第82話 突然現れた馬鹿と馬鹿を押し付けられた男
「あら……皆さんお揃いですのね」
突然背中から声をかけられて誠達は後ろを振り返った。
そこにはさもそれが当然というように満足げな笑みを浮かべた麗子が立っている。あまりにも突然の登場に誠はただ立ち尽くすことしかできなかった。
「いつ戻ったんだ?オメエ。工場長にはちゃんとお礼は言えたか?オメエの事だ、さもそれが当たり前だという態度でただひたすら笑ってただけだろ?アタシ等はあの人には世話になってるんだ。迷惑かけたらただじゃ置かねえからな」
かなめは少し凄みを利かせてどこから来るのかよくわからない自信に満ちた笑みを浮かべた麗子をにらみつけた。
「今ちょうど付きましたの……美味しいお寿司でしたわよ。ネタも最高で……こんな田舎で食べられるなんて思ってもみませんでしたわ。私の妻であるなら当然かなめさんにもあの味はお分かりになりますわよね?」
食事から戻っても麗子のかなめを妻扱いする態度は変わってはいなかった。
「そりゃあ良かったねー……ちっちゃい姐御も大喜びだわ……つまりオメエは寿司をたらふく食ってただけってわけか。まあ、工場長も経費でその金は落ちるんだろうから大丈夫だろうけどな」
嬉しそうに話す麗子の言葉をかなめは表情一つ変えずに聞き流した。
「シミュレータルームですの?これは監査のし甲斐がありそうですわね」
役所らしい建物に急に現れた未来を感じさせる金属製の扉とそこに書かれた文字を見て麗子の目が輝きに満ちてきたのが誠には不安にしか感じられなかった。
「そうだ……ちゃんと書いてあんだろ、そこに」
驚くかなめをしり目に麗子は平然とそう言ってのけた。
「やっぱりラッキーなのね、田安中佐は現れるタイミングまでナイスだわ……でもこんなところで何をするのよ。シミュレータは電気を食うからランちゃんから勝手に使うなっていつも言われてるじゃないの。実際、今月も整備班の馬鹿男子が何人か勝手に使って島田君とランちゃんにバケツを持って一日中立たされるの刑にあってたの見て無いの?」
アメリアは半分呆れながらそう言ってドアを開けた。
「いいんだよ!これも立派な監査だ。監査なら多少の無理も電力の無駄遣いも許される!そう言うわけだ!入るぞ!」
かなめはそう言ってシミュレーションルームのオートのドアに手をかけた。
中にはシミュレータのマシンが並んでいる。全部で8機あるが、うち手前のモノは小さいラン専用で一番奥のモノが全身サイボーグであるかなめの専用のマシンだった。
「それにしてもなんで女の子の絵が貼ってありますの?しかもこの女の子全員旨と股間が丸出しですわね……ははーん。あの変態のかえでの趣味ですわね。あの変態ならこのくらいの事はやりかねません。かなめさん!姉として、そして私の妻として!このようなことが二度とないようにかえでを指導しなさい!」
麗子は完全にこの絵の責任をこの場に居ないかえでに押し付けるようにそう言って部屋の中央でマシンを見渡す。麗子の指摘通り部屋のあちこちにいかがわしい女の子のステッカーが貼ってあった。そのすべての原画を描いたのは誠で、それをステッカーにするように業者に依頼したのはアメリアだった。二人とも全責任がこの場に居ないかえでのものになったことにほっと胸をなでおろした。
「ああ、かえでさんには言っておきます!ですので監査報告にはこのことは……」
貼ってあるステッカーのデザインを手がけた誠は照れ笑いを浮かべながらそう返した。
「でもこの女の子の顔と言いスタイルと言い……そして胸から股間にかけての妖艶な雰囲気私は気に入りましてよ!あのかえでさんにしては珍しく私のツボを心得た歓迎です!これは見なかったことにします!妻であるかなめさんもそんな寛大な夫を尊敬なさいね!」
麗子は満足げにそう言うと誠の顔をまじまじと見つめた。どやされると思っていた誠は麗子の意外な反応にただ苦笑いを返すばかりだった。
「ありがとうございます」
誠はつい反射で頭を下げてしまっていた。不味いと思った時にはいつの間にか麗子が目の前に立っていた。
「もしかしてこの絵は神前曹長がお描きになったの?あのかえでを妻に迎える予定の男はどれほど馬鹿で能無しかと思いましたが……」
じりじりと麗子は誠に近づいてきてその周りを一周して誠の頭の先からつま先まで食い入るように見つめた。誠はその好奇心しか無い瞳の拷問に耐えながら冷や汗を流し続けた。
「ええまあ……そうですけど……」
すっかり気に入ったような感じの麗子に誠は照れながらそう言った。すべてがオリジナルキャラでアメリアに乗せられて酔った勢いで描いた作品ばかりなので面と向かって言われると恥ずかしいモノだった。
「私も描いていただけませんか?今すぐとは言いませんが……まあ、私は自慢の胸はいいですが、秘部は隠してくださいね。あの変態のかえでと違って露出狂ではありませんので」
誠は胸は出していいと言っている時点で十分露出狂だと思いながら満足げな笑みを浮かべる麗子と見つめた。
「はい……分かりました。帰ったらすぐに描きますから待っててください」
大きなカメラで写真を撮り続ける鳥居を無視して誠は麗子に約束した。
「そんなことより……やってくか?シミュレータ。オメーはシュツルム・パンツァー……甲武流に言う『特機』な。その操縦だけは人並みだって自慢してたじゃねえか」
かなめはニヤニヤ笑いながら麗子を挑発する。
「私はパイロットではありませんもの……でも……少しくらいは良いですわよね?かなめさんが相手をしてくれますの?妻として夫の強さを知りたい……その気持ちは分からないでは無いのですが……」
麗子はそう言うとしばらく逡巡した。いくら馬鹿な麗子でもサイボーグのかなめの相手が務まるわけがない。
それでもプライドだけは高い麗子は意を決したような顔をして少し興味深げにカウラがいつも使っている二台目のマシンに乗り込もうとした。
「壊さないでくれよ……電子戦用の機器はデリケートなんだ。ゲームセンターじゃ無いんだからな、ここは」
そう言いながらカウラはそのまま管制室に足を向ける。
「対戦相手は……神前。オメエだ。あの馬鹿の顔に泥を塗ってやれ。アタシが許可する」
かなめは当然のように誠を指名した。それまで自分の描いたステッカーに気を取られていた誠は突然の指名に驚いて見せた。
「でも……一応、僕は正規のパイロットですから……一応……下手ですけど、操縦」
突然のかなめの指名に誠は驚いて目を白黒させた。
「だから手加減してやれって言ってんの!まあ法術無しの神前相手に手こずるようならアタシなんかの敵じゃねえがな!初心者同士仲良くやんな!でも油断するなよ!アイツには『徳川譜代』の武家貴族、柳生家の剣術指南役から受けた格闘戦のノウハウがある。その点ではアイツの戦い方はオメエとそっくりだ。しかも、オメエより射撃の上はアイツの方がはるかに上だ。もし負けたら……即座に射殺する」
かなめはそう言って嫌々シミュレータに乗り込もうとする誠をさらに絶望させるようなことを言った。
「見てらっしゃい!才能の違いと言う奴をご覧いただくことになりますわ!かなめさんも夫の雄姿をしっかりと目に焼き付けるのですよ!」
それだけ言うと麗子はシミュレータに乗り込む。それを見た誠は気乗りしない調子で自分がいつも使っているその隣のシミュレータに乗り込んだ。
「へいへい見せてもらいますよ……神前。負けたら本当に殺すから。これはいつもの洒落や冗談じゃねえ。アタシはマジだ。あの馬鹿に負けるようなパイロットは要らねえから殺す。当然だろ?」
かなめは物騒な捨て台詞を残すと管制室に足を向けた。誠はかなめの普段の言動から本当に殺されかねない恐怖と戦いながら自分がいつも使っている三機目のシミュレータに乗り込んだ。




