第146話 どこまでも世間知らずな将軍様
「しかし、かなめちゃんはよく飲むわね……」
アメリアは呆れたようにそう言った。下ろしたばかりの瓶はすでに半分空になっていた。
「悪りいか?この払いはいつだって別建てだぜ。文句を言われる筋合いはねえ」
かなめはいつものひねくれたかなめに戻って静かにラムを飲んでいた。
「まあいいけど……かなめちゃんの鉄の肝臓に文句を言うだけ無駄だし」
開き直るかなめにアメリアは呆れかえる。
「でも……甲武って高いビールとかあるんですか?東和は結構クラフトビールとか言って小さな醸造所で作ってますよ、高いビール」
誠は思い付きでそう言った。
「ねえよ。東和のクラフトビールみたいなのはねえんだ。まあビールは比較的高級品で庶民はひたすら甲種焼酎だな……」
かなめはため息交じりにそう言った。
「隊長が飲んでる奴ですか……エタノールに香料まぜた合成酒」
誠は勤務中でも平気で甲種焼酎の入ったカップを傾ける嵯峨を思い出しながらそう言った。
「なんだ、知ってるじゃねえか。あれは酒なんて言う代物じゃねえ。世間の憂さを忘れるタダの薬だ」
誠の答えに満足したようにかなめはラムをあおった。
「要するにあの国の庶民はみんな叔父貴と同じ状況なんだ。あの国は東和に比べると貧富の格差がでかいんだ。ビールや日本酒は庶民の口には届かねえ」
かなめはあっさりそう言うとラムを飲んだ。
「ラム酒は?」
アメリアはそう言って笑いかける。
「ほとんどの平民は存在自体知らねえんじゃねえのかな……あの国の高等教育受講率は1パーセントに満たねえからな。まあ親父はそこから変えたいらしい」
かなめの父である西園寺義基が甲武に変革をもたらそうとしているのは誠も知っていた。しかしその変革が麗子には気に入らないようだった。
「仕方が無いですわよ。貧乏なんだから」
麗子はあっさりそう言って二階に上がってきた春子とお蔦からビールを受取る。
「それを言うなら本家を継ぐまでの私も貧乏公家でしたよ。かなめさんの支援で何とか大学まで出て外務省に入れましたけど。それが無ければ今頃は……」
スーツの襟を直しながらビールを受け取った響子は静かにそう言った。
「麗子は本当に知らない貧乏人には冷たいんだな。気が合う貧乏公家の響子に袴とか用意してやった気前の良さはどこ行ったんだよ」
かなめは呆れたようにそう言うとラムを口に運んだ。
「そうおっしゃいますが貧乏な家をいちいち救済していたら国家は持たなくてよ。それに響子さんは本来摂関家の九条家を継ぐかもしれない身。そしてなにより大事なお友達ですわ」
誠は馬鹿な麗子にも友情というものは有るらしいということをこの言葉で初めて理解した。
「そんな国家は持たなくて結構!貧乏人が国を支えてるんだ。アタシが関白になったからには貴族にはデカい顔はさせねえ!」
麗子の言葉にかなめは感情的に反論する。
「でも……せめて高校くらいは行った方がいいですよ」
誠は麗子の庶民に対する冷淡さに呆れたようにそう言った。
「あの国の義務教育は小学校でしまいだ……中学からは学費がかかるからたいがいは行けねえ……それどころか貧しくてその小学校すら通えねえ子供がたくさんいるんだ」
かなめの言葉に誠は絶句した。
「そんなに貧しいんですか、甲武は」
誠は時折かなめから甲武の苦しい平民達の暮らしを聞いていたのでもう一度それを確認したくなった。
「麗子が贅沢するからだ。コイツ、マジでタイとかヒラメの塩焼きが出てくると一匹のうち一口食ってあとは箸もつけねえんだ。よくそんな食い方でそんなに胸がでかくなったな?そこが不思議でしょうがねえや」
かなめは皮肉のつもりで絵にかいたようなお姫様育ちの麗子に向けてそう言った。
「かなめさんもタバコをおやめになったら?もし子を孕んだ時に悪い影響がありましてよ」
麗子の言葉にかなめは葉巻に伸ばした手をとめた。
「誰がやめるか!それに何度も言うがなんでアタシがオメエの餓鬼を産まなきゃいけねえんだ?人の人生を勝手に決めるんじゃねえ!アタシは自由人だ!アタシは自由に生きる!」
かなめはムキになってそう叫んだ。
「ほらごらんなさい。かなめさんも私と同じであんな高いタバコをやめるなんてことはとてもできないんですわ。貧しい人とは結局分かり合えない。私と同じじゃないですか」
そう言って麗子はほほ笑んだ。
「でもそれじゃあ社会不安とか起きません?テロとか……」
誠はそこまで言って口をつぐんだ。
かなめの身体がサイボーグなのはまさに祖父を狙ってのテロの巻き添えを食ってのことだった。
「まあな……あそこはテロと政変は日常茶飯事だ。軍は軍で『民派』と『官派』に分かれて権力闘争に余念がねえ。あの国には常に火種が転がってる……神前。オメエが配属になって直後の『近藤事件』だってあったじゃねえか」
かなめにそう言われて誠が自分の『法術』に目覚めたアステロイドベルト演習場での事件を思い出した。
「もう少し平等になるように社会を整備した方が良いな、甲武は」
カウラはそう言って誠に笑いかける。
「無理なんじゃねえかな……親父も自分の目の黒いうちは身分制に手を付けられねえってあきらめてるよ。麗子、オメエはどうだ?」
ラム酒をすすりながらかなめは麗子にそう尋ねた。
「今の状況が良いわけないことは分かりますけど……私としては伝統も大事にしたいところですわね」
珍しく麗子がまともなことを言うので誠は少し拍子抜けした。
「伝統ねえ……そんな伝統なんて歌舞伎と落語と相撲だけで良いじゃねえか」
煮え切らない麗子の態度にかなめは少しキレながらそう返した。




