10.休戦/帰還―6
結果は出ていない。だが、実際に戦闘していて、超能力を使用していて、身体が、本能が、感覚が理解している事がある。それが、自身の限界。自身の許容量。
マイトの超能力は等価変化。体表面に触れたありとあらゆるモノを変化させてしまう特殊な超能力だ。だが、どこまでの質量を持ったモノ、どこまでの勢いのあるモノ、どこまでの容量を持っているモノ、どこまでのモノを、変化させる事が出来るのか。その限界が許容量。
キーナは超能力的にも、物理的にも干渉を許さないバリアを張る絶対障壁という超能力を持っている。が、今回の件で実感した。あの零落希華の液体窒素程の強力な超能力には、許容量が足りない、と。どれだけ干渉を防ごうが、限界が来れば障壁だって破られてしまう。今まで、破る事の出来るだけの威力を持つ超能力者がいなかったからこそ、キーナは絶対的な自信を持っていたが、完全に打ち砕かれていた。それどころか、もうすぐ日本へと帰還する郁坂恭介も、もしかしたら自身の障壁を破る程の力を持って帰って来るのでは、と余計な心配をする程にまでなっていた。
エミリアはそんな二人の心中を察する。胸中を察する。そして改めて実感する。零落一族は危険だ、と。触れるモノ全てを溶かし尽くす自分でさえ、攻撃を当てられてしまうのか、という危機感も抱いた。
そんな言わずとも暗くなった雰囲気を裂くのは、やはりこの中では一番の実力者であろう、マイト。
「……正直、零落希華を倒すには、その方法しかないと思う。だが、俺達の実力では零落希華には三人がかりでも勝てない。と、なれば別の人間をぶつけるしかないだろう」
その言葉に、二人が反応を見せた。別の人間、と。
首肯し、続ける。
「候補は二人いる。一人が、ミヤビだ」
「ミヤビ、あいつ今何してるのよ」
キーナが首を傾げたが、事情を知っているエミリアは特に反応を示さなかった。
「あいつは今、セツナによって人工超能力の追加と、体術の訓練を受けている。それがどういう目的なのかは俺には分からないが、少なくとも、セツナはミヤビをセツナ以上の実力者にしようとしているのだろう。セツナに提案してミヤビを動かせば良い」
「なる程。それは分かった。で、次は?」
キーナが問う。
これは噂だが、と前置きをしてから、マイトが答えた。
「零落一族の三女だ」
その言葉には、二人とも首を傾げた。セツナと霧島雅と戦闘した時に、エミリアはセツナが何かを隠したのを覚えている。隠した言い方をしたのを覚えている。それに関する事だろう、と一瞬で察した。
マイトが言う。
「零落姉妹は全部で三人いる。ミヤビが仇だとずっと言っている長女、零落希美。それに、NPC日本本部幹部格最強の次女、零落希華。そして、NPCを裏切ってジェネシスに寝返ったと噂されている三女、零落希紀」
「零落希紀? 訊いた事はない」
キーナが眉を潜める。
キーナもエミリアも、零落姉妹の三女の存在も、その名前も、今、マイトの口から初めて訊いた。
「俺も噂でしか訊いた事がないんだが、神威業火が隠して傍に置いているとか何とか」
マイトがこの情報を知っているのは、セツナから訊いたからではない。彼が彼なりに動いたからである。正確に言うならば、セツナから盗んだ情報である。
マイトはその軌跡は説明せず、続ける。
「その女こそが、俺達なんか足元にも及ばない程の力を持った、ジェネシス最強の超能力者だと聞いた。どうにかしてこの二人、零落同士をぶつける事が出来れば、我々が手を出さずともどうにかなるのではないだろうか」
マイトの話に、エミリアが応える。
「その話の裏を取る必要がある。それに、調査もだ。存在が把握できていないなら、敵と同じ状態だ」
エミリアが警戒している。零落家の三女。よしんばマイトの話が本当だとしたら、この女が、零落姉妹の中でも一番に危険な存在である可能性が高い。揚句、零落希華でさえ、幹部格が束になっても勝利の可能性が上がらないような相手だというのだ。その力は予測しても超えるに決まっている。
「……その噂――いや、情報はどこから手に入れたの?」
キーナが迫る様に問うと、マイトは説明をした。
「セツナからだ。あの男、最近全く動きを見せないし、NPCの相手もしないと思って怪しいと疑い少しだけだが調査をさせてもらった。そこで得た情報だ。セツナが持っていた情報。何か意味があるのだろうが、そこまではわからない」
情報源が分かった。と、なればやる事も見えてくる。
「セツナから情報を引き出そう」
そう言ったのはエミリアだった。彼女には心当たりが当然ある。
(ミヤビを育てている理由と繋がったような気がした。まだ、確証は持てないけれども)
この瞬間、今まで中立、という立場だったセツナに敵とまではいかないが、楯突く存在が生まれた。一方で霧島雅は先の一件でイザムはそこまで気にしていないようでも、イニスと完全に敵対関係になっていた。中立という立場が消滅したのだ。
海塚や垣根の思う良い方向に、勝手にジェネシス幹部格は動きだしていたのだった。
57
「どうですか、もう郁坂恭介は帰ってきますよ。仕掛けるなら彼が帰ってくる直前です」
香宮霧絵はジェネシスが裏で手を引いている大学病院の一室で、その個室を占領する女に話しかけた。
イニスだ。霧島雅の衝撃爆散によって右腕を粉砕骨折し、肋骨の一部を複雑骨折、更に一部が肺に突き刺さっていたという状態だったため、入院中だったのだ。
薄緑色の病院服を着てベッドに腰を預けているイニスの表情は渋い。だが、彼女は頭までやられたわけではない。判断力は残っている。
「だとしたら、仕掛けるしかないでしょ。こんな体だけど、私の超能力は不意打ちが基本。千里眼の目を真っ先に潰して人質にする。そして、郁坂恭介を脅して殺す。これで完了。何も難しい事はないでしょ?」
強気の姿勢。これには当然理由があった。
あの日、余り干渉する事はなかったが、少なくとも味方だと思っていた後から幹部格になったいわば新人の霧島雅に舐めた態度を取られ、攻撃され、傷を負わされた。そのため、当然彼女に対する復讐心をイニスは抱く。が、それと同時に、自分が上に立つ、という対抗心も強まった。その影響で、自分が先に、霧島雅よりも先に、郁坂恭介という超重要人物を殺してやろう、霧島雅よりも強く、上の立場に立つ自分ならば出来る。と証明を急いでいたのだ。
イニスが乗り気であれば、香宮霧絵も作戦の調整をするだけである。何せ彼女には、増田典明という最強の、自由に動かす事の出来る、郁坂恭介に対して最高の効果を発揮するであろう『盾』がある。
イニスの負傷は確かに懸案となっているが、それでも、勝てる、と香宮霧絵も思っていた。
それにイニスにとって、この作戦はやはり、好都合である。千里眼を倒せるし、郁坂恭介も倒せる。この二人を殺せば、流石に神威業火も二人を見逃さないはずだ。株は急上昇する。
「作戦の詳細はまた連絡します。でも、決行は間違いなく、郁坂恭介が帰ってくるタイミング、です。帰国直後を狙って呼び出せるようにします」
「おっけー分かってる。早めに連絡を頂戴」
「わかりました。お大事に」
挨拶を交わして、お互い近く実行する作戦の成功を祈って、香宮霧絵は部屋から出ていった。
その数分後、新たにイニスを訪ねる影が合った。
入るぞ、と数回のノックをしてから部屋に入ってきたのは、病院に全く似合わない男、イザムだった。
「お前、あの女と何かすんのか?」
イザムはイニスのベッドの傍まで来て、開口一番そう問うた。




