第130話 嵯峨の正体がバレる危機
「今の皇帝ねえ……あの人はしばらく国には戻らないって言ってるし、まああの人の事だから子供はそのうちほっといてもできるんじゃないの?」
アメリアの言葉にカウラは呆れたようにため息をついた。二人とも麗子と鳥居には知られてはならない嵯峨の本当の正体を隠してそう言った。
「今の皇帝は『不死人』だからな……不老不死だ。次の皇帝の心配をする必要が無いんだ。しかも遼南再統一を果たした名君だ。代わりが務まる人間がいるものか……まあ、本人は必死に辞めたがっていると主張しているがな」
この場では一番の常識人であるカウラはそう言ってかなめを見つめた。
「名君ねえ……アレのどこが?」
カウラの言葉にかなめがため息をつく。
「そう言えばかなめちゃんのお母さんは遼帝国の貴族の出でしょ?麗子さんもかなめちゃんの家には何度も言ったことが有るって言ってたから聞けば教えてくれるかもしれないわよ。意外なところに皇帝本人が座ってるって。実は麗子さんは皇帝本人に会っているかも」
アメリアはそう言って話をかなめに振った。
「康子様に?あの方は口の堅いことで知られた方ですわよ。私がかなめさんを妻に迎えたいと伺った時もそう言う話は外でするものでは無いと大変な権幕でしたわ」
この場に居る全員が思ったことは、その康子の態度はこんな馬鹿を親戚に持ちたくないという『甲武の鬼姫』なりの拒否反応なんだということだった。
「そりゃあ、オメエがアタシのお袋に嫌われてる証拠だわ。じゃあ、祝言もなにも無しだ」
それまでひたすら自分を妻扱いしている麗子を無視していたかなめが満面の笑みを浮かべてそう言った。
「そう言えばかなめさんのお母さまって……嵯峨特務大佐の親戚でしたわよね?」
麗子のラッキーを発動した推理に嵯峨の正体を知らない鳥居とパーラ以外の一同はぎくりと肩を震わせた。
「確かにお袋の姉貴が遼帝国の皇太子のかみさんだったんだ……なんでもあまりに無能だったから長男が生まれるとすぐに皇太子を廃されたらしい。それが『遼帝国南北朝動乱』のきっかけになったらしいんだけど……」
かなめは嘘はついていないぞと言い訳するような目を麗子に向けながらそう言った。
「それって嵯峨特務大佐がその長男ってことなんじゃないでしょうか?」
それまで黙々と天然肉の焼鳥を頬張っていた鳥居がそんなことを口にした。
「確かにそうなりますわね……今の皇帝はその長男が就いているはずですわよ?じゃあ、嵯峨特務大佐が遼帝国の皇帝ということになりますわよね?」
麗子の何気ない一言に一同は静まり返る。
『馬鹿のくせに勘ばかり鋭いんだな、この将軍様は!』
それが全員の一致した見解だった。
真実を知らない麗子と鳥居主従とパーラは自分の部屋の掃除もできない『駄目人間』。月3万円の小遣いでも余ると最近言い始めた嵯峨惟基が名君の誉れ高い皇帝だとは思わなかった。
「たぶん違う親戚がいるのよ。あの駄目人間が皇帝?そんな国すぐに滅亡するわよ」
アメリアはそう言って誤魔化しの高笑いをした。
誰もがその最悪の結論が麗子のような馬鹿な甲武貴族に知られることだけは避けたいという意見で一致していた。




