第121話 月島屋に着いての根回し
いつものようにかなめお気に入りの中島みゆきの曲を流しながらカウラの『スカイラインGTR』は月島屋近くのコインパーキングに到着した。
商店街は冬らしく静かで帰りの時間だというのに人通りもまばらだった。
「まだなのか……」
人気のない月島屋の店頭に立ったカウラは常識人で交通法規絶対順守のパーラでは追尾不能な運転をしながらあっさりとそう言ってのける。
「あ、皆さんお揃いで」
月島屋の新看板娘となった嵯峨の内縁の妻の一人、お蔦がそう言って誠達を迎え入れた。いつもの紺色の芸者を思わせる日本髪と派手な赤い小袖姿が誠にはまぶしかった。
「今日は余計なのがついてるからな。意味不明なことを言って回るが気にしないでくれ」
そう言うとかなめは店内を軽く見まわした。
「なんだい、余計なのって。ああ、神前君。今日こそアンタの大事なものを見せてもらうからね。以前はよく飲むと全裸になったって言うじゃないか。アタシが来てからはまるでそんなことが無い。アタシも数千本もああいったものを見てきたんだ。噂通り新さんよりはるかに大きいってところをちょっとだけでも拝ませとくれよ」
いつものように元花街一の太夫として数多くの男を相手にしてきた女らしく淫蕩な笑みを浮かべて誠を見つめて来る。
「お断りします!お蔦さんじゃないんだから隊長のは見たことが無いんで。それより入りましょう」
誠はいつものようにお蔦を警戒しながらそう言ってかなめの真似をして店内を軽く見まわした。かなめが気にするような変化は何一つない。それが逆に誠には気になった。
昼飲みのピークも過ぎた時間帯とあって人影はなかった。暖房に当てられて火照る頬を気にしながら誠は店内を見回した。
「あら、いらっしゃい」
この店の女将でありいつのまにか嵯峨の内縁の妻の一人となっていた家村春子が誠達を迎えた。いつも通り紫色の和服姿でニコニコと微笑んでいる。
「かなめちゃん伝えてなかったの……今日はちょっと面倒な人が来るって」
かなめの隣に立ったアメリアがかなめにそっとささやきかける。
「面倒か?ああ、面倒だな」
アメリアのささやきにかなめは気にしていないというようにそのまま奥の二階の座敷につながる階段に向かった。
「やはり奥座敷か?」
カウラはそう言って階段を上るかなめに声をかけた。
「アイツにいきなりカウンターなんて無理だよ。寿司屋だってアイツはカウンターは嫌がるんだ……食べてるところを作っている奴に見られたくないってな。アイツは食事はいつも個室で済ますんだ。修学院女子の幼年部の時からそうだ。修学院女子には田安家専用の部屋があってな。そこで飯を食ってた。いくら建国の父を祖に持つからって贔屓もいい加減にしろってんだ。まあ、アタシもアイツがどうしてもって言うから一緒に食べてやっていたがな。そん時は響子も一緒。当時の響子は爵位も持たない貧乏公家で食う物にも事欠く有様だったからな。アタシが嫌いなものや麗子が嫌いなものを喜んで食べてた」
カウラの問いにそう答えるとかなめは階段を上り始めた。




