第140話 貴族主義の国の絶対的存在『太政大臣』
「しかし、西園寺が関白になると甲武の何が変わるんだ?職務はこの頃西園寺がやっている『検非違使別当』の仕事が政府が決めた警察官僚の任命に追認を与えるだけなんだろ?それが父親である国会の指名を受けた宰相を追認するだけ。何の意味も無いじゃないか」
カウラは冷静にそう言って見せた。
「ベルガー大尉のように東和に居る人から見ればそうかもしれませんわね。でも、関白には貴族の『官位』と『爵位』と『所領』を自由にできる権限がある。この意味お分かりになりますよね?」
それまで黙ってその様子を見守っていた響子は笑顔でカウラに向けてそう言った。
「そんな権限が……つまり貴族は西園寺の機嫌を損ねれば……」
カウラは響子の言った言葉の持つ意味の大きさに息を飲みながらそう言った。
「そう、『官位』を失い、年金が発生する『爵位』も奪われ、収入の大半を占める『所領』も没収される。かなめさんの一言で貴族は一気に名字があるだけの平民と同じ存在になる。丁度、先代が『官派の乱』で自刃して九条家を継ぐ前の私のように」
響子はそう言うと悲しげに笑った。
「凄い独裁者が生まれちゃったわけね。でもどうするのよ。かなめちゃんの事だからすぐにキレて『アタシの敵は皆殺しだ』とか言って『官派』に属する貴族の権限を全部取り上げちゃうとかしちゃいそうじゃないの!」
アメリアはかなめが今の瞬間に手にした強大な権限に呆れ果てたようにそう叫んだ。
「おい、アメリア。アタシがいつそんな独裁をすると言った?それにまるでそれじゃあアタシが暴君になるのは決定事項みてえじゃねえか。確かに明日の新聞には『官派』の連中が冗談でアタシの事を呼んでいた異名である『殺生関白』の文字が並ぶだろうな。ただ、アタシだって馬鹿じゃねえんだ。そんな面倒なことしてもあの国は変わらねえことくらい分かってるよ」
かなめは葉巻を灰皿に置くと静かにショットグラスのラムを飲んだ。
「お姉さまも少しは成長しているのですね。僕も動いた甲斐があるというものです。ただ、これで『官派』の貴族達は義基お父様に手出しが出来なくなった。もし、連中がおかしな動きをすればいつその娘であるお姉さまからすべての特権を取り上げられて名字があるだけの平民の身分に落されるか戦々恐々とすることになる……これで甲武も安泰です。少なくともお姉さまが存命であられる限り『官派』の貴族達は自由に動くことが出来なくなる。問題は関白の目の届かない『官派』の士族やそれを支持する豊かな平民達ということになるが……それの相手は『平民宰相』である義基お父様の宰相としての手腕に任せましょう」
かえではそう言うと丁寧に巻物を巻いてカバンの中に収めた。
「そう言うこった。アタシにはここでの仕事がある。そっちがまず大事だ。ただ、あの機動部隊の詰め所の椅子で銃を磨いているアタシの耳に変な動きをしている貴族が居ると連絡が入れば、次の瞬間にはそいつはまさに名字があるだけの平民になる。ただそれだけの事。簡単なお仕事だろ?関白なんてそんなもんだ。アタシは今まで通りアタシなんだ」
そう言いながら葉巻をくわえて虚空を見つめるかなめの目は誠から見て戦場で見せる殺気立ったかなめのそれと同じように見えた




