8.後天的超能力―7
霧島深月は現在の零落希美のあり方を知らない。当然、超能力の暴走についても何の知識もない。
海塚は説明する。
「超能力は使い慣らす事で成長する。雷系統の超能力者が最初は静電気程度のそれしか出せなかったが、使って行く内に稲妻を呼び出せる程になる、と言った具合にだ。だが、ごくまれに、その慣れが行き過ぎてしまい、超能力が常時発動してしまったりする現象がある。それが、暴走だ」
時折相槌を打って話しを聞いていた霧島深月の様子を確認しながら、海塚は続けた。
「零落希美は自身の超能力『不死鳥』を暴走させてしまい、今現在、このNPC日本本部の地下で隔離され、あの日から未だに燃え続けている」
宣告。霧島深月にとってその言葉は宣告だった。
聞いて、衝撃を受けたのは言うまでもないが、それよりも先に、刑事として気になった事があった。親の事を後に回して、霧島深月はまずそれについて、問うた。
「超能力の暴走って……!! じゃあ、これから発売されるって話の人工超能力は……?」
霧島深月が気になったのはそこだった。天然超能力の存在を知っている彼女は、そもそも最初から人工超能力に違和感を覚えていた。その正体が、これだったのかもしれない。
「どうだろうか。それは分からない。少なくとも一般人が手にする事の出来る超能力は今の所だが、生活に少し役に立つ程度のモノだけだ。公に発表している戦闘用の超能力は自衛隊員にしか配給されない。俺が思うに、人工超能力の危険な所は他にあると思う。当然、暴走のリスクもそうだろうが、きっと何か違うモノがあると睨んでいる」
「他の危険?」
「そうだ。それが何かは分からないが、そもそも天然超能力は存在が認められていない。故にその危険が世間一般に伝わらない。そこをついた何かを『仕掛けてある』と我々は睨んでいる」
さて、話を戻そう、と海塚は話を変えた。
「霧島深月。君が望むならば、今現在の零落希美を確認させてやれる。どうする?」
海塚は事情を知っている。知っているからこその、提案。今現在の零落希美のその手を出す事が出来ない状態を見せて、両親の仇の話に一段落つけさせようという事だ。何にせよ、行き着く先は現状ではそれだが、早く終わらせるための提案だ。
霧島深月は悩まなかった。仇をこの目で見たいと思った事もあったが、それについては今、彼女の心は揺れていた。NPCの存在が悪しき存在だとは思えなかった。思えていなかった。まだジェネシスとNPCの関係もイマイチ理解出来ていなかったが、それでも、今の自分から見て、悪だったのは両親の方だったのではないかと思い始めていたからだ。それに、彼女は今、超能力の存在を追っていた。超能力の暴走、単純に興味があった。
「学校の地下にこの規模の施設、異常だ」
煤島礼二は海塚と出会ってまず、そう言った。そして、海塚の隣に座る霧島深月の顔を見て、眉を潜めて言った。
「霧島、お前もここで何をしているんだ」
何かを疑うような煤島の真っ直ぐな視線に霧島深月は真っ直ぐな視線を突き返して応える。
「課長。ここに真実がありました」
「何を言っているんだ?」
現状が理解出来ていない煤島は今日、霧島深月に呼ばれてここに来ていた。超能力に興味を持っていた霧島深月を超能力を餌に呼び出し、仲間に導き、そして、霧島深月を信頼する煤島を霧島深月に呼び出してもらう。二人をここに呼ぶにはこれが確実且つ簡単だった。
そこから海塚は、自身の超能力をお披露目しつつ、超能力という存在について語った。説明した。実物を見て当然、煤島も目を丸くして驚いてしまっていた。
全てを説明した。人工超能力の危険についてもだ。だが、彼には零落一族の話も、霧島一族の話もしなかった。その代わりに、神威一族の話をした。隣にいた霧島深月もそれはまだ初耳だったようで、聞き入っていた。
そして言う。
「これが、日本の現状だ。日本を尊重しているのかは分からないが、今の所、人工超能力を国外に出すつもりもないらしい。当然、裏での動きはあるだろうが」
裏での動き、それに煤島は反応する。
「日本でも、裏の動きがあるだろうな」
「その通り。既に我々は戦闘用の人工超能力を保持する組織と何度も対峙している。既にテストは終わっている。これから先、もっと酷い事になるだろう」
そして、本題。
「煤島礼二。貴方と霧島深月には、我々の協力をしてもらいたい」
「……なんとなくそう言う気はしてたさ」
煤島は頷く。
「いいぜ、訊こう」
首肯を確認し、海塚は言う。
「ジェネシスだって当然、表向きの顔がある。警察にもそれを見せている。上層部は違うが、君達が真実を知らなかったように、知っているのはほんの一部の人間だけだ。天然超能力の存在を肯定出来ないために、だ。だから、君達二人には、その表向きの顔しか見せられない状況のジェネシスを攻めてもらいたい」
これが、海塚が二人を呼んだ理由だった。
が、煤島がすぐにそれについて、気付く事がある。
「それってよ、俺達は、殺されてもおかしくない話だよな」
そうだ。二人の存在が疎ましくなった場合、ジェネシスは二人を暗殺する可能性だってある。それこそ、天然超能力の存在を認める事ができないが故、超能力で殺しにかかってくる可能性がある。一般に戦闘用人工超能力は普及されないのだから。
だが、それは、煤島が霧島深月を見た事で、変わった。言う必要はなかったな、と彼は心の中で溶かした。
「いや、なんでもない。協力は惜しまない。具体的な事も含めて、話を訊きたい」
煤島礼二は霧島深月を信頼していた。それに、自身の目も信じていた。今更、海塚の話を疑うつもりがなかった。
そして、彼は静かな雰囲気を醸し出すが、熱い男だった。海塚と似たようなタイプの人間だった。海塚と自身が似ている、とは思わなかったが、気付かぬ内に海塚が信頼できる人間だと感じ取っていたのだろう。
迷いはなかった。
44
三島幸平がその任に着いてからはまだ、一度たりとも近藤蜜柑に対してのジェネシスからのコンタクトはなかった。何もないに越したことはない。三島も四十万も蜜柑を見守りつつ、そう思っていた。
一体典明と香宮、それに林檎は何をしているのか、何のつもりなのか、それとも、NPCの見張りがついていると想定でもしてコンタクトを諦めたのか、実は護衛に気付いていて、護衛が外れるまで粘っているのか。それは誰にも分らなかったが、蜜柑はとにかく典明達の事を考えていた。
そもそも、何故典明がジェネシスの手に落ちたのか。それに関しては、大まかな理由でさえ誰も知らない。だが、その理由に関する情報は、香宮が持っている、と皆思っていた。香宮が典明に何かを仕掛けた、そうとしか思えなかった。
蜜柑は仕掛けるべきではないか、と思い始めていた。それは、典明を助け出したいなんて考えではなく、仕掛けてこないまま、このまま、自分に人員を使っている状態が好ましくないと思ったからだ。
だから、提案した。
全員がNPC日本本部の小さな会議室に集まっていた。
「提案なんですけど、」
蜜柑のその言葉に、全員が耳を傾けた。
「そろそろ、こちらから、仕掛けてはどうでしょうか? 私のために強力なお二人が着いているって考えると、幹部間の抗争が続いている今、よくない状態だと思うんで」
蜜柑の言葉に、四十万が返す。
「確かに、人員は今足りてないかもな。でも、仕掛けるって……?」
それに続いたのは、三島だった。
「蜜柑ちゃん。それは俺は良いと思うよ。何も動きがないまま、このままでいても、確かに、無駄だ。問題を片付けようってのは良いと思う」
だが、と続く。
「攻める、となると海塚さんの許可を取らなきゃならないな。まぁ、許可は取れると想定して、どう仕掛けるか、が問題になるだろう」




