第32話 かなめは怖がり『駄目人間』は呆れる『アイツ』
「隊長命令だ……かなめ坊、これもお仕事なんだからもう諦めなさいよ。どんな顔したって仕事は待ってくれないの」
そこまで言うと嵯峨は誠達を舐めるように見回す。緊張する誠達の中でかなめだけが明らかに絶望に沈んでいた。
「実は……ってかなめ坊。その面はなんだ?だからもうあの人こっちに向ってる頃なんだから。誰にも止められないんだから。いい加減諦めちゃいなさい。確かに馬鹿らしくてやってられない気分になるのは分かるけど、あの人はお前さんと違って銃は撃たないよ?安全極まりない人畜無害な存在だよ?命の危険はないんだから。その点は安心して良いんだ」
嵯峨はかなめの絶望の理由が分かりすぎるぐらいわかっていてそれが面白くて仕方が無いというように笑顔でそう言った。
「いや、そうなんだけどさあ。少しは人生には希望が無いと人間域られないものじゃん。例えば、奴のづ頭上に核ミサイルが落ちて来るとか……叔父貴、西モスレムの国王に頼んで東都に核ミサイル撃ち込んでもらうようにしてもらえねえかな?」
恨みがましい目で嵯峨を見つめながら、かなめはそうつぶやいた。
「かなめ坊、それを言うなよ……俺が決めたことじゃない。司法局の本局が決めたことだ。俺がどうこう言える話じゃ無いんだよ。それとお前さんの個人的な不幸に東都の三千万の命を巻き添えにする気か?」
誠達から目をそらした嵯峨が吐き捨てるようにそう言った。
「あのう、クバルカ中佐もそうですが、隊長が命令を言いたがらないのはなぜですか?そんなに面倒くさい話なんでしょうか?それとお二人ともかなめちゃんの言う『アイツ』の正体を知ってますよね?なんで言いたがらないんです?かなめちゃんみたいに怖いんですか、その人」
アメリアは直立不動のままそう言った。それを聞いた嵯峨は何も言わずに立ち上がるとそのまま背を向けて窓の外を眺めた。
「いやあ、難しい話じゃないんだけどさ。言いたくなくてね……馬鹿馬鹿しくて。それにかなめ坊はあの馬鹿が怖くて震えてるわけじゃ無いと思うよ。詳しい事はかなめ坊から聞けば?あんまり馬鹿馬鹿しい話ばかりなんでさすがの俺でもそんなことに口の筋肉を使うのがもったいないくらいなの」
嵯峨が言ったのはそれだけだった。
「言いたいとか言いたくないの問題じゃないです!部隊長ですよ!司法局実働部隊は下手な軍事部隊よりよっぽど精強な実力組織なんです!その部隊長が言いたくない?馬鹿馬鹿しい?それって職場放棄じゃないですか!」
そう言って怒りの表情を浮かべてカウラが隊長の執務机を叩いた。執務机には嵯峨の趣味であるカスタムした拳銃のスライドが万力で固定されていた。多分先ほどまでやすりをかけていたのであろう、カウラの机を叩いた振動で部屋中に鉄粉が巻き散らばる。
誠達は思わず口を押え、恨みがましい目で元凶のカウラを見つめた。
「隊長!掃除ぐらいしてください!」
口で手を抑えながらカウラが叫んだ。それまで背を向けていた嵯峨が困ったような顔をして振り向く。




