第141話 『殺生関白』の生贄
「おい、叔父貴。そんな関白やそれを引退したと称してより絶大な力を得る『太閤』の地位だが舐められてるとは思わねえか?爺さんは太閤の地位にあったがあくまで宰相として政治ですべてを解決しようとして軍部の暴走を許して前の戦争を止められなかった。親父も関白の地位にありながら強権発動をためらって戦時中は幽閉同然に勤務先である外務省への出仕を禁じられた。でも、本来関白はどんな力が有る存在なのか……一人、生贄を選んでそいつにそれを証明してもらう。こんなのはどうかね?」
相変わらず天井を見上げて葉巻を吹かしながらかなめはそうつぶやいた。
「そう来たか……確かに関白がその権限で『官位』の剥奪や『爵位』返上の要求、『所領』の没収なんてことを平然とやっていたのはもう百年も前の話だしな。その時の恐怖を貴族に味合わせる……俺もそのことを考えていた。で、誰にする?丁度良いのが居るが……やはりアイツか?」
嵯峨はいつもには無い真剣な表情でかなめでは無く、かなめを真剣な表情で見つめているかえでに向けた。
「嵯峨家……いや、今は僕が当主ですから日野家の家宰である佐賀高家侯爵。あの男ならたしかにちょうどいい」
そう言うかえでに残酷な笑みが浮かぶのを誠は見逃さなかった。
『この人達……一つの家の運命を左右することを笑いながら口にできるんだ……僕なんかにはとてもできない……これが高貴な血を持って生まれた人たちの考え方なんだ……』
かなめ、かえで、そして嵯峨。彼等は今から嵯峨高家侯爵をどのように料理するかを話し合おうとしていた。
「アイツは前から気に食わなかった。『官派の乱』では様子見を決め込んで勝ち馬に乗って叔父貴の逆鱗に触れた。それ以降も何一つと言って良いほど功績を上げて無いし仕事もろくにしていない。ただ、海軍省と枢密院議員の椅子を行ったり来たりしてるだけの無駄な存在だ。そんな奴は要らねえ。とりあえず、『少納言』の官位は没収。『侯爵』の爵位も、アイツには不要だ。そしてアイツには過ぎた身分の広大な所領……身に余るものはそこに税金を納めてる平民達の為にもならねえ。これも全部没収だな。その身柄は腹違いの弟の醍醐のとっつぁんにでも預ければいいだろ?叔父貴はどう思う?」
やけにあっさりとかなめは残酷な何もしていない嵯峨高家の処遇を独断で決めて見せた。
「そりゃあ、やりすぎだろ。官位没収はいい。アイツにはどうせあんな官位は過ぎた代物だ。しかし、爵位は残しておいた方が良い。アイツには一人息子と孫が二人いる。だからそいつ等の生活の事も考えて『子爵』に落す程度で止めておけ。あと所領がでかすぎるのは俺も前々から思ってたことだ。確かにアイツは嵯峨家を継げるものだということで被官を多数抱えていた。『官派の乱』の日和見が武家らしくないってことで愛想をつかしてかなりの被官は職を辞して家を去ったがかなりの数の被官を今でも抱えている。そいつの生活を考えると所領は8割減ぐらいが妥当なんじゃないか?おい、かえではどう思う?今のアイツの主君はお前さんだ」
嵯峨は笑顔でかえでに話題を振った。
「義父上のおっしゃることは正確ですね。僕もいつ裏切るか分からない被官は持ちたくは有りません。その線で行くのが妥当かと……」
かえではまったく勘定の色も見せない表情でそう言った。
「じゃあ、決まりだな。アタシの関白就任の生贄は佐賀高家。アイツにはちょっと地獄を見てもらう。これまでのお飾りの関白という地位とアタシがそこに居る関白の地位の意味が違うことを貴族連中には思い知らせてやる」
そう言って笑うかなめの目は明らかに戦場に立つ敵を撃つときの狂気を孕んだそれだと誠には見えた。




