9.襲撃―5
イザムだって暑さを感じているのは同じだろう。菜奈だってそうだ。だが、桃は違う。桃はその超能力の特性故に、体温の調節が出来ている。それは意図的なモノ、熟練による自動化ではないが、自然に体温を適切な、自身が心地よいと思う温度に調節しているのだ。季節に合わせて服装を変えるが、本当の所、桃にはその必要はない。
桃が待ち構えるのは二階。イザムが一階の端まで行って、階段を上って折り返せば桃の番だ。
イザムの進行に合わせて身を隠しながら、気配を察せられるギリギリのラインで菜奈が尾行する。二階に上がってしまえば挟み撃ちが決まる。
当然、イザムと正面から戦うのは良くない。桃が仕掛けるのは当然不意打ちである。
イザムが一階の端にまで到達し、一度振り返って来た道を確認するが、当然菜奈の姿は見えない。
(菜奈が後ろにいるな……気配は感じ取れないが、絶対にいるな。脇道が合ったようには見えなかったしよ。って事はこの先にもう一人か二人、いるな)
イザムは挟み撃ちを予測していた。当然だ。少し考えて現状を見れば簡単に予測できるモノだ。それは、琴も予測していた。イザムなら気付くと思っていた。思った上でのこの選択である。不意打ちで重要なのは攻撃のタイミングだ、と琴はこの状況での最善を考えて指示を出しているのだ。
(イザムの動きは正直すごい。超能力なしで戦ったとしても勝てるって確実な自信は持てない。桃ちゃんの攻撃が当たらなかったら、最悪の事態を考えないといけない)
応援は出したが、それは来ないと仮定して琴は作戦を練っている。来れば恩の字。その程度だ。
「三秒後、頼むよ。桃ちゃん」
琴は千里眼で下の階にいるイザムを見下ろしながら、そう指示をインカムで飛ばした。
イザムは階段を何事もなく登り切って二階へと出た。そのまま三階に上がる階段はあるが、イザムの一撃によって先が潰されているため、ここの階段は使えない。三階を目指すならば廊下を進んで反対側に出なければならないのだ。
イザムは一度窓の傍に寄り、外を見下ろす。見逃して敵を逃がしていないかの確認だろう。が、外に変化はない。走っている人影も見当たらない。それに、イザムの予想では菜奈がまだついて来ているはずだ。
(全員まだこの建物の中だな。かくれんぼで決着を付ける気か。……いいねぇ、面白い。たまには正面からの衝突以外のこういう考えを捻った戦闘も悪くねぇわ)
イザムは不適に笑んで、窓から目を離して二階の廊下を進む。この施設は学校のそれと構造が良く似ている。廊下があり、校庭の様な広場側と教室の様な部屋側とある。当然隠れる場所があるのは部屋側。その中だ。
イザムは部屋側を警戒しながら廊下を非常に遅い速度で進む。廊下から部屋の中はほぼ視線と同じ高さにある小窓から覗く事が出来る。当然近づいて覗き込まなけれな全ては確認できないが、イザムは敢えて近づかずに進んでいた。
仕掛けてくるつもりなら、どう通ろうが仕掛けてくるからだ。
イザムが廊下の中央に差し掛かった時だ。
「!?」
イザムは振り返った。僅かな空気の揺らぎを感じたからだ。そうして見えてきたのは威力圧縮の球体が一つ。
(またかよ!?)
てっきりもう一人が襲撃してくると思っていたイザムは、突然の背後からの奇襲には驚いた。故に判断が一瞬遅れた。が、イザムはその球体を避けた。身を横に翻して顔の前を球体に素通りさせた。球体を避けたと同時にイザムは来た道を戻る様にそのまま走り出した。
先に、菜奈の姿が見えたからだ。
「目標発見!」
思わず口元が緩んでいた。やっと殺せる。そう思っていた。このかくれんぼという状況を楽しむ様に自分に言い聞かせていたイザムだが、結局、彼の性格上登場を待つのは苦手だった。
イザムのその進行方向の転換は、桃から見れば餌につられて余所見をしてしまった動物でしかない。
すぐ傍の部屋の扉に身を隠して待機していた桃が仕掛ける。
イザムのすぐ後ろの位置を、恐ろしい程にひしゃげた扉が通過して、広場側が見下ろせる窓に衝突した。恐ろしい音量の音が鳴る。扉はそのまま窓を突き破り、広場の方へと飛んで落ちていった。
その音に当然イザムは気付くが、イザムは背後のその攻撃に誰かの存在以外の意味を見出さず、そのまま菜奈へと一直線に駆けた。
これもまた、予想通り。菜奈が狙いだと察した琴の勝利だ。
その扉が広場に出たと同時、桃がイザムの後方に立つ。挟み撃ちの構図は完成した。
イザムは振り返らずに菜奈へと向かっている。二人の距離は残り三メートル程にまで縮んだ。
そこで、菜奈が威力圧縮を放った。が、イザムはそれを見切り、一時足を止めて身を翻し、放たれた球体を避けた。球体は桃の横をも通り過ぎて、老化の奥で炸裂し、壁を吹き飛ばしていた。
そこもまた、予想通り。最悪の可能性を想定した上でだ。
菜奈が攻撃をした時同時に、桃も攻撃を仕掛けていた。桃が手を振るうとそこから水が生き物のようにうねりながらイザムへと飛び、イザムの足元に到達し――捉えた。
「って、テメェ!」
そこでようやく、イザムは首だけで振り返り、桃を認識して敵だと判断した。
が、捕まってしまってはもう遅い。桃の放つ超能力は水であり、氷。そして質量の変化に恐ろしく強い。空気中の水分すらをも利用する事が可能であるため、(ただし、桃自身が生み出した氷に触れている部分のみであり、そこからさらに面積を増やして増殖させる)速度も恐ろしく早い。
一瞬だ。その速さは閃光にこそ劣れど、音速に近い速度で進行した。
イザムが何かを叫ぼうとしたと同時、イザムの体は一瞬にして氷漬けの氷人形と化した。足元に這った氷が一気にその体積を増やし、彼を包み込んだのだ。
桃の超能力も、熟練していた。ここまでの速さで氷漬けにする事が出来るようになっていたのだ。
その様子を一階上から千里眼で見下ろしていた琴は思う。
(こりゃもっと熟練させれば、液体窒素に近い超能力になるかもね、桃ちゃん。楽しみだ)
琴は様子を確認した上で、インカムで声を飛ばす。
「どう? そのまま氷漬けで死んでくれそうかな?」
琴の言葉には桃が返した。その間に菜奈は氷漬けのイザムを避ける様に回って桃の隣に立った。
「どうだろ。動く様子もないけど、一応、ジェネシス幹部格の人間だしね」
『菜奈ちゃんはどうかな? イザム動くと思う?』
「動く可能性は否定できない。判断さえ効いてれば、イザムなら切断してもおかしくないと思う。でも、動かないからなぁ……。それに、桃ちゃんのこの超能力が、今の一撃でイザムの体の中まで凍らせたなら、多分もう動かないと思う」
『そこんとこどーなの? 桃ちゃん』
敵がジェネシス幹部格とだけあって琴も慎重だ。
「普段の雑魚相手の時は凍ってる時が多いんだけど、確率なの。そこまではまだ上手く操れないから……。試してみる」
そう答えた桃は、氷で作った巨大なハンマーを右手に出現させた。そして、それを構え、そのまま一気に、氷漬けのイザムへと振った。
が、その時だった。
何かが、イザムから拡散された。その衝撃に反応した菜奈が不可視の何かを展開して桃の前に出て守り切ったが、その威力に押し負け、二人は大きく後方へと吹き飛ばされた。
そして、見てみれば、イザムが、氷漬けではない普通の状態で、立っていた。彼の足元にはすぐに解け始めた小さな氷の粒が無数に落ちていた。
イザムは二人を見て不気味に笑み、そして吐き出す。
「あぶねぇあぶねぇ。流石にあのハンマーで叩かれたら体が持たねぇからよぉ。つーかあの程度で俺を倒せたと思ったわけ? ありえねぇから」
切断のその能力。どうやら全身から放つ事が可能なようだ。




