第124話 開かれなかった『幕府』
「右大臣とか検非違使別当って……偉いんですね」
誠は空気を読まずにそう言った。
「甲武の右大臣は太政大臣、左大臣に次ぐ地位ですのよ……まあ田安家初代の田安高家公は本当の意味での『征夷大将軍』になりたかったみたいですけど。まあ、右大臣も准将以上の軍の将官に毎年昇格人事の承認を与えるという大切なお仕事が有りますので。これはこれで大変なお仕事ですのよ」
麗子は小夏からお通しを受取りながらそう言った。
「本当の意味での『征夷大将軍』……幕府でも開くつもりだったんですか?」
誠のつぶやきに麗子は嬉しそうにうなづく。
「まあ田安家は他の徳川の紀伊・尾張・水戸や清水・一橋と違って甲武建国に関わってるからな……武家の棟梁ってのもそこから来てるんだ……『徳川一門』の中でも別格なんだ。だから初代田安高家の子孫は名誉職としての『征夷大将軍』を代々世襲している」
かなめはそう言って麗子の表情をうかがった。
「そうですわよ……甲武・田安家初代田安高家将軍が甲武西園寺家初代西園寺基公と甲武の国を打ち立てたことで甲武は地球から独立したんですから。そのような偉大なる開祖にはただひたすら感謝するばかりですわ」
誠は歴史が苦手だったのでそんな甲武の建国の歴史は知らなかった。
「そうだな。地球圏の遼州派遣軍の本部が置かれていた甲武星での反地球運動が無ければ遼州はいまだに地球の植民地だ……」
カウラは歴史知識の無い誠にそうささやいた。
「甲武の独立のおかげで東和も独立できたんですね」
歴史が苦手な誠にもそれだけは分かった。
「そうだ。当時、甲武に置かれていた地球軍遼州本部で田安高家総督が反乱を起こした。それをけしかけたのが遼帝国で外交を担当していた西園寺基だ。結果、遼帝国と甲武が独立し、それに合わせて東和列島に東和共和国が建国された……高校生でも知ってる歴史だぞ。オメエ本当に高校出てるのか?オメエの社会常識の欠如を知るたびにその辺が心配になってくる」
かなめはそう言いながらお通しをつつく。
「最初は何にしますか?アタシとしては神前君の童貞を食べたいんだけどね」
いつもはまずは誠の下半身に突撃をかけて来るお蔦も麗子と鳥居と言う見慣れない客を見てそれとなく気を使って穏やかに尋ねてきた。
「お蔦、冗談もいい加減にしろ。とりあえず運転手のカウラとパーラ以外はビールで良いな。カウラとパーラは烏龍茶。……アタシはいつもの」
「わかったよ!」
かなめの言葉に軽く返事をするとお蔦は階下に消えていった。
「いつもの……ラム酒ですわね。夫として言っておきます。妻ならば身を大事になさい。お酒は日本酒を杯に一杯。それ以上は子を産む身体に障ります。それ以前にそのタバコ……タバコは身体に悪いです。今すぐきっぱりやめなさい!まったくかなめさんには田安家の嫁としての心構えがまるで無いのですね」
麗子もかなめとの付き合いが長いだけにそれは察していた。
「甲武でも西園寺さんはラム酒なんですか?」
そんな誠の問いに麗子はただ高慢な笑みを浮かべるばかりだった。
「甲武は洋酒の酒税が高いから大変ねえ……東和の倍はするんじゃないの?値段」
アメリアは事情通なのでそのようなこまごましたことでかなめをからかうのも好きだった。
「アメリア……酒についちゃあアタシはケチらない主義なんだ。甲武でもアタシの良く店にはちゃんとラムを用意させる。正規ルートで入ってきてる『レモンハート』だ」
かなめは得意げにアメリアに向けてそう言ってのける。
「甲武と地球は国交がないから遼州で唯一地球と国交のあるラップ共和国経由だな……手数料だけでどれだけかかるのか」
ラム酒の到着を待つかなめに呆れながらカウラは春子が配っているおしぼりで静かに手をぬぐっ




