第91話 『駄目人間』の部屋の香りの歓迎
「うっ!」
麗子はそう言うとポケットからハンカチを取り出して口を覆った。
「やっぱりな……」
かなめはそうなるのが分かっていたかのように苦笑いを浮かべる。
この『駄目人間の巣窟』に初めて入った人は誰もが経験する埃とすえた匂いの歓迎に誠もまた納得した。
隊長である嵯峨の辞書には『掃除』の文字が無かった。
部屋には埃が充満し、仕事終わりに安い甲種焼酎のつまみとして持ち込んだスルメやエイヒレの匂いが来るものを拒むかのように広がっている。
「内府殿……この匂い……なんとかなりませんの?」
ハンカチを口に当てたまま麗子は半分呆れたというようにそう言って大きな隊長室でのんびりと通俗雑誌を読んでいる嵯峨を見つめた。鳥居はそれほどは驚いていないようだが、それでも自分よりはるかに身分の高い嵯峨がほとんどゴミ屋敷のようなところで仕事をしていることに衝撃を受けているようだった。
「いらっしゃい……『右府』……『殿上会』以来だな」
嵯峨はそう言うと見るからに不機嫌そうな麗子の顔を嬉しそうな表情で見上げた。誠から見ると嵯峨の様子は特に変わったところはない。取り繕うわけでも嫌な顔をしている訳でもない。ただ、顔の表情など自在に変えることが出来る嵯峨の事だから心の中では面倒な訪問者の登場にうんざりしている事だけは想像がついた。
「この匂いと埃……どうにかなりませんの?」
不機嫌そうにそう言うと麗子は隊長室を見回した。鳥居は特に気にする様子もなくカメラで写真を撮り続けている。
「まあ……どうにも無精な性分でね。田安の右大臣殿は潔癖症か?」
嵯峨は麗子の拒絶反応に顔色一つ変えずにさらりとそう言った。
「そう言う問題ではありません!これではうちのゴミ集積場の隣にある特別監査室の方がマシですわ!」
まるで気にする様子でもない嵯峨に麗子はそう言ってため息をついた。
「仮にも嵯峨家は甲武建国の祖である西園寺基公の次男が興した由緒ある家柄ですわよ。その家の前当主がこのようなゴミ屋敷に住んでいるとは……先祖の顔に泥を塗っているという事実をお分かりになられないのですか?恥をお知りになられては?」
麗子は明らかに不機嫌そうに嵯峨に向けてそう言い放った。
「俺、養子だもん。血はつながってねえわな。だからそんなことは関係ない」
麗子の言葉を遮ってそう言うと嵯峨は満足げな笑みを浮かべる。
「ですが、嵯峨の苗字を名乗る以上はそれなりの覚悟と申しますか……」
減らず口の達人である嵯峨に麗子は必死になって食い下がった。
「覚悟も何も好きで名乗ってるわけじゃねえわな。親父が嵯峨家を継げって言ったから部屋住みの三男坊から嵯峨家を継いだだけだ」
ああ言えばこう言う嵯峨らしい態度に麗子の怒りはさらにヒートアップする。
「ですが、甲武の四大公家の末席とは言え名門の当主としての心構えをですね……」
諦めが悪いというのか麗子の言葉は珍しく説得力があると誠は思っていた。
「現当主はかえでだ。俺は隠居の身だ。そんな心構えなんて御免だね」
嵯峨はそう言うと満足げに手元の明らかに期限切れで詩蹴っているように見えるスナック菓子を口に運んだ。
「そんな減らず口を……」
麗子の怒りはマックスに達しようとしていた。




