第43話 自分だけの為のラッキーで逃げ切る『将軍様』
「なるほど。全レース勝負に出るかなめちゃんはなんやかんやで一日のトータルで大負け。ラッキーゆえに買ったレースはほとんど勝ってる田安のお嬢さんがまあそれなりに儲けてると……でもそれなら田安のお嬢さんと同じ馬券を買えばいいじゃない。簡単な話じゃないの」
アメリアは何でもないようにそう言って見せた。
「そんな生易しいもんじゃねえ!アイツに運を吸い取られないようにするにはそんな事じゃ無理なんだよ!」
アメリアの茶々にかなめは思わず机を叩いて立ち上がった。
「ああ、あの馬鹿の面を思い出して興奮しちまった。そんなもんじゃねえ。アイツのもたらす不運と幸運の連鎖はそんな甘いもんじゃねえんだ」
かなめはまるで何かにおびえてでもいるようにそう言った。
「まあ、アイツのラッキーはアタシも知ってるからな。アイツの買った馬が来るのは確実だからその馬を買おうとするが……何故か買えないんだ?絶対買うことが出来ない……それも奴だけが得をするように誰かが仕組んでいるかのようにだ。まあ、アタシや麗子が馬券を買うとオッズが動くぐらいの金額をツッコむからな。アタシが買えない分、アイツのオッズが上がってアイツはより得をしている。立派なラッキーだろうが」
かなめは自分に言い聞かせるようにそう言った。
「買えない?そんなことが有るのか?それこそ競馬場の券売所の係員に文句を言えばいいだけの話じゃないか」
不思議そうにカウラは尋ねる。かなめは大きくうなづいた。
「券売所の職員のミスじゃねえ。よくあるのはアイツが買う馬を間違えるんだ。これはかなりの確率だ。まったく餓鬼じゃねえんだぞ!アタシが同じ馬を買おうとすると常に間違える。だからアイツは目的の馬は買えない。でも間違えて買った馬が必ず勝つ。目的の馬を買ったアタシは負ける。この責任の所在はどこに有るんだ?買うのを間違えたアイツにしかねえだろうが。券売所の職員には何の責任もねえ」
かなめは負けたことを思い出したように悔しそうな表情でそう言った。
「馬鹿なんじゃないの、やっぱり。それしか言えないわね」
アメリアは呆れた様子でかなめを見つめていた。
「最初から言ってるだろ?アイツは馬鹿だって。でも、アタシはアイツと違って馬鹿じゃない。うまく同じ馬を買えるときもある。そういう時は決まってその馬は来る」
かなめはそう言うがその顔は笑ってはいなかった。
「なによ、勝ってるんじゃない!今度、おごりなさいよ!」
アメリアにとってはかなめが買ったらおごってもらえるということしか頭に無いようだった。
「早合点するなよアメリア。まあ、アイツは勝った訳だが……そういう時は必ず電光掲示板に『審議』の表示が出る」
少し難しい表情を浮かべてかなめはそう言った。
「私は競馬はしないから常識程度しか知らないが『審議』……進路妨害で失格か」
カウラはそう言ってため息をついた。
「さすがギャンブルに詳しいカウラも競馬知ってんじゃないか。その通りだ。アタシとアイツが同じ馬を買ったときは必ずその馬は失格する。それでそのレースではさすがのアイツも負けたことになる。でも、トータルでは大勝ちしているからアイツはまるで気にする様子もねえ」
かなめははらわたが煮えくり返っているような怒りの表情を浮かべてそう言った。
「偶然でしょ?競馬の騎手もプロなんだからそんなに進路妨害なんて頻発しないわよ」
引きつった笑みを浮かべてアメリアが尋ねた。その表情を見てかなめは思わず吹き出しそうになる。
「アイツを知らないならそう思うだろうな。ただ、アタシはアイツと三つの時から付き合ってるんだ。アイツのラッキーは昔からだ。そして、それに誰も便乗できないのも同じ。アイツを知ってる奴で今でもアイツと付き合いがあるのはアタシだけじゃねえかな。一緒にいてもアイツだけ得をして周りはただ振り回されるだけだからな」
かなめは急に立ち上がり、アメリアを指さして怒りの表情を浮かべてそう叫んだ。
「西園寺。貴様、意外といい奴なんだな。そんなに貧乏くじを引いても縁を切らずにいるなんて……ああ、結婚して『夫婦』になっていたんだな。お幸せに」
カウラはしみじみとそう言った。
「カウラさん。西園寺さんはいい人ですよ。カウラさんが一番分かってるじゃないですか。でも良かったですね、西園寺さん。旦那さんがそんなラッキーな人だなんて……おめでとうございます」
誠はフォローのつもりでそう言った。その言葉がかなめの逆鱗に触れた。
「だから言ってるだろ!アタシはアイツの『妻』じゃねえ!人の不幸を勝手に祝うんじゃねえ!」
誠の優しいフォローの言葉にかなめは条件反射でそう叫んだ。
「まあ田安中佐のラッキーは分かった。だが、常に勝者が田安中佐ならなんで司法局の特別監査室なんて荷物置き場の隅におまけで作られたような閑職に飛ばされてきた?ツキがあるんだろ?田安中佐は。甲武海軍に何もしなくていいような閑職ぐらいいくらでもあるだろうに」
まだ納得ができないという表情でカウラはそう尋ねる。かなめはその言葉に大きくため息をつくと口を開いた。




