第34話 かなり特殊な『特別』監査室長
「まあ馬鹿話はこれくらいにして……だ。と言っても来るのが馬鹿なんだから仕方がないか」
嵯峨はそれだけ言うと自分の時計に目をやった。
「ちょっと待てよ……十秒前、五秒前」
そう言いながら嵯峨は時計を見つめている。
「はい時間だ」
そう言って嵯峨は顔を上げた。
「まあ、いいや。焦らしても面白いことは何にもねえしな。お前等に頼みたいことは一つ。司法局特別監査室の監査室長とその部下一名があと四十五分後にゲートに到着する」
誠達は自分の時計を見た。
時刻は八時四十五分。四十五分毎は九時半である。
「叔父貴言ってる間に五秒経ったぜ」
「かなめ坊。もうさらに五秒だ」
かなめと嵯峨がそう言って笑いあう。
「隊長。秒単位で動く人なんですか?その特別監査室長って人……何者なんだ?年度末の監査なら先週高梨部長の指揮のもとすでに済んでいるはずですよ。それを今更特別監査なんて……やはり日野少佐の所業が問題なんですか?それなら合点がいきます」
時計から目を離したカウラがそう言った。
「ああ、かえでの悪行は俺が八方手を尽くして揉み消した。それとアイツにも昨日俺とランから二度とこの性的倫理に厳しい東和じゃそんなことは許されないとあれだけ長く説教すればいくら性的倫理が壊滅的に崩壊しているかえでにも理解できるだろう。アイツも島田じゃ無いんだから学習能力ぐらいあるから大丈夫なんじゃないの?一応、あの年で少佐なんて言う階級を貰えるほどのエリートなんだし。それより……かなめ坊よ」
嵯峨の声には諦めとだるさがにじみ出ていた。
「まあな。どこの世界に『アイツ』の他に待ち合わせ場所をセンチ単位で決める馬鹿がいるんだよ!待ち合わせ場所が五十センチずれてたってんで切れる馬鹿!奴一人だ!『アイツ』の馬鹿さはすさまじいぞ!その様子を見たらオメエ等もきっと同じ気分になるぞ!それ以上にアタシが可愛く見えるほどにアイツは身勝手だ!オメエ等アタシを勝手気ままな女と見ているがあれと比べたら随分とマシな方だ!」
かなめはそう言うと怒りに打ち震える表情でこぶしを握り締めた。
「あのう、かなめさんはその特別監査室長とお知り合いなんですか?その人が『アイツ』なんですか?」
誠は恐る恐るかなめに声を掛けた。かなめの話を総合するとそう言う結論が導き出される。
「言いたくない……ってか、叔父貴。説明するのは隊長の仕事だろ?『アイツ』の説明、叔父貴がしろ。アタシはしたくねえ」
誠の問いを拒絶したかなめは話を嵯峨に振った。
「えー、俺に振るの?だってあんな馬鹿の下所業なんて話すのは口の筋肉の無駄な運動だもの。そんな面倒なことは俺はしたくない。そんなだから言ったじゃん。本庁の特別監査室長をご案内するのがお前さん達のお仕事。理解できたろ?簡単なお仕事だろ?それにあの馬鹿はかなめ坊がその身体になる前からの付き合いで、それこそあの馬鹿について一番知り尽くしているのはかなめ坊、お前さんじゃん。たぶんあの馬鹿を『公方様』と呼んで敬ってる『徳川譜代』の武家貴族の連中よりお前さんの方があの馬鹿についてはよっぽど詳しいよ。いわゆる『馬鹿専門家』としての本領を発揮してちょうだいよ」
そう言いながら嵯峨は卑屈な笑みを浮かべる。ころころと表情を変える嵯峨に誠はいつものように戸惑いの笑みを浮かべた。




