8.後天的超能力―13
香宮霧絵の超能力の一つ、それが、『意識操作』。簡単に言えば、人の自由を奪い、操る超能力である。使い方次第では最強最悪の超能力である。そして、香宮霧絵が最初に得た人工超能力だ。
裏の世界に若いうちから無理して足を踏み入れてきた香宮霧絵。表の人間との付き合いと、裏の世界の人間の付き合いを使い分ける香宮霧絵にとって、これ程使いやすい超能力はなかった。
「目を合わせて一○秒。相手も逸らさなければ私の超能力で近藤蜜柑の意識を奪う」
香宮霧絵は呟くように言った。隣を歩く典明は不適に笑んで頷いた。
典明もまた、香宮霧絵の意識操作によって操られているが――自覚が出来ていない。操られているのだが、操られているという自覚がない。自身は進んで香宮霧絵に協力していると思い込んでいる。
香宮霧絵が典明を操っているのは、当然、恭介との対峙の時のためである。友人の、親友の典明を攻撃できまい、殺す事はできまいと香宮霧絵は、増田典明を盾の役割で使っている。最初から、そうだった。の、だが。盾役だけでは余る様になってきた。それは、典明が人工超能力を得たからだ。
典明の得た人工超能力は戦闘用超能力。戦力としては十分だった。もとよりスポーツ少年だった典明の身体能力は高い。
典明は香宮霧絵にとって、使える、男になっていた。盾としての役割は、今のところ、最終手段となっていた。それに、まだ恭介は日本に戻ってすらいない。
(近藤蜜柑も盾になる。出来れば素の状態で業火さんに渡したかったんだけど……、仕方ないでしょ)
蜜柑の後をつける三人と、それをつける二人。
三人はまだ、二人には気付いていない。
蜜柑は尾行に、当然、気付いていた。誘い出したのだ。気付くよりも前にとっくに知っている。髪で隠したインカムに四十万の声が飛んできて追跡が始まったそのタイミングも分かっていて、大凡どれ程離れたどの方角の位置にいるかも分かっている。
分かっていないのは、相手がどんな超能力を保持しているのか、それだけである。
今、気付かれていないとしたら、蜜柑達は圧倒的に有利な立場にある。相手は人気の少ない所にはいった時点でまず、仕掛けてくるだろう。だが、それはこちらも同じ。移動ルートと目的の場所を把握している分、四十万達の方が圧倒的に攻めやすい。
限界まで有利な状態に持ち込めていた。が、やはり、相手の超能力には警戒せねばならない。杞憂であればよいが、そう上手くいかないのが、人工超能力だ。
人工超能力は何も欲しいモノを欲しいだけ手に入れる事が出来るわけではない。個々によって人工超能力をどれだけ保持する事が出来るか、という許容量もあり、そして、体に入れる事の出来る適正、適応がある。
暫くすると、
(予定通り、後数秒で仕掛ける!)
蜜柑が目的の場所まで辿り着いた。
渋谷駅からそう遠くない、この日のこの状況を作り出すために、金の力任せにクラブを貸し切った。スタッフすらも追い出した。楽器店の下にあるキャパ二○○人程の中規模箱だった。
カモフラージュ用に表にイベントの看板を掲げてある。それをわざとらしく一瞥した蜜柑は入口の扉を開けて、階段を下って下へと向かう。その数秒後に、典明達も中へと脚を踏み入れた。
蜜柑は途中にある中二階の上からステージを見下ろす事の出来るフロアを通り過ぎて、そのまま進み、一番下のクラブエリアの、スタッフルーム、バーカウンターへと飛び込んだ。
蜜柑は超能力者ではない。戦闘は、出来ない。
典明達がクラブへと足を踏み入れて入口の扉が閉まったと同時だった。二人が仕掛けたのは。
『三島行くぞ!』
「あぁ」
先陣を切ったのは四十万だった。四十万はそのまま入口の扉をぶち壊す勢いでクラブへと飛び込み、階段に差し掛かったばかりだった典明の背中に、そのままの勢いでドロップキックを叩き込んだ。
典明達は入口扉が強引に開けられた音で振り返ったが、振り返ったそこには、四十万の両足の靴の裏。
四十万の両足が典明の鼻面を叩いた。嫌な音がした。典明は大げさに後ろに倒れ、その前にいた林檎と香宮を巻き込みながら階段から転げ落ちた。四十万は典明を蹴った勢いで態勢を崩したが、なんとか階段上に着地する事が出来て、すぐに階段を下って降りた。
追撃を狙った。態勢を崩している連中を狙わねば、もしかすると、四十万の攻撃は通らないかもしれない。叩き込める内に叩き込んでおくべきだ。
四十万が階段を降り切った所で、三島が入口扉を蹴って開けてクラブへと入った。そして、典明達は三人が絡み合っていて、態勢を立て直すのに時間を要していた。
階段の踊り場に到達した四十万は仕掛ける。倒れてがんじがらめになっていた典明をまず、狙った。
四十万の不安材料はまず典明だった。
(この男は、危険だ)
それは、郁坂恭介の脅威になりえる可能性があるから。郁坂恭介がNPCにとって、最重要人物となりつつある事を四十万も理解している。
典明に飛び掛かり、そのまま馬乗りになって三人とも纏めて抑え込んでしまおうと四十万が固い床を蹴り、跳んだ。
だが、典明は敵の襲撃を既に、理解している。
飛び込んできた四十万が変装の超能力者である事は既に知っている。そして、NPCが人工超能力を受け入れるはずがない事を知っている。更に、変装がどんな超能力か大凡の理解をしている。
つまり、四十万の攻撃が単純な肉体での打撃である事を知っている。
典明の蹴りが、飛び込んできた四十万の腹に入った。四十万の表情が歪む。そして、そのまま、典明は足を頭の方に思いっきり振り上げ、踊り場の先にある中二階の小さなフロアに四十万を受け流した。
うめき声を上げながら四十万は典明の蹴りによって典明達を越えて、中二階へと転がった。落下防止の鉄柵にぶつかってその体が転がるのはやっと止まった。
その間に、典明がまず立ち上がり、香宮、林檎と続いて立ち上がった。丁度中二階の真下に位置するバーカウンターに身を隠している蜜柑は、頭上から響いた音を聞いて、始まった、と気付いた。
四十万が立ち上がったその瞬間だった。目の前に、まるで仕返しをする様に、典明の両足の靴の裏が迫っていた。
衝突音と、何かが折れる様な、砕ける様な音。四十万の体が腰付近にあたっていた鉄柵を軸に回転する様に、頭が思いっきり下がり、そして、典明と四十万は、鉄柵を超えて一階のフロアへと落ちた。四十万は背中を思いっきり打ち付けて落ち、その痛みに悶えてすぐには態勢を立て直せなかった。だが、典明はそんな状態の四十万のすぐ脇に着地して、短い時間で態勢を立て直した。
音が近くなった事ですぐに蜜柑は気付いた。
(一階に降りてきた!!)
蜜柑は更に身を低くした。今は、四十万と三島を信じて結果を待つしかない。
仕掛けるのは当然、典明。その攻撃は本当に、つい数ヶ月前まで一般の表の世界にいたのか、と思える程に容赦がなかった。
典明の接近に即座に気付いて痛みに無理矢理耐えて立ち上がろうとした四十万の顔面に、典明の右足の爪先が叩き込まれた。
「ッぶ!!」
四十万の鼻梁が不気味に曲がり、鼻は完全に折れた。そして四十万の体は大きく後方に叩きつけられるように倒れ、すぐには立ち上がれない。そこに、追撃。すぐには立ち上がれない状態の、鼻から溢れ出る血によって顔面が真っ赤に染まった四十万の首に、典明の右足がそのまま叩き下ろされた。
四十万から変な声が漏れた。そして、口からも鮮血が吐き出された。
典明は右足に力を込めたまま、右手に、『稲妻』を宿した。
「雷撃。これ、恭介も持ってんだろ? 俺のと恭介の、どっちがつえーか試してみるか」




