10.休戦/帰還―9
恭介の表情は苦笑のままだった。本当に、典明については諦めている、といった様子である。その表情を見て琴は、少し心配した。恭介と桃、そして典明が幼馴染だった事は当然知っている。幼馴染としての関係があった以上、敵対しているという今について、恭介は特別な感情を抱いているはずだ。
が、そこまで分かっていて、琴は何も言わない。恭介がそう言うならば、それに従うまでだ。
「まぁ、典明君達の件は、動いてないし、所在も分からないから、後で片付けるにしても……とにかく今は、ジェネシス幹部格だね。皆きょーちゃんが帰ってくるまでには片付けたかったみたいだけど、やっぱり、無理だった。これからは、きょーちゃんにも頑張ってもらわないといけない」
「心配するな、俺なら大丈夫だ。特訓してきたからな。言葉そのまんま、死ぬほど!」
自身満々に言って、恭介は自分の胸を右の拳で叩いた。
そのまま話は流れて、恭介達を乗せた車は高速に乗り、その速度を加速させ始めた。話は現状から思い出話や他愛もない雑談へと変わっていった。
その、時だった。まだまだ高速は続き、地元まで一時間強あるという距離に差し掛かったその時。
上から、音がした気がした。
運転手は正面に集中したままだったが、上を気にかけていた。恭介と琴も音につられて上を見上げた。つまり、三人が三人とも気付くような音。
「何だ?」
恭介が訝しむ。
「何でしょうね?」
と、運転手が言ったその時、琴が千里眼を発動させている。
「霧島さんだッ!!」
琴の叫びは、車内から漏れる程に大きかった。
敵襲。
(なんてタイミングの悪い……!!)
琴の表情が険しくなる。
「霧島さん!?」
恭介はその名前を聞いて、すぐに考えを巡らせた。
(このタイミングの襲撃ってことは、作戦を立てた上での襲撃だろうな。……それに、他の人間もいるはずだ。一人で襲撃してくるはずもねぇ!)
恭介が『気付いて』、視線を自分側の窓にやった。すると、上から身を乗り出している霧島雅の自信が溢れている視線と、重なった。
「運転手さん! どこか止まれる場所で止まってください!」
そう叫んで、恭介は窓を思いっきり殴った。無理な体勢からだったが、そんな些細な事は恭介には関係ない。全力に超能力が上乗せされた恐ろしい程の力が窓にぶつかり、窓が吹き飛んだ。
近くに車がいなかったのが幸いだっただろう。窓が高速道路の地面に転がって砕けて散らばって動きを止めてからやっと、他の車が通過した。タイヤにまでは影響をなさなかったようだ。
霧島雅は上に戻ったようで、今の恭介の攻撃は避けた。
「上!」
琴の言葉に導かれるように恭介が上を向く。
と、同時だった。
天井が、真下に落ちてきた。まるで、運転席と後部座席を隔てる様に、真下に落ちてきた。恭介と琴は反射的に身を引いてそれを避けた。
「横に止めます!」
運転手が叫ぶが、天井が落ちてきたせいで外の音が中に響き、余り正確には聞き取る事が出来なかった。
「ッ!!」
恭介が天井を押し戻すように殴ると、天井は逆に、上へと突き出すようにめくりあがった。
「おっと、」
車の上に立つ霧島雅はまさかの攻撃に半歩分後退してそれを避けた。風が強く、通常であればそんな走行をする車の上に立っていられるはずもないが、彼女は複合超能力者だ。それくらい容易くやってみせる。
強風が彼女を煽る。足元の車の動きを見て、横に停めるな、とすぐに予想できた。が、それは許さない。
「琴! 付近に他の敵もいるはずだ。見つけてくれっ!」
恭介が叫ぶ。強風の音が響いていたが、隣同士だったためか、琴にはしっかりと聞き取れた。うん、と頷き、琴は辺りを見回した。
そして、見つける。
「車を安全に停めさせなんてしないよ。殺しに来たんだからね! セツナ!」
速度を落とし始めた車上に立つ霧島雅は叫んだ。すると、
「後ろの車だ。あの真っ白にスモークの! あそこに一人いるっ!」
琴が叫ぶ。
「誰だ!?」
「ジェネシス幹部格のリーダー、流さんを撃った奴だ!」
恭介達の乗り込んだ車の数十メートル後ろを走っていた車の中にいたセツナは、車を運転したまま、超能力を発動させる。
と、
「なっ!? 運転がっ、ハンドルが利いてないっ!?」
運転手が悲痛な叫びを上げた。風の音で全てを聞き取ることは出来なかったが、言いたい事は恭介達にしっかりと伝わった。
(親父の仇の奴の力か……ッ!?)
恭介が後ろを振り返って睨む。遥か遠くに感じる距離。恭介の瞳はしっかりと白い車を運転するセツナの顔を見つけた。
「確か、セツナとか言うやつだ。あのリーダー!」
「セツナか、くそったれめ。少しはゆっくりさせてくれよ!」
そう叫んだ恭介は、自分側の扉を、思いっきり蹴り飛ばした。扉はそのまま勢い良く吹き飛び、地面を転がって、反対側の路側帯までバウンドしながら吹き飛び、壁を越えて高速道路の向こう側へと落ちていった。
扉が過ぎてから、セツナの運転する車はそこを通過する。
そのまま恭介は空いた扉のあった場所から身を乗り出し、車の上へと上半身を乗り出した。そこにはやはり、霧島雅の存在がある。
「やぁ、郁坂恭介君。久しぶりだね」
強風が音をさらう中だったが、霧島雅のその挨拶は確かに恭介に届いた。と、同時、霧島雅は郁坂恭介の顔面に向かって、思いっきり蹴りを放った。が、しかし、恭介はそれを右手で掴み取り、左手を車の天井にやって支えたまま、思いっきり、右手を引いた。
足を掬われて態勢を崩した霧島雅は、そのまま、恭介の異様なまでの力に引かれ、車から引きずりおろされ、投げ出された。
「くっ」
霧島雅の体は高速道路上に落ちると思われたが、そこに、セツナの超能力が作用し、霧島雅のその身体は空中で変に移動し、そのまま後を追うセツナの運転する車の上に落ちた。
その一瞬、セツナの力が霧島雅に発動したからなのか、恭介達の運転する車の運転が、可能になった。
加速し、壁に追突するかと思われたぎりぎりの所で、運転手がハンドルを切り、車は車道の中へと確実に戻った。
恭介も車内へと戻り、叫ぶ。
「車は少ない。最高速度で奴らとの距離を取ってくれ!」
「了解っ!」
運転手に確かに指示が届いたのだろう。その返事の後、車は一気に加速した。
それを追うセツナ達。
車の上で強風と恐ろしいばかりの重力に引かれる霧島雅だが、風や服がなびくだけで彼女は落ちる様子はない。彼女の得た新たな超能力の効果だ。
「連中の車を私の能力で落とす。ミヤビ、お前はそれを追ってくれ」
セツナが呟く様に言う。が、それは確かに霧島雅に届いた。
「了解。頼んだよ!」
霧島雅の表情はやはり、自身に満ち溢れたそれだ。この場で郁坂恭介を殺す事が出来る。そう分かっている表情である。
セツナはアクセルを強く踏み込む。車は急速に速度を上げて恭介達が乗る車を追う。
霧島雅を助け出すその一瞬早く、恭介達が車を加速させたからか、距離が少しだけ開いていた。が、その距離は一○○メートル未満。たかが十数メートル程度である。
その程度の距離は、セツナの超能力の及ぶ距離である。
セツナは直線を待った。その方が、確実だからだ。ただでさえ運転しながらという意識が他に集中している状態で、超能力を正確に発動させるのは不可能ではないが、難しい、それに、面倒だ。何かの手違いで想定外の何かが起こるのは好ましくない。
「……攻撃がやんだな」
後ろを確認しながら、恭介は呟く。呟くのはそこまで、その先に何があるか、推測する。
(何故攻撃を止めた……? あの様子じゃ霧島さんは地面に落ちた所で大したダメージを受けないだろうし、そもそも落ちなさそうだ。運転してるのはリーダー)
視線を前に戻すと、長いカーブを終えてほぼ直線なコースに差し掛かった所だった。一般人の車も多くいて、渋滞にはなっていないが、今まで出していた最高速は落とさなければならない程度の込み具合だった。
そして、察する。
「仕掛けてくるッ!!」
気付いた恭介は、扉を吹き飛ばして開けた空間から、身を乗り出した。




