9.襲撃―8
三島はここで、即座に走り出した。その判断は、間違っていなかった。
「もう面倒だから考えんのはヤメだ。お前から殺すわ」
イザムは確かに、秋山に向かってそう言った。その声色から、本気である事、そして、確実である事を理解した。秋山も危険を感じた。
イザムが両手を交差させるようにして、そして、それを開く様に腕を振るった。ただ、それだけだった。だが、それである。
同時、三島の早い判断が良かった。三島は秋山の前に出た。そして、受け止める。イザムが飛ばした、その『切断』が、三島に正面から衝突した。
そうだ、三島の攻撃は、遠距離型でもあるのだ。
(雑魚相手に見せる力じゃねぇが、相性が悪い。仕方ねぇって事だ)
イザムの飛ばしたその切断を、三島が受け止めた。だが、しかし。
「ッぐぅううううあああああ!!」
三島の背後で、悲鳴が聞こえた。
三島の超能力能力否定は、圧倒的防御力を超能力に対して働かせる。故に、その衝撃から何からを無効化した。つまり、今の攻撃で三島が負った被害は、服に切れ後が残った。その程度である。
だが、規模が予想以上だった。
イザムの飛ばしたその切断。それは、飛ばした場合に限りだが、その攻撃は、距離を延ばすのに比例し、その攻撃範囲、威力が増大してゆくという特性を持っている。
三島の背後からわずかに見えていただけの秋山の肩から、噴水の様に鮮血が噴き出していた。三島が振り返って見てみると、秋山の右肩が、皮一枚でずれている状態にまでなっていて、二秒後には、秋山の肩から右腕が重力に引かれて生々しい鮮血を吹き出しながら落ちた。
三島のそれでも守り切れない程の、大きな攻撃。
イザムはその様子を見て舌打ちをした。やはりこの男が一番危険だ、と三島を見て判断した。
(判断が早すぎるだろ、あの強気の奴。おかげで殺し損ねたじゃねぇか)
そして、ハッキリとした事実。秋山では、切断を防ぐ事が出来ない。
(あの強気の奴が邪魔だが、とにかくあの若いのを殺して数を減らすか。いそがねぇと、さっき逃しちまった菜奈と千里眼と、氷の女が戻ってくるかもしれねぇし。後、『あいつら』も痺れを切らして手を出してくる可能性があっからな。千里眼いたし、きっと我慢の限界もきてんだろ)
イザムはここから追い込みをかける。
そのまま、即座に二撃。連続で切断を放った。
「ッ!!」
三島は判断を遅らせてしまった。当然だ。ただ前に立って攻撃を防いでも、相手の攻撃は背後の秋山に到達してしまうのだから。距離によって攻撃範囲が広がり、威力まで大きくなる、という事実を三島はまだ把握できていない。そして、切断の攻撃は不可視だ。どうすれば、三島を守り切る事が出来るか、判断が出来なかった。
三島の判断が決まる前に、攻撃が到達してしまった。
が、今回の二撃は秋山には到達しなかった。秋山が腕を抑えてしゃがみこんだのもあるだろう。三島に当たった分の切断は当然、無効化された。
その突然襲い掛かってきた状況の転換には当然、笹中も危機感を抱いた。
「秋山……ッ!!」
笹中は動いた。背中を見せている三島に一気に距離を詰めた。イザムは気配でそれを察し、即座に振り返った。やはり、接近までの動きに違和感を覚えたが、拳を交えるその瞬間には関係のない事である。
イザムと笹中が拳を交え始めた所で、秋山と三島の二人には余裕が生まれた。三島は即座に振り返り、膝を地に落とした秋山に声をかけ、様子を見た。
「大丈夫か、秋山」
そう声はかけるが、大丈夫ではない事は分かっていた。秋山は首を横に振った。
(右肩から先が飛んでるな。切り口は綺麗だから、早急に手当さえして腕と一緒に医者に持ってけばくっつきはするだろう。……が、もう戦闘は無理だな。だが、秋山。お前の『仕掛け』は役に立つ。十分だ)
「だろうな、後は俺と笹中に任せろ」
そう言って、三島は秋山にこの場から離れる様に指示を出した。出来るならNPCメンバーと合流して、すぐに医者の所に行ってくれ、と指示を出した。
そして、秋山はふらふらとした非常に不安定な歩きでこの場から離れた。イザムは笹中が相手をしている。秋山は時間をかけてだが、確かにこの施設から出てゆく事に成功した。
(戦線離脱か、まぁ、追いはしえねぇよ。俺の目標はあくまで神威菜奈だからよ)
イザムは笹中と体術戦をこなしながらも、秋山の遁走に気付いていたが、そして、それに追い打ちをかける程度の事は出来たが、敢えて見逃した。イザムにとってこの場で戦えない人間は存在しないも同じ。イザムが追う理由はなかった。
だが、しかし。見逃さない人間もいる。
施設敷地からやっと外に出た秋山は右肩に走る痛みに耐え、ひたすら足に力を込めて歩みを進めていた。もう少し進んで、戦闘の音が聞こえない程度の距離を取れたらNPCに連絡を入れようと思った。
だが、しかし。
「うっ、」
声が漏れた。そして、痛みが走った。喉だ。突如として、喉が恐ろしく熱を帯びた。
見えない。視線を下げた所で喉がどうなっているのか見えやしない。だが、分かる。
(刺された――!?)
だが、目の前には誰もいない。喉に何か、鋭利な何かが刺さっている様な感触があり、外傷も確かにそうなっているのだが、刺さっている何かは確認できない。
抵抗は、出来なかった。秋山が理解に追いつく前に、秋山の喉に突き刺さっているその確認できない何かは、真っ直ぐ横に、引き裂く様に、動いた。
「かっ……、あ、あぁ……」
声は出なかった。呻き声が漏れただけだった。切り落とされた肩口よりも、鮮血が流れ出して止まる事のない肩口よりも、今は喉を焼く熱が痛かった。
体に力が入らなかった。自然と膝が地面に落ちた。そのまま流れるように体も地面に伏せた。もうこの時点で、体中を駆け巡る痛みと熱に感覚の全てを支配され、秋山は動けなかった。
すぐ目の前の土の地面に、誰もいないというのに、どうしてか浮かび上がってきた足跡が、秋山が最後に見た光景だった。
イザムは笹中と三島の二人を相手していた。イザムは正直、苦戦していた。超能力の相性の関係で今、この戦いは完全に肉弾戦となっていた。イザムもそれなりに体術は上手い方だが、しかし、三島には及ばない。単純な一対一の構図になれば、イザムを組み伏せる事は容易い。が、二対一の形が、三島の動きを逆に制限してしまっていた。
が、この形が笹中の動きをよくしていたため、問題はない。
組み伏せる事での無力化は、相手が相手なだけに不安が残る。だが、打撃でダメージを蓄積させ、そのまま無力化出来れば、つまり、相手に戦う意思さえ失わせてしまえば、安心だ。打撃でのダメージは圧倒的に硬質化系の超能力硬質化を持っている笹中の方が上だ。
実際、今、イザムは有利な展開に持ち込める状態を保ちつつも、体にダメージを蓄積させていた。動きが鈍ってはいないが、節々が痛む様に、動きに違和感を感じ始めていた。
(チッ、本当に面倒な展開になったな畜生)
イザムは二人を殺すタイミングを失っていた。そもそも、二人には切断が効かない。どうやって殺すか、そこが懸案となっていた。三島の方は、最悪肉弾戦で殺す事が出来ないわけでもない。だが、笹中は不可能だ。超能力が通らない。肉弾戦でダメージを与える事が出来ない。
相性は最悪だった。だがまだ、イザムは諦めやしない。
だが、そんな時だった。
「ッぐあ!」
突如として、三島がそんな悲痛な呻き声を上げ、数歩後退した。
「三島!?」
三島の突然の行動に気を取られ、余所見をしてしまった笹中に、
「オオラァッ!!」
イザムの強烈な蹴りが叩き込まれ、笹中は大きく後方に飛んで転がった。
不意に膝を地面に落とした三島を見て、イザムは表情を忌々し気に歪め、不快感を最大まで表現するような舌打ちをした。そして、叫ぶように言う。
「出てくるなって言っただろうが! イニスッ!!」




