第16話 その一本の電話が誠の運命を変えた
「それは、男性なら当然望まれている理想を実現して差し上げているだけです。楽しい人生が素敵ということには同意いたしますが、それも社会で許容される限度というものがあります。クラウゼ中佐は仕事中に趣味の為に時間を潰すことがうちのように他の軍や警察から蔑まれて『特殊な部隊』と呼ばれているからこそ許される特殊事項だということはお分かりになられていないようですね。それに私の申し上げているのは屁理屈では無くて真実です。誠様。いつでも、このリンは誠様にすべてをささげる覚悟が出来ております。いつ何なりともいかなる命令でもご命じください。あらゆるご用命、あらゆる無理も私は対応できる所存です。これまでもかえで様の無理を聞いてきてその過ぎた火遊びを揉み消してきた実績。決して無駄には致しません」
リンはそう言って誠の手を取って見つめてきた。誠はその少し哀愁を帯びた瞳に惹きこまれそうになりながら隣のかえでの様子を伺った。
「そうか、リンも誠君に惹かれているのだね。まあ、僕がこれほど誠君に惹かれている以上それは当然の事なのかもしれない。ただ、君では僕には勝てない。僕は心も身体も完璧なんだ。正直、僕が比較対象になってしてしまうというのはリンには酷な話なのかもしれないね。そして法術師として誠君を導けるのは僕だけだ。リンは誠君の精を受けて後天的になった法術師だけど、僕は先天的に際の王に恵まれ、努力を惜しまず、あの『汗血馬の騎手』であるクバルカ中佐も一目置くレベル違いの法術師なんだ。まだ僕から見ると未熟な誠君には無限の可能性があると僕は信じている。まだ開花していない才能が僕と結ばれてお互い高みを目指しあって努力を続ければもしかしたら僕を凌駕するようなこともあるかも知れない。リンを選べば……所詮誠君の力の劣化コピー程度の力しか持たないリンではそのような高みへと進む道は絶たれる。僕を選んで自分の可能性に賭けて見ないかい?僕の心も身体もいつでも君を求めているんだよ」
あくまでリンを否定する調子でないところがいかにもかえでらしいと誠は思っていたが、かえでの目に怒りの色が浮かんでいるのを見逃すことは無かった。
「おう、オメエ等そのまま痴話げんかしてろ。アタシはちょっと席を外す」
突然かなめがそう言って立ち上がった。こういう場面で一番に茶々を入れて来るかなめの行動に一同は唖然とする。
「どうしたの?かなめちゃん。こんな、自分の敵を潰して回るのが趣味のかなめちゃんがちょうどいい味方の潰しあいに乱入しないなんて……珍しいこともある者ね」
尋ねるアメリアを無視してかなめは慌てて店の外に飛び出していった。その際怒りに満ちた口調の独り言を吐いているかなめを誠達は見逃さなかった。
「西園寺の奴に電話をしてくる人間が居るのか?サイボーグだから携帯端末など必要とせず脳に直接掛けてきたんだろうが……相手は誰だ?そもそもあんな身勝手な女に友達なんかいるのか?いるならその変わった人間の顔を是非一度見てみたいものだ」
カウラは一人周りの色恋話に関心が無いとでもいうようにシシトウで烏龍茶を飲んでいた。
「でもこんなこと初めてよね……友達の居ないはずのかなめちゃんに電話してくるなんて。確かにカウラちゃんの言う通り、まずはその奇特な人間にお目にかかりたいわね。よくこれまで射殺されなかったか不思議だわ。相当幸運な人なんでしょうね」
かえでとリンに挟まれてただおろおろするばかりの誠の耳にもアメリアのその言葉は届いていた。
そしてその電話が後々誠を振り回す前兆であることは誠はこの時点では知る由もなかった。




