎日出ているように思えた。
(本当に、少なくともストーカーが二人。佐々波凛って人、本当にただの友人なの? 海塚さん)
勘ぐるのは典明も一緒。だが、詮索はしない。自分達のリーダーである人間の依頼だ。詮索する必要はない。ただ、信じれば良い。
事実、佐々波凛はただの女だ。海塚の友人で、海塚に恋しているただの一般人だ。
「それにしても、本当に、どちらとも動かないね」
「それにしても、本当に、どちらとも動かないな……」
一閃は、その追跡者達を監視して、そう呟いていた。
一閃は佐々波凛を遠くから見守る。そして、彼女にローテーションで付く同じ屋根の上にいる人間を視る。
「あっちはやっぱり、NPCの人間だろうな。目的は恐らく、俺と同じ」
そして、視線を佐々波凛と距離を取って佐々波凛の後を付ける人間を見下ろす。
「……で、あっちは何だ。毎日毎日、二四時間、人を変えつつ佐々波凛の後を付ける。正体は分かってるんだが、何が目的なのか」
一閃はその正体を知っている。
リアル。今まで、リーダーが海外に『ジェネシスに対抗する戦力を得るために』出ていたため、今の今まで活動を停止していたNPCでもジェネシスでもない新たな組織。活動を再開しているという事は、リーダーが戻ってきた、という事なのだろう。
(恐らく、だが。連中の目的は海塚の方だろう)
リアルはジェネシスに勝る力を求めていた。それをジェネシスは知っている。連中が求めるのは、より強い力。強力な力を持つ海塚をどうにかすると考えてもおかしくはないだろう。
海塚をどうにかするために、海塚に近い人間をどうにかしようとするのは予想できる。
正統な戦いを望む一閃は、それが邪魔だ、と思った。だから、一閃はリアルの連中をどうにかして先に片付け、海塚との戦いを真正面から、他に気に削ぐ事なく堂々としたいと思っていた。
が、そのリアルの追跡者は、ここ一ヶ月程で何も仕掛けてきていない。ただ、佐々波凛が自宅近くにたどり着くまで、追跡し、そのまま消え去るか、人員交代して佐々波凛が朝出てくるまで、待機している。
(何が目的だ、リアル)
リアルは、NPCと敵対するのは勿論、ジェネシスとも敵対する位置にある存在だ。そして、リアルのリーダーはジェネシスに勝てる力を求めてグループの活動を止めてまで海外へと出た。そして、戻ってきた。
(何を持って帰ってきたのか、探らねばなるまいな)
故に、一閃は攻撃を仕掛けない。連中が何かを仕掛けてきた時に、ひっとらえ、ジェネシスにとって必要になる情報を引き出す。
だが、連中が何かを仕掛けてきた時、動くのは、
(NPCの連中も一緒だろうな。正直、誰が来ても問題はないが、……できれば、海塚や垣根ではなく、あの二人の時が好ましいな。海塚はいずれ倒す、この場ではない。垣根は、最悪の場合、邪魔になる程に強いと分かっている。が、幹部格になりたての二人であれば、いなすのは容易い。つまり、問題なしにどうにかできる可能性が高い。
一閃はNPCの人間との距離を考えながら、佐々波凛の監視を続ける。
そして今日も、何もなく監視は終わった。
佐々波凛の一定の生活リズムは既に把握している。一閃は佐々波凛が帰宅すると同時に一度引いて、数時間後にまた戻ってくる。
「あ、あちらさん帰ったね」
桃が一閃の帰宅に気付いてそう呟く。典明も反応した。佐々波凛は既に自宅へと戻り、桃達は佐々波凛の住まうマンションが見える位置に留まって、深夜担当である海塚の交代が来るのを待つ。
暫くすると、そこに海塚が飛んできた。
「交代だ。帰ってゆっくりしてくれ」
海塚の顔色は変わらない。ここ数日連続してこの場に来て、そして、NPC日本本部としても働いている。急速を得る時間なんてない。そのはずなのに、海塚は変わらずの様子でいる。
流石に、心配になる。
「大丈夫ですか、海塚さん。休んでいないようですけど」
桃が問うと、
「……あの男の正体が分かったぞ」
海塚はそう返した。
「あの男?」
典明が問う。
「さっき帰った男だ。……あれが、恐らく、ではあるが、郁坂恭介が目撃した奴だろう。特徴が、一致していた。武器を携えている様子はなかったがな」
「そうですか。でも、何であの男が佐々波さんを?」
「それは、わからない」
予想は出来た。だが、確証はない。
海塚はさっさと帰って明日に備えろよ、と二人を半ば無理矢理に返して、佐々波の入ったマンションを監視する。この間、当然寝るなんて出来ない。
海塚には確かに、疲れが溜まっていた。だが、それを表に出さないように必死に耐えていた。
何があっても、佐々波だけには誰であろうと、手を出させない。その気持ちが海塚をここまでにしていた。
自分の身体を酷使しているのは分かっている。だが、今、止まるわけにはいかない。
今の今まで、一般人を巻き込まないようにしていたのに、何が原因かはわからないが、こうなってしまった。自分の手で、止めなければならない。
(それにしても、あの連中は一体……?)
海塚達はリアルの存在を知ってはいるが、まだ動いていないと思っていた。




