第57話 『将軍様』、隊舎に不満を述べる
「あのう……そこなる平民。よろしくて?」
あくまで上品かつ偉そうにその長い髪を掻き上げながら麗子は誠達をにらみつけてきた。
「麗子、アタシの仲間達にオメエの馬鹿を伝染すな。今日はアタシ達がオメエの御守だ……勝手に動き回るんじゃねえぞ」
かなめはそうくぎを刺すと麗子に背を向けて本部棟に向けて歩き出した。
「それが夫である私に言うセリフですか?妻なら気をお使いになられてはいかがですの?それにしても辺鄙なところ……こんな地方の工場の中にあるなんて……まるでゴミ捨て場ですわね。こんなところに妻が務めている……夫としては情けない限りですわ」
麗子と鳥居はきょろきょろと周りを見渡しながらかなめの後に続く。
「麗子様、辺鄙はさすがに言い過ぎなのでは。ひなびた情緒あるところと表現された方がよろしいかと」
鳥居は頭の出来は貧弱でも麗子よりは常識は有るように誠には見えた。
「ああ、そうでしたわね。ここの運用艦のある多賀港の方が辺鄙でしたわね。あそこは釣りをする為だけに存在する場所。本局でも釣り好きの隊員達の間では有名ですわよ。どうです?かなめさん。私も本局の事情に精通していますでしょ。本局の事情に瞬時に対応できてしまう尊敬できる夫を持ってかなめさんは幸せですわね」
麗子は得意げにそう言ってお嬢様笑いをした。誠は要するに麗子は本局ではすることが無いので局員を捕まえては無駄話をしていただけらしいことを理解した。
「うちの運用艦の管理をしているあの連中が釣りで人生おかしくした馬鹿ばっかりだなんてそんなどうでも良い話のどこが『本局の事情に精通してる』ってことになるんだよ!全然役に立たねえ情報じゃねえか!オメエは本当にいつ話しても馬鹿としか言えねえな!それとアタシを妻扱いするんじゃねえ!オメエの方があの時はアタシのテクで妻らしくしてるじゃねえか!」
二人は何とも言えない奇妙な会話をしながら歩いていた。
「大丈夫なの?この人。これまでの会話を聞いていただけでもかなり頭が残念なお姫様……かなめちゃんが言うように落語に出て来る『馬鹿姫』の典型例じゃないの……こんな人が司法局に居るんだ……司法局もお終いね」
アメリアはあきれ果てたようにそう言った。
「私に聞くな。ただこの二人の頭の中がかなり残念な具合なのは私にもよく理解できた。ただ、馬鹿には馬鹿に適した対応の方法がある。私は島田やサラという馬鹿とも日常的に会話が出来ている。つまり、この馬鹿達ともきっと一日くらいならうまくやっていけるだろう……そう、一日くらいは」
二人の珍妙な会話を聞きながら誠とカウラに聞こえる程度の小声でアメリアがぼやいた。
一行はそのまままるで公立学校の校舎のように飾り気の無い本部棟にたどり着いた。
「ここが本部棟だ……?なんだ?その目は。文句でもあるのか?言いたいことが有るなら言ってみろ。聞いてやるから」
かなめは後ろに続く麗子達に向き直ってそう言った後、急に緊迫したような表情を浮かべた。
「本部棟……ずいぶんとまあぼろいですわね。一応、私は甲武国の武家、軍人を代表する将軍職にある身。それ相応の出迎えも無いんですの?かなめさん。これは妻としては夫を迎える態度として恥ずかしい事ですわよ。その程度の気遣いもできないなんて……恥ずかしいことだとは思いませんこと?」
麗子は歯に衣着せずにそう言い切った。
「だからアタシはオメエの妻じゃねえ!それにこの建物が貧弱なのはアタシ等の責任じゃねえ!そんなもん本局の予算管理部に言ってくれ。アタシ等はこれで十分なの!それに迎えが無いだ?ここはお前の言うことを何でも聞いてくれる『徳川譜代』が一杯いる甲武国じゃねえんだ!東和共和国だ!そんなことも説明しねえと分からねえのか!行くぞ!遅れたら置いていくからな」
ぼんやりと建物を見上げている麗子の後頭部を小突くとかなめはそのまま玄関へと足を向けた。




