第65話 未知との遭遇、嫌がる幼女
「うっせーなー!静かにしろ!オメー等餓鬼か?小学生の遠足か?もう少し廊下は静かに歩け!」
突然扉が開かれ、そこから小さな人影が現れた。麗子はその言葉に驚いたように急に振り向いた。
「クバルカ中佐……隠れてなくてよかったんですか?もろに見つかっちゃってますよ」
誠はその人影、クバルカ・ラン中佐に泣き声で話しかける。
「うっ……」
ランは明らかにうろたえていた。それは誠達に押し付けたはずの厄介な客である麗子と鳥居の姿がそこに有った身体と誠はすぐに察した。
『クバルカ中佐……それに隊長も自分達は面倒なこの二人から逃げ続けるつもりだったんだな……でもこの人『義理と人情の二ビットコンピュータ』並みの知能だからすっかり忘れて出てきちゃったんだ……ご愁傷様』
ランの狼狽えようを見て誠はそう確信した。その証拠に誠達にすべてを押し付けて済ませるつもりだった監査の二人を見ているランのその瞳は泳いでいる。
「これは……特別監査室長……お仕事ご苦労様です」
少し引きつった笑みを浮かべながらランは麗子に右手を差し出した。
その時麗子の瞳が光った。
「うん、かわいいから良し!ぜひ私の側室になりなさい!」
麗子は命令口調でランに向けてそう言った。
「おい、田安。オメーについては色々聞いてるがまず言っとく。オメーは間違いなく馬鹿だ。かわいいから良し?そんな理由聞いたことがねー。それとアタシがなんでオメーみたいな馬鹿の側室にならなきゃなんねーんだ?確かに甲武貴族でも田安家だけは特別だ。あそこの家は側室を迎えて良いことになってる。でも、馬鹿であるオメーについてく女がこの宇宙に居ると思うか?ああ、馬鹿に馬鹿って言うと馬鹿が怒るか。すまねーな、馬鹿」
ランはもう半分やけになっていつも以上の毒舌で麗子をこき下ろした。
「あら、これがいわゆる東和名物『ツンデレ』と言う奴ですわね。最初は私の事を馬鹿扱いしておきながら心の中では私を一目見た時から愛している。かなめさん。妻であるあなたには申し訳ありませんが、こうして私の側室になりたいというクバルカ中佐の申し出があった以上、私はクバルカ中佐を側室として迎えます。妻であればそれくらいの夫の勝手は許して当然ですわよね?」
麗子の言葉に誰もが耳を疑った。この人の脳内もあの大嫌いなかえでと同レベルなのだと誠はその言葉を聞いて確信した。
「おい、田安。人の話を聞いていたのか?馬鹿すぎて理解できねーのか?アタシは何時オメーの側室になりてーと言った?証拠があるなら言ってみろ。聞いてやる。でもつまらねーことならいくら『征夷大将軍』とは言えぶん殴るからな!アタシは遼南共和国では『飛将軍』と呼ばれていた地位にあった。同じ将軍だ。ぶん殴って何が悪い!」
ランは目の前の理解を超えた麗子の馬鹿さ加減に疲れ果てた表情を浮かべてそう言った。
「私は『征夷大将軍』です!私の言ったことが甲武軍ではすべてなんです!それにクバルカ中佐のおっしゃっていることは負けた国での昔の栄光に過ぎませんわよ。そんなものに縋るなんて子供の考えることの程度は知れてますわね。これは大人の『征夷大将軍』の決定ですの。よろしくて?」
麗子はそれだけ言うと呆れて立ち尽くすかなめとランを置いてハンガーに向けて歩き出す。放置された誠達はただ黙ってその場に立ち尽くす。
「なんだそれ……」
さすがに麗子の幼馴染だというかなめもあきれ果てたようにそう言うのが精いっぱいだった。
「ほら!かなめさん!案内してくださいな!妻としての務めを果たせないなんて夫として情けないですわよ」
すでに麗子の隣には鳥居が大きすぎるカメラを手に微笑んでいる。
「西園寺……今日は一日オメーを生贄にする。すまねー。この馬鹿を一日中何もしないように見張ってろ。それがオメー等の仕事だ」
呆然と立ち尽くすランの肩にアメリアがそっと手を置いた。
「中佐、グッジョブ!」
アメリアはそれだけ言うと麗子達に向けて歩き出す。
「なんだか知らないが……中佐のおかげで何とかなりました」
カウラはランに敬礼した後アメリアの後を追った。
「そう言うわけなんで」
誠もまた続いてランに敬礼する。
「西園寺……アタシは何かしたか?アタシはあの馬鹿を馬鹿にしただけだぞ」
ランはあれだけ馬鹿にされてもまるで気にしていない様子の麗子に首をひねりながらそう言った。
「したんじゃね?アイツにとっては『かわいいは正義』だから」
ランを置いてかなめもまた走り抜けていく。
「誰か説明してくれ!アタシは何をしたんだ!それと好きでちっちゃいんだねーんだよ!」
そんなランの悲痛な叫びを背に誠達は05式などのアサルト・モジュールが置いてあるハンガーへ続く扉の向こうへと消えていった。




