第60話 来館証とどこまで行っても妻扱い
かなめの言うことを全く聞かず先頭を歩いていた麗子は自動ドアを通り抜けると入り口の事務所でパンフレットや書類の束をひっくり返して何かを探し始めた。
「おい、何探してんだ?オメエの考えることは本当によく分かんねえな」
かなめは麗子に向けてあきれ果てた口調でそう言った。誠達が麗子に追いついて本部棟に入った時、麗子と鳥居はモノがあるたびにそれをひっくり返し何かを探していた。
「ここには……来館証はありませんの?こういう公的機関なら当然あるべき書類。当然監査の対象になります!妻ならば夫が困っていたら気を遣う……そんな当たり前のこともできませんのね。まったくかなめさんには困ったものですわ」
麗子はそう言うと近くのテーブルに誠も以前書いた『来館証』の綴りを見つけて手を伸ばした。
「そういう所はきっちりしてるんだな……まあ監査なんてのはそんなもんか。それとアタシを妻扱いするな。いい加減聞き飽きた」
かなめは呆れつつきょろきょろと周りを見回す麗子に向けてそう言った。
「監査と言うお仕事はこういう細かいことに気が回る人間にだけ務まりますの……大雑把な誰かさんには務まらないお仕事ですのよ。そんな出来の悪い妻を娶ってあげようという私の愛をかなめさんはご理解できないようですわね」
相変わらず典型的なお姫様笑いをしている麗子に一同はただ唖然とするばかりだった。
「誰が大雑把だ!余計なお世話だ!それと何度も言うがアタシはオメエの妻じゃねえ!何度言わせたら理解できるんだ!」
どう見ても入り口の一番目立つ場所にある来館証を見つけると記入しながら麗子はそう言ってかなめを一瞥した。
「あのー……田安中佐は監査に来たんですから関係者ですよね。それは出入りの業者用の来館証ですよ」
誠はそう言って奥の戸棚から本局勤務者用の来館証の用紙を取り出して麗子に手渡した。
麗子は耳の当たりが真っ赤になって誠を見つめる。
「な……なんですか?何か気に障る事でもあるんですか?僕が悪いんですか?」
『特殊な部隊』に来てからは女性に酷い目に合わされてばかりで嫌な予感に包まれる誠。威圧するようなその視線におびえながら誠は恐る恐る麗子の顔をのぞきこむ。その視線にひるんだ誠の固い表情を確認すると麗子の緊張は一気に緩んだ。
「よく気の付く下男ですわね。かなめさん、少し見直しましてよ。このような下男を見つけるとはなかなか見どころがあります。それでこそ私の妻ですわ!褒めて差し上げます!」
相変わらずどこから来るのかよくわからない自信満々に麗子はかなめに向けてそう言った。
「だから何度も言わせるな!アタシはオメエの妻じゃねえ!いい加減覚えろ!」
麗子はそう言うと誠から受け取った関係者向けの来館証に記入を開始した。誠は思わず息をのみながらその様子をじっと眺めていた。
「本当に大丈夫なのこの人……かなり残念な頭の構造してるわよ」
「だから私に聞くな。私の責任じゃない」
誠の後ろで様子をうかがっていたアメリアとカウラがそうささやきあっている。
「ではこれをかなめさんにお渡しすればよろしいのですわね。夫の書類はちゃんと係りの者に届ける。それも妻の役目ですわよ」
麗子がここまでかなめを妻扱いするのは話を聞いていないのかそれとも聞く気が無いのかどちらだろうと誠は考えていた。たぶん両方なのだろうというのがその結論だった。
「ああ、よろしいんじゃねえの?だから何度言わせるんだ!アタシはオメエの妻じゃねえ!」
来館証などには全く関心の無いかなめはそう言うと麗子と鳥居から来館証を受取った。
「じゃあ後でちっちゃい副隊長にハンコ貰っとくわ。まったく麗子と付き合ってるとこっちまでおかしくなる。オメエ等も分かったろ?それとアタシ等は夫婦じゃねえからな!そんなことあっちこっちで喋ったら射殺するからな!」
かなめはそう言うと二人から受け取った来館証を乱暴にスカートのポケットにねじ込んだ。




