第70話 『将軍様』と食事会
「さて写真も撮れたことで……鳥居、今何時かしら?」
さすがに機体を見上げるだけの状況に飽きたというように麗子は鳥居にそう言った。
「十一時五分前です」
大きなカメラを小脇に抱えて鳥居は腕時計に目をやる。
「あらそう……かなめさん、よろしいですか?妻であれば夫に思うところが有ればそれを察する。まったく気が利かない人ですわね」
麗子に声をかけられてかなめは明らかに不機嫌そうにそちらに顔を向けた。
「なんだよ、昼飯にはまだ早えぞ」
かなめはめんどくさそうにそう言って苦笑いを浮かべる。
「いえ、菱川重工豊川の工場長と食事会の予定が入っておりますの。車を呼んでくださらない?」
また麗子はとんでもない要求をしてきた。
「車だ?食事会だ?隣の工場の工場長も大変だな。こんな馬鹿の相手をさせられるなんて」
麗子のあっさりとした口調にかなめはあきれ果てたようにそうつぶやいた。
「タクシーですか?すぐ呼びますよ」
誠はポケットから携帯端末を取り出すと近くのタクシー会社に予約の通信を入れる。
「いきなり工場長と食事会?さすが、甲武の『征夷大将軍』は違うわね……」
アメリアも予想の斜め上を行く麗子の言動にそう言って乾いた笑みを浮かべた。
「食事会ねえ……アタシが配属になった時はそんなの無かったぞ。アイツは甲武国四大公家第三位!アタシは甲武国四大公家筆頭だ!なんでアイツだけ特別扱いされるんだ?おかしいじゃねえか。アイツが工場長と食事会ならアタシだったら菱川重工の社長ぐらいと食事会をしねえと釣り合わねえじゃねえか」
かなめは不服そうにそう言うと携帯端末をいじってタクシーを呼んでいる誠の後頭部を小突いた。
「しょうがないじゃないの。監査室長と一隊員じゃ扱いが違うってもんよ……私も運用艦の艦長なのに工場長なんて草野球の試合で顔を合わせるだけよ。あの人『菱川重工豊川』の監督権代打だから。カウラちゃんはそれ以外で会ったことある?」
誠はかつての社会人野球のプロ注目のスラッガーである隣の工場の工場長の事を思い出した。草野球リーグの後期でも二試合対戦する予定だったのだが、『バルキスタン三日戦争』と『厚生局違法法術研究事件』に重なっていたため、誠は『菱川重工豊川』チームとの対戦はしたことが無かった。
「貴様が知らないものを私が知っているわけがない。ただ、代打で出てくる時のあのスイングの鋭さだけは覚えている。あの人はもう還暦だというのにあのスイング……なんとか打ち取ったが狭い球場だったら間違いなくスタンドインだった」
こちらも不服そうにアメリアとカウラがささやきあっている。
「ああ、自分は残りますから……呼ばれているのは中佐殿だけなので」
鳥居はそう言って頭を掻いた。タクシーの迎車に成功した誠は微妙な雰囲気に違和感を感じながら乾いた笑顔を浮かべて場が過ぎ去るのを待っていた。




