8.後天的超能力―9
突然の事だった。突然の事だったが、ジェネシス幹部格でその力を誇るエミリアには、一瞬で判断がついた。見えた。動きの全てが見えた。霧島雅が今、この瞬間、何をしたのか、どう考えていたのか、全て見切った。
エミリアは即座に横に飛んだ。エミリアまでの地面と、その背後にあった木製の柵が穿たれ、弾け飛んだ。
エミリアだって当然、霧島雅のその超能力を知っている。
衝撃砲。彼女が幹部格になる前の事だ。零落希美を超能力者だと思ったのは霧島雅がフレギオールで特異の力と呼ばれる超能力を目の当たりにしてからだった。
ずっと、疑っていた。あの日みた光景が本物だったかどうか。姉に言われた通り、姉が思っていた通り、極度の緊張から記憶が書き換えられてしまっていた可能性だって自身で否定できなかった。
だが、フレギオールでの一件から確信に変わった。
まさか身の周りに超能力者がいるとは思わなかった。フレギオールのトップ五十嵐喜助、補佐役である軽磨。そして、郁坂恭介達NPCの存在。
あの一件で超能力を現存するモノだと確信し、更に人工超能力という後天的超能力があると知ってから、霧島雅はその力を欲した。
ジェネシスに身を売り、元の身体能力の高さ、闘技場で鍛えた後天的な能力の高さ、そして何よりである、霧島雅の人工超能力の適正の高さが彼女を容易く人工超能力へと導いた。
彼女は当然それを容易く受け入れた。求めたモノだ。拒否する理由はない。
セツナは彼女のその人工超能力の適正の高さに目を付けた。零落希紀を倒すには彼女の力が無ければいけないと思った。
故に、彼女に新たな力を与えた。
「裏切りなの? 霧島雅」
エミリアは横に飛んだ後、即座に態勢を立て直し、一気に距離を詰める様に前進しながら、駆けながらそう吐いた。
だが、違う。
「違う。これは命令」
セツナによる命令である。
「命令?」
エミリアが正面から向かってきていた。だが、正面から一直線の軌跡など霧島雅の衝撃砲による恰好の的である。霧島雅の衝撃砲はまず、一直線にしか飛ばない銃弾の様な攻撃なのだから。
霧島雅が拳を振るうと、正面のエミリアに衝撃砲が一直線に飛んだ。それは散弾ともいえる範囲での平面な衝撃。
だが、エミリアはまたしても見切る。
見切り自体は容易い。エミリアには霧島雅の動きが見えていたし、攻撃は一直線でしか飛んでこない。
エミリアは衝撃砲の攻撃範囲まで全て読んだ上で、その攻撃範囲からほんの数センチ外れる程度横に飛び、そして、また前進。これだけで霧島雅との距離は半分以下にまで一気に縮まった。
残り三メートル強。
その後も、二度の攻撃。エミリアはそれらを避けた。そして、距離は失われる。
エミリアが近づいたのは当然、攻撃のためである。
彼女の超能力は強制酸化。触れたモノを溶かす力である。
エミリアの掌が霧島雅の顔面に迫った。掴まれれば一瞬で顔表面の皮膚を溶かされ、まず視力、嗅覚を奪われるだろう。
だが、霧島雅も対人に関して手練れである。闘技場で無能力者の時から、ずっと、法外の何でもありの戦場に一人で立ってきたのだから。
体を僅かに逸らしてエミリアの腕を避けた霧島雅は空いたエミリアの懐に拳を突き出した。衝撃砲。
衝撃砲は単純な分類をすれば、中距離攻撃である。衝撃を飛ばし、ダメージとするのだ。
拳は触れない。エミリアに触れればダメージを受ける。拳はエミリアの水月に触れる寸前の所で止まり、そして、衝撃砲が放たれる。
だが、エミリアはそれすらも見切っていた。エミリアが手を伸ばしたのはあくまでフェイント。エミリアには霧島雅が放つ攻撃は読めていた。つまり、誘い出した。
エミリアの体が横にずれる。衝撃砲はその横を通り過ぎた。
そこから、エミリアの蹴りが霧島雅の腹部に向かって放たれた。横っ腹を穿つような回し蹴りに近い蹴りだった。
「ッ!!」
反応。だが、避けきれない。
霧島雅はそれを腕で防いだ。瞬間、熱、痛み。霧島雅の表情が歪んだ。
単純に蹴りの衝撃で霧島雅が横に吹き飛んだ。が、すぐに地面を蹴り、態勢は立て直した。
痛みが続き出した。腕を見る。たった一瞬の接触だというのに、腕の部分が焼けただれた様に皮膚が歪んでいた。少し触れれば皮膚の表面がずる向けるような状態。
だが、戦えないわけではない。
蹴り飛ばされて出来た距離は大したそれではない。エミリアが追撃をかける。すぐに地を蹴り、一瞬で接近。接近されたその時、霧島雅の態勢は整っていた。
そして、再度衝撃砲が放たれる。目の前にいたエミリアに向けて拳を振るった。だが、その拳はエミリアに払われて衝撃砲は放てなかった。その一瞬の接触でさえ、霧島雅の皮膚を焼いた。
霧島雅の表情が歪む。だが、それは単純な痛みによる歪み。決して、相手に畏怖する歪みではない。
勝てない、強い、倒し方が分からない。霧島雅の頭の中にそんな言葉はなかった。自信で満ち溢れていた。
これが、最強。この程度が最強。
(勝てる)
霧島雅はセツナによって強化を施されている。その強化は、現在神威業火が最強だと認める超能力者零落希紀を倒すために強化されているのだ。つまり、零落希紀以下と見られているエミリア等、踏み台に過ぎない。
まだまだ、霧島雅の超能力の強化は終わっていない。まだまだ彼女は成長出来る。まだ零落希紀に及んではいなかろうが、それでも、十二分。
一瞬のやり取りだった。
それは、エミリアが勝ちを確信した瞬間だった。
霧島雅が蹴りを放った。ハイキック。エミリアの頬を嬲るような右からの蹴り。衝撃砲を警戒したエミリアだが、衝撃砲は飛ばなかった。霧島雅は触れる事を恐れなかった。エミリアがそう判断したのは一瞬の何分の一という恐ろしく短い時間。衝撃砲が飛んでこないと判断した時には既に、エミリアの頬に足の甲が触れていた。
当然、エミリアは衝撃砲を予知して避けようとしていた。――のではない。エミリアは衝撃砲を受けてしまおうとしていた。
エミリアの超能力強制酸化に限らず、ジェネシス幹部格の人工超能力は薬漬けにされる事で以上な肉体強化を経て、熟練度を上げている。零落希華の様な自動化まではそう簡単に行かないし、暴走状態を恐れて強化自体を徹底管理されているため、知られているだけの完全な状態までの熟練はされないが、それでも、かなり熟練されている。
それだけの超能力がただ触れて溶かす、だけなはずがない。
そもそも、セツナに勝てると言われる程の超能力だ。セツナの超能力に対する相性が良いのか、それとも、相性の関係なしで勝てるモノなのか、それは分からない。だが、それ程の超能力。
彼女の超能力、強制酸化には自動化はない。そこまで熟練されていない。だが、触れる事で発動する超能力である。ある意味での、自動化。
霧島雅のハイキックが、エミリアの顔面に『埋まった』。
激痛が霧島雅の足を覆った。そして、持続した。
見れば、分かる。すぐにでも分かる。肉体の、酸化。エミリアの顔半分が半液体状になって霧島の足を捉えていた。そして、笑っていた。
勝った。そう思ったのは当然、エミリア。
(新人が私に挑もうなんて早すぎるんだよ。舐めてるのか。この力を出させたのは褒めるよ。それもこんな短い時間で。でも、霧島雅、お前じゃあ私には勝てない)
いや、違う。勝った、そう思ったのは、両者。
誤算だった。エミリアは肉体の酸化を使わずして済む戦いでは使用しない。触れれば、それで十分なのだから。故に、知られていないと思っていた。だが、違う。霧島雅は知っている。彼女のこの超能力のこの力を。
待っていた。むしろ、誘い出した。
攻撃を開始したその瞬間から霧島雅はエミリアのその格闘センスを見切っていた。エミリアが薬漬けにされていた間も、その遥か前からも、彼女は対人戦闘を積んできたのだ。
経験は、霧島雅のほうが断然上。
相手の見分け、そして、攻撃の誘い出しまでの判断。彼女に叶うモノはそうそういない。NPCで特殊な訓練を受けている郁坂恭介だって当時無能力者だった彼女には容易くいなされたのだ。彼女の力は計り知れない。故に、セツナにも目をつけられた。
そして、発動。衝撃砲ではない、他の超能力。




