10.休戦/帰還
10.休戦/帰還
八月下旬。もうすぐ夏休みが終わってしまうが、散々戦闘や任務に振り回されていた琴達にはあまり関係のない話だった。イザム達との一戦から、向こうの人間も休息が必要になったのか、暫くは攻撃を仕掛けて来なかったが、やはり時間が立てば遭遇し、戦闘になってしまう。何せ、相手はまだ七人存在する(NPCの人間はまだ八人いると思っている)。
ジェネシス幹部格には派閥が生まれていた。人数の減った今でも一応ながらそれは形を成している。
この前、琴達が挑んだのはイザムの派閥だ。
そして、もう一方の派閥が存在する。
「見つけたぞ、神威亜義斗」
任務を終え、渋谷の町中に隠されていたジェネシス関係の施設から脱出しようとしていた神威亜義斗の目の前に突如として現れたのは二つの影だった。
亜義斗は目を細める。
「マイトとキーナか」
そう、亜義斗の前に現れたのは『等価変化』のマイトと、『絶対障壁』のキーナだった。
狭い施設の通路で、亜義斗の進行方向を防ぐように立つ二人は、亜義斗を睨んでいる。殺しに来た、表情を見ればそれがすぐに分かった。
ジェネシス幹部格の人間は元味方であった亜義斗、菜奈の力量を知っている。つまり、NPC日本本部幹部格と同様の位置に見て、危険視をしている。故に、この仕事を片付ける事を第一に考えている派閥の二人は、亜義斗を殺しに来たのだ。
この施設は人工超能力の種類に関する実験と調査を行う施設だった。故に亜義斗に任された。
そんな施設の管理、警備は厳重で、亜義斗がどれだけ早く仕事を片付け、非戦闘要員を含めた職員全員を全滅させようが、連絡が回ってしまったのだ。そのため、この二人が立ちはだかった。
が、この状況は、一対二ではない。
「幹部格二人が堂々と殺されに来たんだ。度胸は認めてあげる」
神威亜義斗には当然、信頼がおかれるまでの監視が着けてある。それが彼女、『液体窒素』の零落希華だ。亜義斗の横に並んだ零落希華は敵二人を見る。
(女の方は確かバリア張るタイプだったような。男の方は記憶にないや)
零落希華でさえも、ジェネシス幹部格相手であれば警戒しなければならない。既に連中は味方を散々殺してきている。
零落希華はとりあえずの安心はしていた。亜義斗が敵に寝返ったりしなかったからだ。少なくとも、この段階での裏切りはない。つまり、今だけの可能性はあっても、今はともに戦う気でいるだろう、という事実がある。
が、しかし。零落希華は眉を潜めた。
(おかしいな)
二人の様子が変化しない事に疑問を抱いていた。実はこのタイミングから既に、零落希華は攻撃を仕掛けていたのだ。目では確認が難しい氷の粉を相手へと飛ばし、氷漬けにしてしまおうとしていたのだが、連中はどうしてか、そのままの状態でいる。
(女の方はバリアを張って防いでいる可能性があるにしろ、男の方は何なんだろ? 変な感じがする)
「亜義斗、あの二人の情報を」
零落希華は二人を視線で捉えたまま、亜義斗に聞く。と、亜義斗はすんなりと答えた。
「女の方はキーナ。絶対障壁という超能力です。で、男の方はマイト。等価変化という超能力です」
「等価変化? 何それ」
聞きなれない超能力に零落希華は亜義斗に聞き直したが、
「それが、良く分からない超能力なんです。警戒してください」
煮え切らない答えが返ってきた。
(良く分からないけど、その等価変化とやらの超能力で攻撃を防いでいる、と。なるほどね。まずはあの男の超能力の効果を知りたいところだね)
その、次の瞬間だった。キーナとマイトは大きく後方に下がるように跳んだ。そして、つい一瞬前、キーナとマイトがいた場所には、地面から、大きな氷柱が生える様に、氷の太すぎる、鋭利すぎる棘が横に三本ならんで、まるで通路を塞ぐように出現していた。
当然これは、零落希華の攻撃だった。
(避けたんだ。すごいすごい。攻撃の気配くらいは分かるのね。流石、ジェネシスの幹部格だ。新兵器なんて言われただけはあるね。さて、どうでるのかな? この壁がバリアじゃ壊せないよ)
そのまま零落希華は動かなかった。亜義斗が先に出ようとしたが、それも止めた。
氷の棘の向こうで、キーナは冷や汗を垂らしていた。キーナは物理的干渉も、超能力的干渉も受け付けないバリアを薄く体表面に張って先からずっと続いていた攻撃を防いでいたのだが、今の一撃を見て、その薄いバリアでは今の様な攻撃は防ぎきれない、今の一撃が避けられてよかった、と心中で吐き出していた。もし、一瞬でも判断が遅ければ、バリアがあまりの攻撃に破られ、腹を貫かれていたか、天井と氷の棘に挟まれて殺されていただろう。
(あの女の子……何て超能力を……。これが、零落の血筋なのね……)
キーナは鼓動を焦らせる心臓を落ち着かせるように、一度その場で大きく息を吐き出した。
と、同時、キーナを置いて先にマイトが動き出した。
マイトは進んで氷の棘の壁の前まで来ると、それに触れた。が、手にはその冷たい感触もなかった。これが、マイトの力なのだから当然だ。
マイトに触れられた氷の棘は、まるで、豆腐で出来ているのかと思ってしまう程に容易く、ボロボロと細かくなり、崩れ始めた。マイトがかき分けるように氷の棘を次々と触れて、落としていく。その光景には流石の零落希華も目を見張った。
(マイトとかいう男、一体何の超能力なの? あんな壊され方する氷なんて初めてみた。世界中飛んでたけど本当に初めて見る。さっきのずっと飛ばしてたダストの攻撃も効いてなかったけど、三島君の様な能力否定とは違う感じだなぁ……。でも、きっと、超能力に干渉する事の出来る超能力なのは間違いないかな?)
零落希華の推測は――間違っている。
マイトの超能力『等価変化』は超能力に対して作用しているのではなく、彼に触れるありとあらゆる、彼が正確に認識出来るものに対して、作用しているのだ。
とにかく警戒だね、と構えた零落希華の目の先で、氷の棘を並べた壁を崩し終えたマイト。道が開け、マイトとキーナがそこを通ってきて、再度対面。
「君、面白い超能力持ってるね」
挑発するような口調で零落希華は言うが、マイトは答えなかった。当然キーナも答えない。
返事もないのか、と零落希華が思った次の瞬間だった。先に、亜義斗が仕掛けた。亜義斗は駆け出し、そのまま二人へと突っ込んだ。
マイトはそんな亜義斗に反応がしっかり追いついていたが、構やしなかった。ただ一言、キーナ、と彼女の名を呟いただけだった。
だが、その一言がキーナにしっかりと指示を飛ばしていた。
亜義斗の足は止めるしかなかった。マイトのすぐ目の前で、亜義斗はキーナの出現させたバリアに、閉じ込められてしまった。零落希華がその光景を見て目を開いた。
「そのバリア、そう言えば球体にして人間を閉じ込める事も出来たんだったね」
過去に見た記憶を思い出してそう言うと、やっとキーナが返事を返した。
「その通り。と、いうわけで」
その言葉の直後、零落希華もバリアに包み込まれてしまった。
「おっと」
思わずそんな声を漏らしたが、零落希華は至って冷静だった。
敢えて表情を何かを隠し持っている様な、そんな怪しい笑みに変えて、零落希華は問う。
「別にいいんだけど、一応聞いておくね。このバリア、確か物理的にも超能力的にも干渉は出来ないんだよね。ウチの頭殺した時にそんな事を言ってた記憶があるんだけど。それでさ、そんな完璧な盾に私達を閉じ込めて、どうやって私達を殺す気なのかな?」
弱点。これが、キーナの超能力『絶対障壁』の弱点だと零落希華は睨んだ。




