1.言い忘れ―12
恭介の右手がバチバチと閃光を散らす。そういうことか、と木崎が頷く。納得のいかない表情だ。
「そんなことでどうやって俺を止める気なんだ」
木崎は首だけで気だるそうに辺りを見回した。特に変化はない。
そう、思っていた『だけ』。
木崎の視線の先、桃。その存在を忘れたわけではない。だが、木崎は舐めていた。
木崎はそれなりに瞬間移動を慣らしていた超能力者だ。そして、ジェネシスという組織の人間。
水が、溢れた。
波のような音が聞こえたと思ったら、そこら中が水浸しになっていた。部屋全体が水たまりになる程度の水浸し。そして、恭介が持っているのは、相手を牽制し、そして、必死とは言えない相手を怯ませる程度の雷撃という超能力。
だが、木崎はその程度では怯まない。
木崎は視界の隅に右手をバチバチと輝かせたままの恭介の動きを見張るために置き、桃を一瞥し、辺りを見回しながら言う。
「男の方。お前が絶縁機能を有しているのは分かる。が、今、この状態でその電撃を放てばそっちのお嬢ちゃんも電撃を受けちゃうだろ?」
「舐めないで」
桃が即答した。
その答えで、木崎は確信した。すぐに桃に視線を移した。笑っている、いや、強気な表情が見えた気がした。
恭介には、木崎の驚愕した表情が見えた気がした。
実際、恭介にも分かりはしなかった。桃が、桃の超能力でどこまでの事が出来るのか、訊いたわけでもなし、知っているはずがなかった。が、信じていた。桃なら、そこまでのことが出来るのでは、と思った。思い込んだのだ。
恭介の輝く右手が床の水たまりに向かって振り下ろされる。そして、『不純物の入り混じったそこらにあるような水』を通じて電気が流れる。それは当然、恭介にも、木崎にも。桃には流れない。そして、恭介には流れても受け流す力が付いている。
感電し、筋肉を硬直させ、身動きがとれなくなり、思考を停止させるのは、木崎ただ一人だ。
水しぶきが上がる音がしたのは、恭介が電撃を止めてからであった。
木崎の硬直した身体が、桃の作り出した数センチ程の水たまりの中に落ちる音だった。
数秒、恭介と桃は水浸しの床から動かず、視線だけで倒れた木崎の様子を伺ったが、口に水が入り、鼻からも入ろうとしているのに動かない様子を見て、動けないと判断した。そして、恭介が近づき、倒れた木崎の側でしゃがみこむ。
「俺さっきも瞬間移動強奪したけどさ、同じ超能力を強奪したらどうかなるんかな?」
疑問。だが、桃は首を横に振る。
「わからないよ。でも、とにかく、その……、木崎だっけ。そいつは超能力に慣れすぎてるし、危険だから、早く強奪しちゃってよ」
「あぁ、そうだな」
そして、触れる。五秒。
大量の情報が頭に流れてくるのは変わらなかった。だが、今回は少しだが違う気もした。流れ込んでくる情報の『一部』が、かぶっていたからか。恭介にそれはわかりはしないし、恭介にしかわからない感覚なはずだが。
「どうかした?」
恭介が納得のいかない表情をしていたのだろう。桃が心配そうに恭介の顔を覗き込んでいた。気づかぬ内に隣りに来ていたのだ。
隣りの桃を見て、
「大丈夫だ」
立ち上がり、振り返った所で、
「おっつかれさま。二人とも」
入ってきた扉から、琴が顔を覗かせた。その右掌に鮮血が付着していて、僅かに指の隙間からはみ出ているのを桃は見たが、敢えて何も言わなかった。一方で恭介はそれに気づいていないようで、至って陽気に答える。
「なんとかなったぜ。超能力も強奪した。終わりだな?」
桃も恭介の隣りで立ち上がった。
「そうだね。上で倒れてたのとか、他の連中も、そこの木崎とやらもNPCの回収班が回収して捕虜にするから放置しといてよし。帰って報告して終わりかな。まだ報告しに行く時間があるから」
琴がさらりと現実離れした事を言う。回収班が、捕虜が、と言われて少し頭をこんがらせた恭介はともかく帰るか、と桃を見下ろす。
「そうだね。早く地元に帰ってゆっくりしたいかな」
桃は見上げ、頷く。
「よっし。せっかくの初任務無事完了だからね! ご飯でも行こうか。全部終わったら!」
琴が握りこぶしと共に、嬉しそうに声を上げた。
2
「ところでさ、長谷さんってどこに住んでんだ?」
地元のファミリーレストラン。その一角で恭介、桃、琴は夕飯を取っていた。パスタをフォークとスプーンで適当に食べる恭介がふと、琴に訊いた。これから仕事から学校まで共にする仲間だ。住処くらいは知っておいても無駄ではないだろう。
「うん、私も気になってた」
桃も聞きたいそうに前に身を乗り出す。
「あぁ、うん。どこって言われても説明が難しいなぁ……。今の恭介君の家から、そう遠くない所だよ。桃ちゃんの家ともそう遠くないかな」
「以外に近くにいるのな。こんな田舎じゃなくて都会な隣町とかにいるのかと思ってたわ」
「隣り町もここから見たら都会だろうけど、やっぱり都市部と比べるとそうでもないような……」
琴が苦笑する。田舎町であるこの町で育ってきた二人はそうだな、そうだね、と笑った。
「でも良かったよ。二人とも無事に帰って来れて。ここだけの話だけどさ。初任務ってやっぱりある程度簡単そうなモノを与えるんだけど、生きて帰ってこれない人もいるからね。任務自体が実は難しくって、って場合もあるけど、単純に、戦うことへの抵抗を生じさせっちゃったりしてね。相手は戦う気どころか、邪魔する者はとりあえず殺すってスタンスだから。バックがあれだしね。だけど二人は、桃ちゃんは高い戦闘能力があるからまずとして、でも、恭介くんなんて全く戦闘経験がないのによくやったよ」
「なんか照れるな。まぁ、でも、なんだ。怖かったには変わりないよ」
恭介が視線を斜め下に落として言った。
そうだ。当然だ。木崎を殺しはしなかったものの、それまでの過程はまさに殺し合い。相手が最初から殺しにかかっていたら。まず、恭介達は生きて帰って来れなかっただろう。つまり、運が良かった。
それら全てを見透かした上で、琴は言う。
「運もあっただろうね。でも、帰ってきたって結果が重要なんだよ。結果バカじゃないけど、結果よければ全て良しってね」
笑う。その笑顔に見とれてしまった結果に救われた男がいたが、またそれは、後の話。




