第8話 硯で墨をするサイボーグ
「西園寺さん、何を書いてるんです?僕にはミミズがのたくっているようにしか見えないんですけど……そんなのを読める人が本当にいるんですか?」
誠の度重なる単純な質問に明らかに不機嫌になったかなめは答えもせずそのまま筆をすすめた。
「アタシがその官位に付いた以上、アタシの文字を読めなきゃそもそも『検非違使別当』の任命する役職にアタシは就かせねえ。『検非違使別当』というのは東和で言えば警視総監の上に立つくらいの人間という地位だ。甲武の警察の幹部、各コロニーの本部長、その他主要な人事の許認可を与えられている。当然連中が損地位に就くためにはアタシが書く文字が読めることが前提だ。楷書やゴシック体の活字しか読めねえ教養のねえ人間はそんな地位に就く資格はねえ!」
かなめは慣れた手つきで筆を走らせながらかなりの暴論を振りかざした。
「え?それってもの凄い警察の偉い人ってことですよね?それがなんでこんな場末の辺境警察で武装警察官なんてしてるんですか?それに西園寺さんの言ってること結構無茶苦茶ですよ……甲武じゃそれが常識なんですか?」
誠は驚いてそう尋ねるが相変わらずかなめは無視を決め込んでいる。
「甲武国の貴族は官位の他に職を持たないといけないんだ。その職が務まらないなら当然官位も務まらない『無能』と認定される。そうなると貴族の地位や官位・官職を取り上げられてより有能な分家や子供にその地位を明け渡さなければならない。だから西園寺はこの『特殊な部隊』を辞めることは出来ない。辞めれば官位・官職を取り上げられるだけでなく、西園寺の唯一の自慢の甲武四大公家筆頭の地位も追われてその所領もすべて取り上げられ、西園寺は完全に無職になる。西園寺の好きな競馬も酒もたばこも諦めなければならなくなるそう言う理由だ」
カウラの言葉に誠は納得して頷いた。
「横からごちゃごちゃうるせえんだよ!アタシは貴族としての当然の仕事をしてるの!邪魔するんじゃねえ!それと西園寺家は親父に死んだ兄貴が居たが、その前は五代続けて一人っ子だから分家はねえ!だから、アタシが甲武四大公家の地位を追われれば西園寺家は絶家になる。甲武の伝統が消えるんだ。そんな事態を許すわけにはいかねえ」
筆をおいたかなめがそう言って誠達を怒鳴りつけた。
「そんなことなら隊の勤務中にする事じゃないだろう。日野も渡辺も官位はあるが勤務中にはその官位の仕事はしていないぞ?日野の『大納言』、渡辺の『弾正尹』は貴様より上の官位で任命すべき役人の数は貴様の比では無いはずだ。それが勤務中はそんな仕事はしていない。要するに貴様が『検非違使別当』の仕事をサボっていただけだ」
カウラのツッコミにかなめは弱ったような表情を浮かべる。
「しかたねえだろ、忘れてたんだから。今日中にこれを星間便に乗せて甲武に送らないと甲武の全警察の人事が決まらないという面倒なことになるんだ!邪魔するんじゃねえ!」
要するにかなめは『検非違使別当』の仕事が面倒なのだと誠は悟ってそのまま昨日の訓練のレポート作成の為に端末を立ち上げた。




